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舞踏会の準備

「また舞踏会?この間やったばかりだろ?」


「先日のは前座よ。明後日の夜会が本番みたいなものね」


「明後日って、すぐじゃねぇか!」


 朝食を食べ終えてすぐに王妃教育が始まるはずだったのだが、エルドリーズがやって来て急遽予定が変更となった。なんでも、今度の夜会はアレックスの婚約者達も出席するらしい。


「それにしても、なんで俺まで……」


「あら、嫌なら帰ってもいいのよ?」


「それができたら苦労はしてない」


 俺の立場は、アレックスの婚約者になっている。だが、アレックスには他の婚約者も大勢おり、それらの令嬢は側室になる候補として婚約者となっていた。その中には、王妃筆頭候補になった俺の事をよく思っていない令嬢もいるのだ。そんな状態で夜会だなんて、何をされるのか分からない。


「まぁ、大丈夫だと思いますけどね」


「どういう事?」


「お嬢様がアレックスの側にいる限り、手出しはできないという事ですよ」


「…あー…確かに。アイツってすごい評判だもんな」


 スレイはそう言って、俺が食べ終わった食器を片付けていく。赤獅子の血王子の名は伊達じゃ無いんだろう。


「本番の夜会とは言っても、前と同じような形式ですから気張らなくても良いと思いますよ。僕もついていますし」


「だと助かるんだけどな」


 俺はそう言ってため息をつく。すると、エルドリーズが俺とスレイの肩を掴んで顔を寄せてくる。


「それに、貴方達がここに来た原因。脅迫状の犯人も捕まえたいでしょう?」


 俺はその言葉に、思わず眉間にシワを寄せる。確かにそれは、解決したい問題だった。


「その為にも、ルシア君が必要なのよ。協力してくれるわよね」


 そう言って微笑んだエルドリーズの瞳の奥で何かが動いたような気がしたが、次の瞬間いつも通りの笑顔に戻る。


「スレイに話は通ってるんだろ?いいよ。俺もそいつを一回殴ってやらないと気が済まないし」


「あら、乗り気じゃない」


「お前が言ったんじゃん」


 俺は呆れたように言うと、エルドリーズは楽しげに笑う。


「あはは、それもそうだけれど、ルシア君の本心も聞きたかったの」


「俺の?」


「えぇ、だけど不思議ね。吸血鬼だからかしら?ルシア君の瞳には…」


 エルドリーズが俺の頬を両手で包んで顔を寄せてきたが、スレイが彼女の腕を掴んだ事で阻止された。


「お戯れはそこまでです」


「あら残念。執事くんてば過保護ねぇ」


「全く……さて、そろそろ行きますか」


 スレイの言葉で席から立ち上がる。そして、三人揃って部屋を出た。明後日の準備をする為に、王宮はにわかに騒がしくなり始めていた。



 ***



 月明かりに照らされた部屋の中、本棚を横にずらしていくと壁には転移魔法陣が描かれている。それに用意した魔石を何個も押し付けていけば、徐々に光を取り戻していく。上級貴族三人分の魔力を吸い上げた所で、籠を持ってその中へと入った。


「…只今戻りました。父上」


 シャロンが転移魔法陣を抜けて屋敷の一室に降り立つと、リップル男爵はしわがれた顔を歪ませて笑った。ゆっくりと彼が座るカウチに寄ると、籠を開いて中の瓶を見せていく。無色透明、まるで水のように見えるが、匂いはしない。それを確認してから、彼は満足げに口角を上げた。


「ハハハ。流石は山姥の秘薬。これで、あの王家も終わりだな」


「はい。後は、私が上手くやりましょう」


「シャロン」


 名前を呼ばれて、シャロンは父の顔を見る。その目には私が映っていて、こくんと唾を飲んだ。


「来なさい」


「はい……」


 私は父の膝の上に乗る。父は私の頭を撫でると、そのまま首筋へと指先を移動させた。


「っ……」


「いい子だ。お前ならきっと、この国を救える」


「ありがとうございます」


「……お前はあの方に似ている」


 父の手が、私を確かめるように体を這う。その感覚に身を震わせながら、彼の手に自分の手を重ねた。


「父上の愛しい方ですか」


「あぁ……」


 懐かしむような声音で父が言う。リップル男爵夫人を愛していたはずの彼だったが、今は亡き王妃しか見えていないようだった。私はそんな彼に、少しだけ同情する。愛する人を亡くしてしまった悲しみは、誰よりも知っているつもりだった。だが、そんな考えはすぐに消え去る事になる。


 突然扉が開かれ、誰かが入ってくる音がした。慌ててそちらを見ると、そこには私の義理の弟であるマリスが居た。私を虫を見るような目で一介して、こちらに向かって歩いてくる。


「…居たのか。父上、時間です」


「っ……!ま、待って!まだ」


 そう言って手を伸ばすが、それは間違いだったようだ。舌打ちをした弟が懐から鞭を取り出すと、私の腕に振るった。鋭い痛みと共に、悲鳴を上げてしまう。


「黙ってろよ」


「あぐぅ!?」


「おい、これ以上見える所に傷を作るな。シャロンは大切な子だ」


「申し訳ございません。早く参りましょう」


 そう言って去っていく二人には、私の声など聞こえないらしい。私は腕を摩りながら、部屋の隅に置かれた籠と持ってきた籠を交換すると、その中の魔石を数個使って王宮に戻る。次に会う時には、辺境伯の接待をしなければいけない。それを考えて少し憂鬱になるが、終われば父上に沢山誉めて貰えるだろう。


「…ふふ…痛っ…」


 鞭で打たれた場所がずきりと痛む。水で傷を冷やす為に、廊下を通り抜けると、一枚の肖像画が目に入った。緩やかな金髪でこちらに微笑む彼女は、今は亡きブルスルド王国の王妃。シャロン=ブル=ファタナギルだ。私と同じ名前、近い色合いの金髪。だけど私は偽物で、同じ名前だからといって、私は父上の好きな彼女なんかじゃない。数年前に起きた戦争で死にかけた所を拾われた、ただそれだけの存在なのだ。


(こんなに似ていても、やっぱり違う)


 私は彼女のように美しくないし、賢くもない。だけど、それでいいのだ。だって、それは変わることのない真実なのだから。


「あーあ……」


 手洗い場の水は生ぬるく、痛む腕の熱を冷ましてはくれなかった。

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