廃村にて
「この島は師匠の隠れ家の一つなんだぜ〜」
アレックスの後を着いていくと、廃村、というよりは廃墟に近い場所に案内された。元は教会だったらしく、中に入ると小さな祭壇があるだけで、他には何もなかった。辺りには蔦が生い茂っていて、神秘的な雰囲気もある。
アレックスは慣れた様子で奥にある扉を開けると、そこは子綺麗な小部屋になっていて、大きなソファーとテーブルがあった。
「適当に座ってくれ」
「おぉー、おじゃまします」
アレックスが先に座ったのを見てから、俺もその向かい側に腰掛ける。それからじっとこちらを見てくるので首を傾げると、何故か困ったような顔をしていた。
「あのな、言いたい事は色々あるんだが、とりあえずこれだけは言わせて欲しい。……ほんっとにお前、無防備すぎじゃないか?」
「は?」
「転移魔法で、こ〜んな辺鄙な島まで連れてこられてるんだぞ。もしかしたら置いてかれるかもしれないんだぜ?」
アレックスが呆れた様に溜め息をつく。まぁ確かにそんな事言われても仕方がないと思うんだけど。
「そうか?お前はそんな事しないだろ。それにお前、この間は俺の事を守るって言ったの忘れたか?」
「……言ったけどさぁ」
どこか不満げに言うアレックスが面白かったので、思わず笑う。それからふと思い出して、アレックスの隣に腰掛けて彼の手を取る。
「あ、そうだ。よいしょ、折角だしちょっとだけ血を貰うな」
「へ?」
「確認の為だから。嫌だったら振り払ってくれ」
そう言って指先を舐めれば、アレックスの顔がみるみると赤くなっていく。刃物は無いのでかぷっと軽く噛んで血を吸い上げると、少し苦めで美味しい。闇魔力が濃いみたいだけど、ちょっと渋味がある。
「うーん、美味いけど。やっぱ疲れか睡眠不足?栄養も偏り気味なんだろうな…」
最近わかってきた事だけれど、健康優良児であれば血は甘露のように美味しい。魔力によっても味が変わるが、普段の生活環境も影響するらしい。まぁ光の魔力だと全部美味しくないからこの健康検査は使えないんだけど。
「お前こそ、ちゃんと緑色の野菜とかも食べた方がいいぞ」
「…………」
ペロッと指から血をなめとると、アレックスは真っ赤になったまま固まっている。なので手を離すと、アレックスは慌てて俺の肩を掴んだ。
「いやいやいやいや〜!!待て待て待て!!」
「何だよ」
「今何した!?」
「吸血すると、味でその人の健康状態が分かるんだよ。悪い、なるべく痛く無いようにしたんだけど痛かったか?」
「いやそういう問題じゃないから!っていうか無防備って言ったよなぁ!?なんなんだよ!その舌使い!」
アレックスは赤い顔のまま叫ぶ。ただの確認なのに変な奴だ。これくらいの量だったら特には邪眼の効果もないし、唾液の効果で治りやすくなる筈なのだが。やっぱり寝てないせいだろうか?睡眠の邪眼で無理矢理寝かしつけてもいいのかもしれない。
「もっと吸ってスッキリ寝るか?」
「すっ……お、あ、い、いや!しない!」
アレックスは慌てて俺から離れると、赤い顔を冷ますようにブンブンと頭を振った。
その後は転移してきたエルドリーズとシャロンがここに乗り込んできて俺を無理矢理王宮に戻したのだが、何故かアレックスはそのまま廃村に残る事になった。
***
「えぇと、この辺に……あった」
アレックスは廃村の中にある一軒家の地下を調べると、古びた本を拾い上げる。数十年前にここに起きた出来事を綴った物で、今はこの村の住人はこの小さな島を放棄してブルスルド王国内に移住しているが、この本は大切に保管されているのだ。
「これも師匠からの課題の一つだしな〜…やれやれ、しっかり調べないと」
アレックスは本を開くと、文字を目で追っていく。数十年前にしてはやけに古びた形式の文字だが、なんとか読める。
『漁獲量の減少に比例し、村ではほとんどの人が精神を病んだ。病に罹らないブラッド家の者達を悪魔と呼び始めた』
『海には恐ろしい魔物がいる。魚を食べ過ぎたら海の怪物が襲ってくるんだ!』
『魔女は悪魔と契約したに違いない!あいつが俺達を騙してるのを俺は知ってる!!』
『この村は呪われている。きっとあの悪魔が恨んでいるに違いない。処刑なんて俺は反対だったのに』
なんとか読める部分を読み進めていくと、最後の方に気になる文章を見つけた。
『あの悪魔がまた現れたんだ。今度は生贄を要求してきた。もう終わりだ。でも、もし生き残ったなら、どうか俺達の呪いを引き継いで欲しい。そしてあの悪魔を殺してくれないか……』
「ふむ、なるほどなぁ〜」
アレックスは本を閉じると頭を抱えた。吸血鬼の存在に影響されたからって、こんな重い物を課題にするんじゃないと思いながら。
「ブラッド家」というのは、アレックスが好きな漫画の界隈では有名だ。よく悪魔として悪者にされていたり、悪の吸血鬼として国を落としたという逸話があったり。だがそれらは脚色された聖女伝説のように語られる物語であり、実際にはブラッド家はそんな事していない。そもそも魔女だって魔法を使えて女しか生まれないくらいで、人間より貧弱だし。寿命は長いが魔法使いの始祖と言われる存在でも無い。
「ルシアはここに来てもピンと来てなかったしな〜。やっぱりこの辺とは関係ないか」
アレックスは「まぁ、いっか」と呟いて立ち上がった。執事にセバスチャンが多いように、ブラッドという家名はスミスやアンダーソン、タナカやヒルストなどと同じく平民にありふれた物だ。この手記に書かれているような事は閉鎖社会で良くある妄想に過ぎない。それにここは数十年前の話だ。その頃はこの辺も領土争いで戦争が多発していたし、それらの魔力汚染の影響だろうな〜という感想しかない。
「さて、どうしようかな〜」
アレックスはそう言いながらも既に答えを決めていた。
「ま、分かるぜ。こういう精神がやられるもんは汚染源を消す。若しくはアンタみたいに逃げ出しちまうのが手っ取り早い」
ヒュウっと地下の中に吹いた隙間風が髪を撫でると、アレックスは呪文を呟く。指先に灯った赤い炎が床に落ちると、そこから赤黒い炎が広がっていく。地下室を出ていく頃には、その廃屋は火に包まれた。
「帰ったら宿題もやんないとな。は〜、マジで弟子入りする魔女間違えたな〜。過去に戻ってやり直してぇ〜…」
古びた手記を片手に、アレックスは何度目かも分からないぼやきを吐きながら王宮に戻る為に歩き出した。
アレックスとルシアは同い年ですが、兄の居ない末っ子だという事が分かってほんの少し兄心が出てしまいました。
あとでスレイに怒られます。




