青い海と王子
「うーん」
俺は塔の中にある図書室で、歴史の本を読み漁っていた。これも王妃教育の一環だが、本の中にはエルドリーズが所々に注釈を入れていて、どの歴史書も分かりやすい。
「どうしました?」
「えっとね……」
俺が悩んでいると、付き添いのシャロンは首を傾げる。それに答えようと開いた本に視線を落として、ある文章を指差した。
「これ。ブルスルド王国歴に伝わる"血の祝祭"について書いてあるんだけど、何もかもが真っ赤になるとか意味が分からなくて」
「あぁそれはですね、お酒の事ですよ。御霊酒を媒体にして魔法を使うんです。その日は街が撒かれた酒で赤く染まるんですよ」
「へぇ、面白いな」
シャロンの説明を聞きながら、ブルスルドの文化について、歴史についての本を読んでいく。そして、最新のページへ目を通すと、現在のブルスルド王国について書かれていた。ヴァルド陛下の即位式、第一王子の誕生、第二、第三王子の誕生。他国との戦争、そして王妃様の死。数年前の出来事まで既に歴史として刻まれている。
「そっか、アレックスの兄弟ってもう…」
俺は歴史書を閉じると、隣に座っているシャロンを見た。すると彼女は俺を見つめ返してくる。透き通った瞳が真っ直ぐに俺を射抜いていた。
「はい。でも、その辺りはあまり気にしないでくださいとアレキサンダー様は言っていますので」
「……うん」
気にならないと言えば嘘になるけど、第三王子が次期国王筆頭だというのは、第一王子も第二王子も既に居ないから。頬を叩いて気持ちを切り換えると、シャロンは少しだけ寂しそうな表情を見せた。
***
俺がまた王妃教育でへろへろになって逃げ出していると、日陰の隅でしゃがみ込んでいる人を見つけた。具合が悪いのかと思い近寄っていくと、そこには見覚えのある人が座っている。
「ん?アレックスか?どうしたんだよ、大丈夫か?」
「……っ!」
そこに居たのは数日ぶりに会うアレキサンダー第三王子だった。彼は俺の声を聞いて一瞬息を呑んだが、直ぐに何事もなく立ち上がる。
「久しぶりだな〜。ちょっと魔力を使い過ぎちゃってさ」
「あんまり無理するなって。ほら、肩貸してやるから」
「お〜悪いな」
へらっと笑ってそう言うと素直に寄りかかってくる。彼の身体は鍛えられた見た目よりも軽く感じた。ちゃんと飯を食べているのか心配だが、それを言ったら拗ねそうだ。
「ところで、ルシアこそどうしてここに居るんだ?」
「あぁ、そりゃ勿論、王妃教育から抜け出してきたに決まってるだろ」
「はっ!?お前な……」
「良いじゃん。お陰で今こうやって助かってるだろ?」
「そういう問題じゃねぇよ」
そう言いつつも、アレキサンダーは嬉しそうだった。この後の予定を聞くと軍部でまだ仕事があるらしい。大変そうだと思って、ふと疑問に思っていた事を聞いてみた。
「そういえば、アレックスも学園に通ってるんだよな。こんなに自国の事で忙しいのに、よく海向こうの学園まで行けるよな」
「お〜、師匠特製の転移魔法を使ってるからな。ルシアはまだ見たことないのか?」
「へぇー!まぁ、機会がなかったから」
「そっか。なら、丁度いい。見せてやるよ」
アレキサンダーはにやりと笑うと、懐から手帳を取り出した。そのページを一枚破ると俺に差し出す。
「お手をどうぞ、婚約者殿」
「はいはい、うわぁ!?」
それに自分の手を重ねると、次の瞬間には視界が変わった。目の前に広がるのは広い海で、どこか懐かしい潮風が吹いている。
「うわ、凄いな…!」
「どうだ?」
「すごく綺麗だ!しかも涼しい!」
思わず感嘆の声を上げると、アレックスは満足げに笑った。それから暫く景色を眺めていたが、ふと後ろを振り返ると、俺達が立っている場所は既に滅びた村の一角だと分かった。瓦礫には植物が生い茂っていて、人が誰もいないせいか不気味な程静かだ。だけど、それも気にせずアレックスは靴を脱いで裸足になっていた。
「これがブルスルド王国が誇る、叡智の魔女様が使う転移魔法だよ」
「へぇ〜!というかお前、魔力不足だったんじゃないのか?」
「既に魔法陣に師匠の魔力が込められてるからな〜。それに、これは簡易的な物だから、そこまで消費しないんだよ」
確かに、先程の王都で使った魔法より規模が小さい気がする。それでも充分過ぎるくらい凄いけど。
せっかくなので俺もサンダルを脱いで海に足をつけると、ひんやりとしていて気持ちが良い。太陽が反射してきらきら光っているのを見て目を細めると、アレックスも同じように裾を捲り上げて海に入ってきた。
「やっぱここの海は冷たくて気持ちいいな〜」
「だな、王宮よりもずっと涼しい」
小さい頃、両親に連れて行ってもらった湖。それと同じようにきらきら光っている海面は、とても青く透き通っていた。鼻に通る潮風は、さらに昔の事を思い出させてくれるような気がした。
「……なんか懐かしいな」
「ん?どうかしたか?」
「いや別に。転移魔法ってすごいなって思ってさ」
「だろ〜。師匠は魔力が有り余ってるからな!勿論俺様も。なんせ、魔女の弟子だし!」
「ふーん」
「おい、もっと褒めろよ〜…」
「あはは、ごめんって」
そう言って頬を膨らませるアレックスは、俺よりも年下に見える。それがおかしくて小さく吹き出した。するとアレックスは更に機嫌が悪くなったのか、俺の頭をぐしゃりと撫で回してくる。
「ちょっ!髪が乱れるだろうが!!」
「ふんっ、どうせセットしてもすぐに崩れるだろ」
「ひっでぇ!!……わ」
その時、俺達の間に一陣の風が吹く。巻き上がった砂埃に目を閉じると、誰かの手が伸びてきて、そのままぎゅっと抱きしめられた。
「え?」
状況を理解する前に、俺はアレックスの腕の中にいた。優しく背中をさすられる感覚に慌てて離れようとすると「もう少しだけ」と言われて動けない。
「アレックス……おい」
「口も閉じてろ」
低い声音で言われ、ぴたりと動きを止める。しばらくそうしていると、彼はゆっくりと離れて、少し寂しそうな表情を見せた。
「悪いな〜急に」
「いや、大丈夫だけど。なんかあったのか?」
「……なんでもねぇ」
アレックスは再び俺の頭を乱暴に撫で回すと、海から上がって廃村の方へと歩き始めた。なので俺も慌ててサンダルを履き直すと、彼の後を追うように歩く事にした。




