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冷たい空気

 ヴァルド陛下とジルヴァ様は今、テーブルを挟んで向かい合って座っている。ルシアはスレイの隣に座って、さらに逆側をエルドリーズに挟まれる形になった。肩身が狭い。


 この場にアレックス、アレキサンダー第三王子は居ないが、軍事関係の執務中で手が離せないらしい。


「改めて、貴殿には感謝している。ルシア君を保護してくれてありがとう。そして君の息子を疑ったことを謝罪しよう。本当にすまなかった」


「いや。古くからの友人として当然のことをしたまでだ。それにこうして落ち着いて話す機会が良かったよ」


 2人は穏やかに会話をしているように見える。だが、2人の間には見えない火花が散っていた。


「では、これからの話を始めよう。まずは勝手に決められているルシアくんの婚約について話させて貰う」


「ああ、そうだな。後半月にも満たない結婚式について話し合わねばなるまいな」


(…2人とも目が笑ってねぇ…)


 ルシアは思った。これが修羅場、下手したら隣国との戦争になる状況というのは、こういう事なのだろうと。


「スレイ君曰く、ルシア君は舞踏会で泥酔し暴れたそうじゃないか。そんな子を王族の妻にするわけにはいかないだろう?」


「いやいや、酒には刺客によって薬が盛られていたのだ。それが原因で暴走させてしまったのだから、我が国で後遺症がないか見なければ。それにその原因を薦めた息子がその責を負わねばならない」


 葡萄酒を試飲していたので舞踏会で泥酔したというのは分かる。だが刺客によって薬を盛られていたなんて初耳だ。


(えっ、俺って薬盛られてたの?)


(そうよ。青いワインを飲んだでしょう?精神を壊す薬が入っていて、ちゃんと治すのすーっごく大変だったんだから!)


(いくら飲んでも平気だったけど…)


(チーズを食べていましたよね?それで吸収されたんですよ)


(食べ合わせでそんな事になるのかよ)


 どうやら煌びやかな舞踏会の裏では陰謀が渦巻いていたようだ。うっかり飲みすぎた俺のせいなのだが、その責任を取らされるのはアレキサンダー王子らしい。


 だがそれで何故、婚姻で責任を取ると言う話に飛躍したんだ?


「ルシア君は我が公爵家の血を継いでいない。それに彼の体質からして、このような太陽の国に嫁がせるなんて余りにも無理がある」


「ふん。それを言うならお前の方が酷いだろう。男であるルシア君に実の娘の身代わりをさせて、何を考えているのだ」


「酷い、だと…お前がそれを言うのか…?」


 お父様から威圧感のある魔力が溢れてビクリとする。普段温厚なだけあって、その底冷えするような声にナイフで刺されたような衝撃がある。背中に冷たい感覚が…いや、部屋全体がパキパキと凍りはじめていた。


「…確かにきっかけはそうかもしれないけど…。とにかく我が公爵家はルシアを手放すつもりはない。そもそも何故レジーナが追放になったか知っているかい?愚かなラクラシアの王族のせいだよ。また国如きに愛する子を捧げるなんて、絶対に嫌だからね?」


 お父様が喋るたびに部屋の温度が下がっていく。


 白い息で震えていると、隣のエルドリーズが魔法を使っているのか、温かい熱が伝わってきて少しだけマシになった。片側に居るスレイの手を取り、熱が伝わるように堪える。


「……はぁ。お前は昔から堪え性が無い性格だったな。大祖母様にそっくりだよ。だがまだルシア君をそちらに帰すことはできない。この件で息子が膿を出している最中だからな。ルシア君がこの王宮にいる間に証拠を集めて、根こそぎ潰さねばならない」


 ヴァルド陛下とお父様はしばらく睨み合っていたが、ヴァルド殿下が折れてため息をついた。お父様が微笑むと部屋を覆うような氷の侵食が止まる。


「……分かったよ。ルシア君は僕達の国の可愛い子だ。ここがどうなろうと知ったことじゃ無いけど、赤獅子の戦果を待ってやろう。だけどこの子が死ぬような事があるのなら『許さない』からな。それを忘れないでくれよ」


「…そのようなヘマはしない。じゃあな」


 ヴァルド陛下が去って、お父様がこちらを見た。

 いつも通りの優しげな笑顔だ。


「ルシア君、怖がらせてしまったね。君の意見を聞かずに大人が勝手に決めてすまなかった」


「い、いえ、お父様は俺のことを思っての判断でしょう?俺は大丈夫ですよ」


 そういうとお父様は寂しそうな顔で頭を撫でてきた。魔力を使ったからなのかひんやりとしていて氷のような手だ。


「そうだといいのだが……こんな事になるなら無理やりにでも連れて帰るべきだった。私が舞踏会に行かせたせいで、また辛い思いをさせてしまって…」


「お父様、それは違います。俺はこの国でいい経験もしました。スレイと観光したり、エルとは友達になれたし。まぁもちろん、王妃になるのは気が重いし花嫁教育は死ぬほど辛いし、俺に王妃なんて絶ッ対無理ですけど。辛い思いといってもそれくらいですよ」


 知らない料理や見たことのない景色を見たり、大きな船に乗ったのは確かに楽しかった。お酒を飲みすぎると大変なことになるというのもこの機会がなければ知る事はなかったと思う。ただ、王妃教育の時点で過労で死んでしまいそうだけど。


 俺がははっと笑うと、お父様は眉毛をハの字に曲げて抱きついてきた。


「君も……ああ!やっぱり今日のうちに連れて帰るべきだった!これ以上ここに居たらさらに絆されて、本当に君をこの国に取られてしまいそうだよ…!」


「ぐえっ!だ、大丈夫ですって、俺はラクラシア王国に帰りますから!」


 俺は苦笑いしつつ、メソメソしているお父様の広い背中をさすった。お父様のマントには霜が生えていて、触るとちくちくした。


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