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叡智の魔女の趣味

 ブルスルド王宮では、女性の使用人が多い印象を受けた。勿論警備兵には男性も居るのだが、そこも女性の方が多かった気がする。ラクラシア王国の王城では分からないが、料理人も騎士も女性主体というのは珍しいのではないだろうか。


 ルシアは持ち前の適応能力で、使用人の女性たちとはすぐに仲良くなった。というよりも、病み上がりということもあって、皆俺に気づかってくれるのだ。ただ、姫さまと呼ばれるのは慣れないけれど。


 王宮の中には居住区や舞踏会のダンスホールの他に軍部、魔法研究塔などもあり、そこには立ち入る事が出来なかった。どうやら機密情報もあるらしく、許可がない者は入れないようになっているらしい。


 そして俺の部屋となる場所は、なんと王族の居住区にある妃殿下用の一室であった。部屋の大きさは、前に居たお嬢様の部屋の二倍程の広さがある。ベッドもふかふかだし風呂もトイレもあって、陽の光さえ入らなければ文句なしの暮らしが出来る場所だ。


「姫さま、本日も黒い服をお召しになるのですか?もう少し涼やかな装いになさった方がよろしいですよ?」


「んー、なるべく日焼けしない服装が良いんだ」


 俺は困りながらもシャロンに答える。今日はエルドリーズに呼ばれて、王宮のはずれにある魔法研究塔に行くことになっている。なので、俺の格好は陽の光を通さない黒一色の服である。確かに暑いが、日傘の文化がないこの国では仕方ない事なのだ。


「でも、ふぅ、流石に暑いな…」


 今の季節は夏だ。朝からジメッとした空気に包まれていて、歩いているだけで汗が出てくるほど気温が高い。しかしそんな中でも、シャロンは一つも汗をかかずに外を歩いていたりする。どうやら彼女は暑さに強いようだ。


「あ、そういえば。昨日の夜の豪雨で、少しだけ川の流れが変わったみたいですね」


「え?そうなの?」


「ええ。各地の畑の水路で被害が出たようですわ。復旧作業は軍部が行っているはずなので、今頃はもう終わっているかもしれませんね」


「へぇー、大変だな……でも雨が上がったおかげで今日は暑くなりそうだし、はぁ、早めに来て正解かもな…」


 俺とシャロンが雑談しながら歩いて行くと、程なくして魔法研究塔に着いた。そこにはずらりと本が並べられており、まるで図書館のような様相になっている。俺がへろへろになって近くにあった椅子に座ると、奥からコツコツとヒールの足音を響かせてエルドリーズがやって来た。俺たちに気がつくと眼鏡を外して、手に持っていた本を棚に戻す。


「随分早く来たわね。そんなに私に会いたかったなんて光栄だわ」


「あんたが呼んだんだろ……はぁ、とりあえず用件を教えてくれよ」


「まあまあ、そう焦らないの。……さてルシアくん、あなたはブラッド家の血を引いているって聞いたけれど。吸血鬼なんでしょう?吸血に、変身…他には、自己治癒ができる、なんて能力を持っているのかしら?」


 ずいっと身を乗り出して尋ねてくるエルドリーズ。その様子は獲物を狙う肉食獣のように思えた。


「……まぁ、そうだな。怪我の治りは他の人より早い方だよ。あとは日光が苦手かな。それに変身する能力は、持ってない。吸血して魔力を回復できるけどな」


 エルドリーズが言っているのは、物語の中だけの吸血鬼のイメージだろう。だけど、俺にはそんな能力は無いし、そもそも変身魔法だってまだ履修したこともない。他にも乳製品を食べると腹が膨れることなどを説明したが、あまりエルドリーズの期待に沿える物ではなかったようだ。


「ふぅん……まあいいわ。それでね、私が知りたいのはあなたの身体についてなの」


「は?何言ってんだお前」


「あら、怖い顔しないの。ただの知的好奇心よ?安全面に考慮した上で、傷の治りを確かめさせて頂戴」


 そう言うとエルドリーズは懐から小さな果物ナイフ、小さなトンカチや注射器などを取り出して机の上に広げた。どう見ても医療用の道具じゃない、拷問用ですと言わんばかりの道具にサッと血の気がひいた。


「おい待て。それどういうことだ」


「大丈夫、痛くはしないわ。鎮痛の魔法をかけてあげる」


「そういうことじゃねぇんだよ!」


 俺は立ち上がって逃げようとしたが、ぐらりと立ちくらみがして床にしゃがみ込む。


「おっと危ない、暴れちゃ駄目よ?」


「っぐ……」


 いつの間にか背後に来ていたエルドリーズによって、後ろから抱き締められるような体勢になった。そのまま顎を持ち上げられる。


「いい子だからじっとしてなさいな」


『っ俺は生憎、いい子じゃないんで!』


「えっ、きゃああ!?」


「姫さま!?」


 俺は思い切り身体を捩ると、エルドリーズの腕を引いて背負い投げの要領で地面に叩きつけた。そして間髪入れずに起き上がると、一目散に逃げ出す。


「あっ、こら!待ちなさい!逃げるんじゃないわよ!!」


 俺は必死に走った。エルドリーズの声を振り切るように、無我夢中で走るが、塔の中なので逃げ場は限られる。裏口は無いものか、あるいは窓があれば飛び降りるなりして逃げようと思っていたのだが、窓の無い暗い塔の中ではそれもできない。


 一先ず階段を上がって一つの部屋の中に入ると、そこには大きなベッドがあった。


「げっ、なんでこんなところに……」


 俺が入った部屋は寝室だった。どうやらここはエルドリーズの部屋らしい。まさか追いかけられているとは知らずに、のこのこ入ってきてしまった自分を殴りたい。しかし後悔しても仕方ないので、その下に潜り込んで息を潜めることにした。


「はぁ、はぁ……もう、どこまで行ったのよあの子は……はぁー…ここは魔法禁止だし、こちとら筋肉痛なのにー…」


 しばらくして、扉の開く音が聞こえてきた。どうやらエルドリーズが入ってきたようだ。彼女はキョロキョロと見回すと、こちらに向かって歩いてくる足音と気配を感じた。心臓がバクバクしている。もし見つかったら拷問されるかもしれないという恐怖心からだろうか。どうにかして逃げ出さなければと思うが、良い考えが全く浮かんで来なかった。


 俺が少しずつベッドのさらに奥へと下がって行くと、何かがバサリと落ちる音がした。


(なんだ?)


 俺が恐る恐るそちらに近づいてみると、そこには本が落ちていた。その本を拾い上げると、どうやらそれは小説のようだ。タイトルは『叡智の魔女』と書かれていた。


(これって確か、子供の頃に読んだことがあるけど…あれ?でも内容は全然違うな?)


 この本の内容は、叡智の魔女という偉大な存在が現れて国を救うという良くある御伽噺だ。だけど、中は文字よりも絵が多めで、女同士の友情を描いた物語のようだった。しかも、誰も彼も目が大きくて、国王は女王に変えられているし……


「見つけた!はぁ、やっと追いついたわ!」


「うわああ!いて!?」


 いつの間にか背後にいたエルドリーズが俺の足を鷲掴みにした瞬間、俺は思わず飛び上がって頭をぶつけた。


「ほら、大人しくしないと…あっ」


 俺を引き摺り出したエルドリーズは、俺が持っていた本を見て固まった。そして顔を真っ赤にして震え出す。


「ちょっとあんた……そ、それ……」


「あ?なんだよ」


 俺はエルドリーズの様子がおかしいことに気付いて、手にしていた本を見下ろした。すると、その本のページがパラリと勝手にめくれて、女同士の熱い友情…というよりは、愛情渦巻くシーンが描かれていて思わず俺もうわっと声が漏れた。そうだ、ベッド下というのは、隠したい物を入れる所と相場で決まっている。


「……ごめん、これはお前のだな」


 俺はそう言って本を返そうとしたが、エルドリーズは受け取らずにプルプルと震えながら叫んだ。


「ば、馬鹿!もう!見ないで!閉じて!返して!」


「えぇ……」


「いいから早く!!」


 俺は仕方なくそれを返すと、エルドリーズはそれをベッド下に放り投げて、よろよろと枕に飛び込んだ。そして言葉にならない叫び声を上げると、布団を被ってしまった。


「おい、大丈夫か?」


「ううー…うぅ、うぎゅうぅ…」


「凄い綺麗な絵だったからつい見ちゃったんだよ、ごめんって」


「…………」


 俺は少しだけ心配になって声を掛けたが返事がない。俺は暫く様子を見ていたが、布団から啜り泣く声が聞こえて来て、流石に可哀想になり布越しに頭を撫でる。


「ぐすっ、なによぉ、わたしは、毎日仕事頑張ってるのに、この仕打ちは酷すぎ、よぉ…」


「頑張ってるって、エルドリーズは偉いって」


 何で慰めてるんだろうと思いながらも、とりあえず褒めてみる。もしかしたらさっきの拷問みたいなアレコレも有耶無耶になるかもしれない。


「だって、私、ずっと、ずーっと働いてきたのに、ヴァルちゃんが急にやるぞって言うから、だから、私が代わりに、アレックスの代わりに、働かないとって」


「あー、それはちょっと分かるかも。上から言われるとな。そりゃ大変だったな。よしよし」


 俺が宥めるように背中をポンポン叩くと、エルドリーズの声が小さくなっていく。布団から少しだけ顔を出すと、涙目で俺を見た。


「私、ルシアくんのことは好きかも」


「はぁ!?」


 突然の告白に思わず大きな声が出てしまった。エルドリーズはそんな俺の様子を見ると、ハッとして慌てて弁解する。


「ち、違うわよ!?今のはそういう意味じゃないわよ!ただ、ほら、なんていうか、親愛的な意味でね?と、友達とか、そういう感じの!本当に!」


「お、おう、分かった分かった」


 俺は動揺しつつも答えた。どうやらエルドリーズは俺のことを好ましく思ってくれたらしい。俺はホッと胸を撫で下ろす。また変態どもみたいにおかしくなったのかと思った。


「…ルシアくんは、漫画は知ってる?」


「ん?まんがは知らないけど、さっきみたいなキラキラしてる本のことか?」


 俺が首を傾げると、エルドリーズはふむ、と考え込んでベッド脇にある棚の幾つかから本を数冊取り出した。表紙には勇ましい勇者や愛らしい少女が描いてあり、異世界聖女伝説というタイトルだ。


「最近、お伽噺を読みやすく漫画化するのが極東の共和国で流行ってるのよ。貸してあげるから感想を教えて頂戴」


 エルドリーズは、ふんふんと鼻息を荒くしながら俺に手渡した。俺はよく分からないまま受け取ると、エルドリーズは満足げな表情を浮かべた。


「私はもう別の仕事があるから行くけれど、それ読み終わったらちゃんと返しに来てよね!」


「あ、ああ……じゃあな」


 俺は呆気に取られながら手を振ると、エルドリーズは部屋から出て行った。俺は渡された本を手にして、パラパラと捲る。するとそこには、先程の漫画のような絵とは違って少年が勇ましい姿で描かれていて、少し読みやすい。勇者に選ばれた平民の少年が、異世界から召喚された白髪の聖女を守るという話だ。ラクラシア王国を建国した史実に基づいているらしい。


「姫さま、そろそろ昼食が終わるお時間です」


「もうちょっと待ってくれ。良いところなんだ」


「まぁ、それでは日が暮れてしまいますわ。こちらにお持ちしますね」


 結局俺はシャロンの忠告も聞かずに漫画を一気読みしてしまった。そしてそのあとすぐに階下にいたエルドリーズに本を返したのだが、彼女は俺が読む前よりも嬉しそうな顔をしていた。


「すげー面白かったよ。特に二巻の後半の展開が熱くて……」


「でしょう!?やっぱり良いわよね!ね!」


 俺の言葉を聞いてエルドリーズが興奮気味に話す。そして俺の手を取るとブンブンと振った。


「私もそう思うのよ!あのシーンは感動的だったわ……。それで、えっと……」


「いや、本当に凄いよなこれ。こんなに沢山線が描いてあるのに絵も見やすいし」


「分かるー!この漫画家の絵って線が力強いのに繊細っていうか、なんかこう、上手く言えないんだけど、凄いのよ!」


「エルドリーズ様、そろそろ此方の転移魔法の記述を……」


 周りの魔法使い達が俺たちの会話に入ろうとすると、エルドリーズはハッとして手を離す。そしてへにゃりと眉を下げて、申し訳なさそうな顔になる。


「ごめんなさい、つい話し込んじゃうのは私の悪い癖ね」


「別にいいんじゃないか?楽しかったぞ」


 俺が笑うと、エルドリーズはすぐにパァッと明るい顔になった。


「良かった!私、男の子とこんな風に趣味について話したことなかったから、嬉しいわ」


「ん?アレックスとは話さないのか?あんなに仲良さそうだったのに」


「あいつも漫画は好きなんだけどね……ちょっと好みが合わないっていうか」


 エルドリーズは困り果てたような表情で頬を掻いた。


「それに私、男の人とあんまり仲良くなれなくて。だから、ルシアくんみたいな子が話し相手になってくれると、本当に嬉しいわ」


「そうなのか?俺でよければいつでも付き合うよ。んーと、エル?」


 俺が言うと、エルドリーズはさらに嬉しそうに表情を変えた。コロコロと表情を変えてまるで子供みたいにはしゃぐ姿は、叡智の魔女というよりは一人の女の子のようだった。

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