王宮にて
「ん…いてて……あれ?ここは……」
目を覚ますと、見覚えのない天井が広がっていた。天井というよりも、天蓋だろうか。身体を起こそうとすると鈍い頭痛が襲ってくる。どうやらまだ体調は万全ではないようだ。
すると隣にいたらしい嫋やかな女性が声をかけてきた。
「姫さま、お目覚めになりましたか。気分は如何でしょうか?」
聞き慣れない声に驚いてそちらを向くと、見知らぬ薄手のメイド服を着た女性が、椅子に座ってこちらを見ていた。
「…貴女は誰ですの?私は一体……」
姫さま、と言う事は、俺はまだお嬢様の状態なのだろう。だが見ず知らずの女性に戸惑う俺に、彼女は静かに説明を始めた。
「初めまして姫さま。本日より貴方の世話を努めさせていただくシャロン=リップルと申します。どうかご容赦くださいませ」
「はあ……よろしくお願いしますわ?それでここはどこなのかしら?」
「はい、ここはブルスルド王宮の一室となっております。姫さまが舞踏会で倒れてから3日経ち、やっと体調が安定してきたためこうして部屋まで運ばせていただきました」
「え、王宮!?3日ッ!?なんでそんな、ゲホッ!」
「今お医者様をお呼びしておりますので、もう少しお待ち下さい。それとお飲み物を用意させて頂きました。喉が渇いたでしょうからお飲みになってお休み下さい。それでは失礼致します」
そう言ってシャロンと名乗ったメイドは一通りの説明を終えると、ふわふわとしたふたつ結びの金髪を靡かせて、一礼してから部屋を出た。
ふとテーブルを見ると、そこには温かなミルクと紙に包まれたチョコレートが置かれていた。その横に置いてあったメモを読むと『まずはゆっくりお体を休めてくださるよう願っております』『ゆっくりお休みください』と書かれていた。
広めのボウルに注がれたミルクを飲むと、甘い味と共に体の疲れが取れていくように感じた。口をつける度にお腹にじわりと熱が広がって、空腹感が満たされていく。
「…結局どんな状況なんだ?スレイ…は居ないよな、うーん」
しばらくすると部屋のドアがノックされ、医者らしき別の女性が入ってきた。診断によると極度の疲労状態にあり、特に体力がかなり低下しているとのことだ。水薬を飲まされたが、今の俺が飲むには苦すぎた為半分ほど残してしまった。
その後また少し横になって休むと、次に目が覚めた時にはもう夜になっていた。どうにも俺は、具合が悪いと眠り続けてしまうらしい。
窓の外を見ると月明かりが差し込んでいて、辺りにある色ガラスと反射してとても綺麗だった。
(スレイやお父様はどうしてるんだろう?)
とりあえず、スレイはめちゃめちゃ怒っているだろうし。いや、もしかしたら責任がーとか言って泣いてるかもしれない。お父様は公爵パワーを使って暴れているんじゃないだろうか。
……いや、そんな事は無くて、単にレジーナお嬢様の身代わりとして切り捨てられてるかも……
俺は本物のレジーナお嬢様じゃない。それに、俺が珍しい真祖吸血鬼だからよくしてくれているのだ。そう思うと、ほんの少しだけ寂しい気持ちになる。
そんなことを考えていると、また扉が開いた。俺は慌てて布団を被ると、そこに居たのは魔法使い然とした格好をしたエルドリーズだった。装飾の付いたヴェールを被っているようで、シャラリと布擦れの音がする。
「あら?起きていたのね。具合はもう大丈夫かしら?」
そう言いながら近づいてくるエルドリーズをベッドの中から見ると、前に船で会った時とは違ってとても心配そうな顔をしていた。
「えぇっと……はい。大分良くなったと思います。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。…あの、なぜ私は王宮にいるのでしょうか」
エルドリーズは、宮廷魔導師だとか名乗っていたような気がする。今の状況が分からない今、俺はなるべく丁寧に話すよう努力した。
「あら、まさか覚えていないのかしら?貴方はアレックスと婚姻を結ぶことになったのよ!今は準備の為に王宮に滞在してるけど、ひと月後には結婚式を行う予定だから楽しみにしておいてちょうだい!」
「あ、アレキサンダー王子と…結婚…?」
思わず唖然としてしまう。もしかして、それもお父様の計画の内で、レジーナ公爵令嬢として身代わりに嫁ぐ事になったのだろうか。
アレキサンダー第三王子は、次期ブルスルド国王と名高い。第一王子第二王子共に若くして没しているので、それはほぼ確定と言ってもいい。だがブルスルド王国で生活させられるとしたら、リリアと完全に離れ離れになってしまうではないか。
「そんな、私…いや、俺は結婚できない!本当は男なんだ!」
「あら?そんな事ないわ。同性でも結婚できるわよ」
「えっ?!ちょ、はぁ!!??」
俺は自分の性別について暴露して訴えるが、この国では同性婚が認められているらしく、エルドリーズは当然と言った顔で説明してくれた。知らなかったのだが、実は上級貴族の間では同性愛というのは割とある話であり、むしろこの国では、この魔女の影響で女性同士のカップルの方が多いくらいだとか。
「確かに貴方が男だったのは勿体ないけれど、あんな事をしたんですもの。仕方がないじゃない。それに、貴方の事は私が守ってあげるから安心して頂戴」
「…いや、全然安心できないんだが」
「ふふふ、大丈夫よ。私は男には興味ないわ」
どうやら全てお見通しだったらしい。一体俺は舞踏会で何をやらかしたんだ。安心させるようにエルドリーズが微笑むが、俺は頭を抱えてため息をつくしかなかった。
***
ブルスルドの王宮は黄金の宮殿と呼ばれており、金のような外壁がとても豪華で、夕方になると夕陽が反射してきらきらと輝く美しい建物だった。窓の外には庭園が広がり、手入れの行き届いた色とりどりの花々が咲き誇っていて鮮やかな光景だ。
「帰りてえ…」
俺は今、その宮殿の一室で待機させられていた。体調が良くなってからは、シャロンに王宮を案内されたり身体を整えられたり。今日は第三王子と面会だ。
項垂れていると、部屋の中にアレキサンダー王子が入ってくる。赤い髪の背の高い姿は、相変わらず威圧感があり怖い。此方を睨むような眼光にビクッとするが、何とか平静を装った。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだぜ〜?」
「…はい、私も会えて嬉しいですわ…」
「ああ、俺様にその口調はやめてくれ。お前はレジーナじゃ無いんだろ?吸血鬼。本当の名前を聞かせて欲しい」
王子はニヤッと笑うと、腕を組んで壁に寄りかかりながら言った。どうやら何もかもバレているらしい。確かに、彼が幼少期にレジーナと会ったことがあるのなら、本物のレジーナは男じゃないということは当然分かるだろうし。
「はい……俺はルシアと言います。ルシア=ブラッド。……本物のレジーナお嬢様の身代わりです」
ルシアは覚悟を決めて自分が身代わりであることを認めた。本当は自分の名前を言いたくなかったが、男だとバレてしまっているならば素直に認めてしまった方が楽かもしれないと思ったからだ。
だが、俺の本名を聞いた王子の顔色が変わる。
「ブラッド…!?お前はまさか…あのブラッド家の者なのか!?」
「え?はい、ただの平民ですけど…」
どうやら俺の家名を王子は知っているようだったが、俺自身は特に血筋に興味が無かったので知らない。ただ以前、父さんは先祖は王に仕えた騎士の家系なんだぞって自慢げに言っていた気がする。
「……」
「アレキサンダー殿下?」
黙り込んだ王子を不思議に思い声をかけると、ハッとした表情を浮かべた。
「あぁ悪い。ちょっと驚いただけだ。気にしないでくれ。それより、殿下はやめてくれるか?敬語もいらないから、スレイに話すみたいに砕けた口調でいいぜ〜」
「そうか…?ありがとう。えっと…アレックス?改めてよろしくな」
「うぐぉ…」
ルシアは笑顔で答えたが王子の様子がおかしい。何故か王子が動揺しているように見えた。しかし一度深呼吸するとすぐに冷静になったようで、いつも通りの態度に戻った。
「…はー……じゃあさっそくだが本題に入るか〜。ルシア=ブラッド。お前は王族になるつもりはないか?」
王子の言葉を聞いてルシアは固まる。
「……それはどういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。お前にはブラッド家の血が入っているんだろ?なら余計にこの国にいた方がいいぜ〜。それに何より俺様は、ルシアのことが気に入った!」
王子はあっけらかんと言い放つ。
「俺様の伴侶になれよ〜!そうしたらこの国はもっと良くなるはずだぜ!他の誰もいなくなっても問題ないくらい!…なーんてな、冗談だってば。そんな怖い顔すんなよ」
王子が笑いながら言うが、俺は全く笑えなかった。ルシアを気に入っていると言ったが、それが信じられなかったのだ。もし真祖吸血鬼だということもバレているのならば、国として利用したいとしか思えない。
「…もし断るって言ったらどうなるんだ?」
「そうだな〜。無理やり暫く閉じ込めることになるかもな〜?」
王子が苦笑しながら答える。つまり拒否権はないということだろう。しかしルシアとしては絶対に嫌なので、なんとか逃げる方法を考えなければならない。王子はしばらく考える素振りを見せると、何か思いついたのかニヤリと笑う。
「まぁでも、どうしても帰りたいっていうなら帰してやってもいいけどな?ただしその時は、お前の大切にしているものにも迷惑がかかるかもしれないな〜?」
その言葉にルシアはピクリと反応する。大切なものに被害が出るというのは、脅迫状と同じ文面だ。そう言われて、俺は黙り込んだ。だったらそれは…リリアに手を出されるのかもしれない。そんなことになるのはごめんだ。
「……」
そして王子はルシアをじっと見つめると満足そうな表情を浮かべた。
「うん、お前は良い奴だな〜。噂に聞いてた通りだ。…安心してくれ。決して悪いようにはしない」
それから王子との話し合いの結果、俺は表向きレジーナお嬢様という扱いになり、ひと月後に決まった結婚式まで王宮で暮らすことになった。




