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露見と変貌

 ワイングラスが床に落ち、ダンスホールに衝撃音が響く。


 それと同時に目の前でルシアさんが膝をつき、両手で頭を抱えながら苦しんでいる様子が見えていた。僕も突然の出来事に驚き、どうすればいいのか分からずにいた。


「…う、ぅあぁ…ぁあ…!」


「お嬢様…!クソッ!毒を盛られたのか!?」


 僕も同じグラスを飲み干したからなのか。ぐらりと揺れる視界に、常備している解毒薬を煽る。そして口に含んだ薬を彼に移して飲み込ませるが、ルシアさんの様子は変わらない。むしろ、ぐったりと力が無くなっていく。


 爪が覚醒状態のように黒く染まっており、このままだとルシアさんが真祖吸血鬼(魔族)だということが露見してしまう。


 さらに懐から魔石を取り出して、幻影魔法を使って周りに目眩しを掛ける。だが、ここまで強い魔力を持つ貴族達に注目されていては時間稼ぎにもならないだろう。


「そこの魔女!会場全体に催眠魔術を!」


「えっどうして?それよりこの子…」


「いいから早くしろ!」


「わ、分かったわよ!怒鳴らないで!底なし沼の澱。忘却の水面。混濁を与えん!」


 エルドリーズがどこからか取り出した長杖を床に刺すと、周りで歓談している貴族達の動きが人形のように止まった。


 そしてそれから数秒もたたず、ルシアさんの背中から黒い羽のような物が生えて来る様子が見えた。かと思うと、彼の身体全体が一瞬にして縮み始めてしまったのだ。


 まるで幼い子供の姿になったかのように。


 しかし変化はそれだけではなく、以前の覚醒状態のような黒い爪と、コウモリのような黒い羽が背中に生えていた。


「……お兄ちゃん、お姉ちゃん、だぁれ……?」


 ドレスから身体を出している小さなルシアさんは、きょとんとした表情で僕らを見上げている。その見た目のように記憶まで退化してしまったのか、彼は今の状況が分かっていないようだった。


「お嬢…様?この姿は、一体…」


 そんな彼に僕は手を差し伸べたのだが、何故か僕の手に噛み付いてきた。それは甘噛などではなく、本気で歯を立ててきたものだから痛くて反射的に手を離してしまう。


「いてっ!何するんですか!?」


「んー!触らないで!お兄ちゃん、何か嫌だ!見てると変!やだ!」


「へ、変ってなんですか!?ほら、危ないですから大人しくしてください」


 拒絶の言葉にショックを受けながらも、ルシアさんを抱きかかえる。こんな姿になってすっかり中身は子供になっているようだし、今は大人しくさせた方がいいだろうと思ったからだ。だけど、抱き上げられた本人は暴れており、ジタバタと手足を動かして逃げようとしていた。


「やぁだ!やー!赤いお姉ちゃん、助けて!この人怖い!気持ち悪い!」


「きも…!?ぼ、僕は気持ち悪くないでしょう!?」


「知らない!お家に帰してぇ!おかーさぁん!おとーさん!」


 どうやら今の彼は何も覚えていないようで、今までの事を全て忘れてしまっているらしい。だからなのか、僕に対して警戒心を抱いているみたいだった。だけど、僕と初めて会った時よりも可愛らしい抵抗だ。


 呆然と見ていたエルドリーズだが、ルシアさんの言葉にハッとしてこちらに向かって駆け寄ってきた。


「嫌がってるじゃないの!ほら、レジーナちゃん!あか〜いお姉ちゃんよ〜?」


「…れじーな?…んうー…」


 彼女はルシアさんを安心させるように抱きしめた後、頬擦りをしてあやし始めた。すると段々と落ち着いて来たのか、彼女の胸の中ですやすやと寝息を立てて眠ってしまった。


「天使じゃないの……じゃなくて、この羽と見た目はどう言うことなのかしら?説明して頂戴。執事くん?」


「説明も何も…僕も分からないんですがね」


 こちらを睨むようなエルドリーズにため息をついて、渋々彼が吸血鬼である事を話した。



 ***



「つまりは、毒が吸血鬼であるこの子におかしな作用をもたらしたということかしらね。王族の舞踏会でそのような愚行を犯すなんて、とんだ恥知らずが混ざっていたものだわ」


「んふー…むにゃ…」


「持って帰っていいかしら執事くん、ウチで育ててお嫁さんにするわ」


「駄目です。返してください」


 会場から出て行く前にメイド達に指示を出してから、子供用の着替えを持ってきてもらう。そして僕達は一先ず休憩部屋へ向かうことにした。


「んんー!おなかすいた!」


だが、先程までとは打って変わって、エルドリーズの腕の中でスヤスヤと寝ていたルシアさんはすっかり元気になっていた。子供というのは気まぐれだ。


「ねえ!お前は、ぼくのひつじなの?ふぅん…3回回ってメー!って言ってみてよ!」


「羊じゃなくて、執事ですよ」


「なにわらってんだよー!あっちいけ!」


「はいはい、分かりましたから」


 僕に対しては警戒心はあるものの、いつものように接してくれるのが嬉しかった。やはりルシアさんにとって僕は特別な存在なのだと思うと誇らしくなると同時に、忘れられていることに少しだけ寂しくなった。


「うおっ!?本当に小さくなってんな、お前」


「ぎゃー!?やだ!下ろして!」


「俺様はアレックスだ。お前のお婿さんだぞ〜よろしくな〜」


「はぁ?」


 部屋に入ってきたアレックスが止まるまもなく小さなルシアさんを抱き上げて、勝手な事をのたまう。やはり殺すかと立ち上がると、ルシアさんは怒った顔で、アレックスに向かって自分のスカートを捲った。


「ちょっ!待っ」


「ぼくは男だよ!馬鹿にしないで!!」


「「…………え゛っ…………?」」


 アレックスの手から飛び降りた彼は、そのまま足にひと蹴り入れて僕の背後に隠れてしまった。その反応にショックを受けた彼は、よろりとしながら椅子に座る。そして頭を抱えながら項垂れていた。


 アレックスの動きに合わせて、エルドリーズの方からも、ぐしゃりと膝をつく音が聞こえる。


「…待ってくれ…マジか?……レジーナって…え?」


「うそでしょ、待って頂戴。…男の子なの?」


「うん!!だからお嫁さんにはなれないよ!残念だったね、ばーか!あほあほ!」


「あーもう、このガキンチョ…じゃない、駄目ですよ。ほら、良い子にしてください」


 二人に合わせて僕も頭を抱えそうだ。べーと舌を出すルシアさんは可愛らしいが、このままでは話が進まない。どうしたものかと悩んでいると、遊び回っていたルシアさんがもじもじとし始めた。何事だろうと見ていると、エルドリーズの服を掴んで何か言いたそうにしている。


「あのさ、えっと……」


「…なぁに、どうしたのよ?」


「……あの、その…耳貸して……」


 顔を真っ赤にしたルシアさんは俯いて、ぼそりと言った。その言葉を聞いてエルドリーズは微笑み、優しく頭を撫でてから彼の口に耳を近づけると、驚いたように目を見開いた後で苦々しい顔をした。


「えっと…それはちょっとどうかしら。あ、アレックスちょっと良い?」


「え?なんだよ一体………はぁあ!?」


 エルドリーズがアレックスに耳打ちすると、彼もまた驚いて大きな声を上げる。


「えぇ?マジで俺様か?スレイじゃなくて?」


「や、やだ!変だから言わないで!しー!」


 3人で一体何を話しているのかじっと見ると、小さなルシアさんがこっちをみて睨んできた。


「スレイはあっち、いってて!変だから!」


「えっ!?な、なんでですか!痛い痛い!」


 だから、僕が変ってなんなんだ…!?


 突然ルシアさんにどすどすと背中を叩かれて、部屋の外に出されてしまう。一体何なんだ、と思っているとエルドリーズも出てきて扉の前に立ち塞がってしまった。


「ごめんなさいね、今大事な話をしているから貴方は少し席を外しなさい。大丈夫、すぐ終わるわ」


「しかし……いえ、わかりました。ですが此処で待ちます。僕はお嬢様の専属執事ですので」


 有無を言わせぬ雰囲気のエルドリーズに押されて仕方なく廊下に出ると、エルドリーズは大きなため息をついた。


「全く、執事くんのこと大好きなのね、あの子は」


「っすす、好きとかそういうのではないと思いますけど……それにしてもどういうことなんでしょう?」


「ふふ、あの子は吸血鬼でしょう?血を吸いたくなったみたいでね。アレックスが一番体格が良いから少しだけ吸ってもいいか聞いてきたんだけど、貴方に見られるのは何だか変、なんですって」


 それは、つまり……


「血を吸っても吸血鬼にならないことは知っているけれど、やっぱり恥ずかしかったのよね。あんな小さい頃から血を飲むなんて普通じゃないもの。まぁ、私は本で聞き齧っただけで本物の吸血鬼に会ったことはないけど」


「…………いや、待ってください。お嬢様はアレックスを吸血しているんですか?今?2人きりで?」


「ええ、まぁ少しだけと言ってたから指を少し噛ませて…」


「は、はぁああ!?ちょ、ちょっと!今すぐここを通してください!」


 思わずエルドリーズの腕を掴むと彼女は呆れたような表情を浮かべる。


「あらあら、随分過保護ね?だからあの子にも警戒されていたんじゃないの?」


「いいから!手遅れになる前にどいてください!」


「んもぅ乱暴ね!わかったわよ。ほら、鍵を開けたか、ら…」


 そう言って部屋の扉を開くと、そこには床に押し倒したアレックスにのしかかっているルシアが居た。少し成長したのか、破けた服から白い肌が見える。手を握りあっている姿に殺気が溢れた。


「うぐぐぐ、待っ、て!やば、いから…!」


『んー!おいし…もっとほしい…もっと…』


「アレックス、テメェ…!?」


「……はっ!?ち、違う!?これはそのぉっ!」


 慌てて離れようとするアレックスを、ルシアさんはさらに押し倒して首筋からじゅるじゅると水音を響かせている。後ろから引き剥がそうとするが、思ったよりも力が強くて離せない。


「やめなさいロリコン!」


「あばばば!?」


『うわぁ!?』


 その時、エルドリーズの長杖から雷が飛び出しアレックスに直撃した。無詠唱で精度の高い雷魔法に驚く。それと同時にルシアの手が緩んだので急いで引き剥がすと、そのまま抱き上げてソファまで運ぶ。


「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」


『…?足りない!もっと、ねぇ、すれい〜』


「ッ…駄目です」


 ぐりぐりと頭を押し付けてくる彼を無理やり引き離して、これ以上暴れないように毛布で包み込む。不満そうな顔をされたが仕方がない。


「…はぁ、ゲホッ、どう言う事なんだ、スレイ。めちゃめちゃ気持ち良…あー、吸血鬼っていうのは皆こうなのか?」


「いえ、お嬢様がそういう体質なんです。無意識で相手に魔力を流して、吸血しやすくするみたいで」


 焦げたアレックスが咳き込みながら問いかけてきたので首を横に振る。すると彼はほっとしたように息をつく。


「良かった…じゃあ俺様は年端もいかない子に手を出してしまった変態野郎じゃなかったわけだな」


「いや、それはその通りですから。きっちり責任を取ってもらうしか」


 お前の首で。と一番切れ味の良いナイフを向けると、エルドリーズがまぁまぁと割り込んでくる。


「ええ、アレックスが責任を取った方が良いと思うわ。その身を持って、ね?」


 ニマニマと君の悪い笑顔をしているエルドリーズが手に持った宝玉を翳す。するとそこには、ルシアさんがアレックスを押し倒す姿が鮮明にうつっていた。



ルシアくん、五歳。

妹はまだ居ない、甘え盛りです。



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