舞踏会で葡萄酒を
ダンスホールに戻ると、俺達四人はあっという間に煌びやかな衣装を纏った令嬢に囲まれてしまった。みんな美人なのだが、こうやって近くに寄られると色々な香水の匂いが混ざっていて鼻を摘みたくなった。
「あの!良かったら私とも踊って頂けますか?」
「いえ、そちらの方は置いて、私たちとお話しましょう!」
「申し訳ございませんが先約がありまして……」
「きゃーっ!なんて凛々しいお方なのかしら!」
「……はぁ」
どうやらエルドリーズ達とバルコニーに出ていったことで、話し掛けるチャンスがあると思われたようだ。スレイは困ったように微笑み、誘いを断る。俺は引き攣った笑顔で、ギラギラとした令嬢達の茶会の誘いを断り続けた。
「すまないなお嬢さん方。この令嬢は俺様と踊る約束をしてるんだ」
いつの間にか赤髪に戻っていたアレキサンダー王子が来ると、令嬢たちが黄色い悲鳴を上げる。血濡れの赤獅子の噂からなのか、彼女達は遠巻きに見るように下がっていった。やっと解放されると思いながら俺が王子に礼を言おうとすると、逃がさないとばかりに手を取られた。
「レジーナ、折角の舞踏会だ。もちろん俺様と一緒に踊ってくれるよな〜?」
人前で王子直々にダンスのお誘い。なんとか断れないか縋るようにスレイを見ると、いつの間にかにこやかなエルドリーズにガッチリ捕まっていた。
「…………はい、喜んで」
スレイ(盾)を封じられた俺は王子の誘いを了承するしかなかった。
***
アレキサンダー王子の手を握り返すと、楽団から音楽が流れ始めた。ラクラシア王国と変わらない、優美なワルツの音楽に合わせて踊り始める。
「人前でこうして踊るのは慣れていませんので、お手柔らかにお願いしますね?」
「おう、大船に乗ったつもりでいるといいぜ〜」
先ほど見事なダンスを披露していただけあって、アレキサンダー王子はリードが上手い。身長差もあるだろうけど、ステップを踏む足運びに迷いがない。そういえば以前読んだ本では王族の嗜みの一つだと書いてあった気がする。
「なかなかうまいじゃねぇか。ダンスは苦手だと聞いていたんだが」
「ありがとうございます。必死に練習しましたので」
「へえ?それはどうして?」
「……淑女の…嗜みとして……?」
思わず遠い目をしてしまったのは仕方ないと思う。屋敷に来たあの時は大変だったのだ。何度も挫けそうになるたびにメイド長から氷の刃が飛んできて、相手役のスレイからは皮肉を言われ続ける。
もう二度とあんな目に合いたくない一心で頑張った。
「……ふぅん、本当に苦労してたんだな……」
同情するような視線を向けてくる。確かに苦労したけれど、そんな目で見られると、身代わりの身としてはちょっと申し訳なくなる。
「えぇ、本当に。ですが、お陰でこうして貴方と無事に踊れていますから、沢山練習した甲斐がありましたわ」
恥をかかずに済みそうで良かったと思っていると、突然王子のステップがぎこちなくなった。首を傾げて顔を覗き込むと頬を染めてそっぽを向かれてしまった。何でだ。
「どうかなさいまして?」
「…ッいや、なんでもない」
ゆったりとしたワルツが流れる中を2人で踊る。曲が終わる頃には赤らんでいた王子の顔色は元に戻っていた。
「…ふぅ、少し休みたいぜ〜。飲み物取ってくる」
ギクシャクと様子がおかしいアレキサンダーを不思議に思いながらも、仕方なく壁際で休憩することにした。
***
立食会場でくすねた料理を食べていると、すぐに王子が戻ってきた。その手にはグラスに入った赤い飲み物が握られている。
「これはブルスルド王国で作られた葡萄酒だ。確かレジーナは俺様と同い年だったよな〜?良かったら味見してみてくれ」
「まぁ、ありがとうございます」
この国では酒が飲めるのは15歳からだ。ちなみに、ラクラシア王国では18歳から成人として認められる。俺はまだお酒は飲んだことがないが、アレキサンダー王子は飲み慣れているのだろう。
ちょっとだけワクワクしつつ、勧められるままに口に含むと、意外にも甘酸っぱくて飲みやすい。酒だからか少し喉が熱くなるが、それでもジュースを飲んでいるような感覚だ。喉を通る度に鼻腔を抜ける香りが良い気がする。初めて葡萄酒を飲むが、とても美味しく感じた。
「おいしいですわ。爽やかな口当たり?が素敵ですね」
「気に入ったか?それはよかったぜ。父上の取り計らいで他にも色んな種類を用意しているからな〜。好きなだけ楽しんでくれ」
王子が嬉しそうな表情で笑う。さっきまでの挙動不審な態度はどこにいったというのだろうか。
「ふふふ。では、遠慮なく頂きますわ!せっかくの機会なのですもの。存分に楽しまなくては損というものですわね?」
食べ放題、飲み放題。ならばお言葉に甘えて他の葡萄酒にも挑戦することにした。他のものも、それぞれ甘かったり酸味が強かったり、味わい深くて素晴らしい出来栄えだと感嘆した。ヴァルド殿下があんなになるまでお酒を飲んでいたのも納得できる。
ルシアが満足しているといつの間にかアレキサンダー王子の周りに人垣ができていた。どうやら王子と踊りたくても勇気が出せず、遠巻きに眺めている令嬢達が大勢いたようだが、俺と談笑している姿を見て、「行ける!」と思ったらしい。
「あ、アレキサンダー王子!だだ、ダンスのお相手をお願いしてもよろしいでしょうか」
「…だが」
「大丈夫ですわアレキサンダー様。私はここにおりますので、行っていらっしゃいませ」
「…わかった。すぐ戻る」
俺の言葉を受けて、アレキサンダー王子は女性達に囲まれて行ってしまった。手持ち無沙汰になった俺は、また別の葡萄酒をグラスに注いでもらえないか頼んでみることにした。
近くにいた給仕らしき青年に声を掛けると、何本か瓶ごと持ってきてくれた。
「こちらの青葡萄酒はいかがですか?一年に数本しか出ない貴重な葡萄酒でございます」
そう言って差し出されたのは鮮やかな青色をした綺麗な液体の入ったグラスだった。口をつけると爽やかな甘味が広がる。
美味しかったが、喉に引っかかるような苦味もあって飲みやすいとは言えなかった。しかし見た目の色も相まってとても美しく感じられた。
「ん。少しクセがありますが、これも美味しいですわね。そうだ、このワインは何というお名前なのかしら?」
俺が尋ねると、給仕の青年が金髪を揺らして答える。
「こちらは『蒼薔薇』という名前の特別な葡萄で作られた葡萄酒です。月聖樹の樽で熟成させた特級品でして、お気に召していただけて光栄に存じます」
「ほほぅ。なるほど、確かに上品な雰囲気がありますわね」
折角なのでもう一杯、と注いで貰ったものを飲み干していると給仕の青年の表情が強張っていた。折角あるのなら飲まなければと思っていたのだがそんな顔をされると不安になる。
「あの……これ、お高いんですのよね、ごめんなさい。何度も飲んでしまって、やっぱり駄目だったかしら……?」
「い、いえ。王家より振る舞われているものですので、ご心配される事はありませんよ。よければ葡萄酒以外のものも試してみますか?」
そう言って給仕の青年が勧めてきたのは蜂蜜漬けの果物やチーズなどで、俺は喜んで受け取った。どれもほんのり甘い香りが漂っていて食欲をそそる。
「まぁ!ありがとうございます。頂きますわ」
まずは苺を一つ摘む。よく熟れた真っ赤な果実はみずみずしくて甘そうだ。口に含むと、思った通りの瑞々しい果汁とともに程よい酸味が広がった。口の端に溢れた果汁を舌で舐めると、周りから喉のなるような音が聞こえた気がした。
一通り食べると次はクリームチーズを塗ったクラッカーを食べることにした。これは乳製品しかお腹にたまらないルシアにとってはやっとありつけた食事だ。しかも上に高級そうな金箔がかかっているのを遠慮なく食べていく。
「んふふ、こんなに色々食べれるなら舞踏会も悪くないかもしれませんわね」
周りの男性達がざわめいていたが、気にせずに食べすすめているとヒールの足音と共に不機嫌そうな足音がこちらに近づいてきた。
「お嬢様ぁ…?一人で随分と、お楽しみのようですね?」
「あらスレイ。エルドリーズ様もおかえりなさい。ダンスはいかがでしたか?」
「ふふふ、スレイくんたら私を熱烈に求めてきて困っちゃった」
「別に何も求めてません。それよりさっきから貴女は何をガバガバガバガバお酒を飲んでるんですか!」
「だって美味しいんですもの。この苺、スレイにも差し上げましょうか?」
片手にワイン、片手に苺や菓子。俺がそう言うと、スレイはむすっとした表情で首を横に振って言った。
「いいです!僕はこっちの方が好きですから」
そう言ってスレイは俺が飲んでいたワイングラスを手に取った。そのまま一気に飲み干すと、スレイは顔を赤くしながら俺に詰め寄ってきた。
「そもそもなんれすか…僕という者がいるのに、他の男とイチャイチャ、しちゃって…」
「えぇ!?そんなつもりはありませんけれど」
「それでも嫌なものは嫌なんれすよ!あとその口調も!」
「はぁ?」
確かに今までずっとお嬢様らしく振る舞っていたが、いくらなんでも過保護すぎるだろう。だがこうやって頬を膨らませて怒っているスレイは珍しいので、ちょっとだけ面白い。
「はいはい、わかりましたわ。今日の目的は果たしましたし、お父様に聞いて帰りましょうか。エルドリーズ様すみません、王子に…」
スレイの手を引いて立たせようとすると、急に体が熱くなってきた。
「っ…?」
おかしいと思っているとスレイを掴んだ手からはいつの間にか黒い爪が伸びており、身体に妙な熱が集まっているような気がした。
まさかこれは、と思った瞬間。
俺はその場に倒れ込んでしまった。
「え、レジーナちゃん!?大丈夫!?しっかりして!!」
「お嬢様ッ!?」
遠くの方でエルドリーズとスレイの焦るような声が聞こえるが、意識を保つことができない。
次第に視界は赤暗くなっていき、俺は完全に意識を失った。




