隣国訪問の始まり
「やぁ!スレイ、ご苦労様。レジーナはおねむのようだね?緊張してあまり眠れなかったのかい?」
城下町にある公爵家の別荘へ着くと、先に来ていたお父様が出迎えてくれた。相変わらず柔らかな笑顔を浮かべていてホッとする。
「…まぁそのようなものですわ。色々ありましたから」
「お嬢様は初めての街ではしゃぎ回っておりまして、そのせいで疲れておられるのだと思います」
「い、言わないでくださいまし!?」
「ははは!楽しめたようで何よりだよ。さ、荷物を置いて舞踏会の準備をしてこようか」
異国風の街並みに合った外装の別荘はとても立派で豪華絢爛といった感じだ。中に入ると、屋敷とまた違って煌びやかな宮殿に近い内装になっている。天井や壁には、街でも見かけた色々な形のガラスのランプがあり、壁紙はこの国らしい太陽の紋様が描かれていて、どこも凝っている。家具なども高級品で揃えられていて、宿屋でもみた観葉植物などもあった。見るもの全てが新鮮で美しい。
「お嬢様。お久しぶりですね。旅の疲れを落とす為にスクラブをご用意しています。こちらへどうぞ」
「げっ、メイド長…ありがとうございます」
お父様と先に隣国に来ていたらしい、氷のようなメイド長と挨拶を交わす。実は彼女は元々、この国の貴族の出らしく、お父様とは幼馴染なのだとか。相変わらず背が高く、青みがかった髪も冷たい印象はあるが、彼女はとても美人である。ちなみに年齢はお父様より一つ年上らしい。
洗礼とばかりに、風呂場に押し込められて別荘のメイド達に容赦なく体を洗われる。自分でやると言っても許してもらえず、メイド長から勅令された湯あみはされるがままになるしかない。髪も丁寧に手入れされて、宝石みたいな青い塩や、花の香りのするオイルを塗られた。
「はい完成です。あとは髪を乾かすだけですのでお待ち下さいませ」
「うぅ……慣れない……」
「ルシアさんは肌が白いので化粧映えしますね。今日はいつも以上にお綺麗に仕上げさせていただきます」
「よろしくお願い致します……」
コルセットを締め上げられて何も無い胸元を強調するように詰め物をされる。そして全身に薄く日焼け止めのパウダーを塗った後ドレスを着せられると、ぐえっと声が出た。腰まで伸びた黒いストレートヘアにもブラシがかけられて緩く編み込みがされていく。
化粧を懇切丁寧に施され、最後に唇に真っ赤な紅を引かれれば出来上がりだ。
鏡を見るとそこには顔を顰める絶世の美女がいた。
「ふう、今までで一番の出来です。お似合いですよ。ルシアお嬢様」
「うえっ…せめてレジーナお嬢様って言ってください。俺は男なんで」
「あら?そんなことは関係ありませんよ。お嬢様がお嬢様であることに変わりはございません。それにお嬢様はもう立派なレディでございます。自信を持って堂々となさいませ!」
「そう言われても困るんだけどなあ……」
鏡の前でくるりと回ると、赤いドレスがふわりと舞った。透けるほどに薄い布が薔薇の花のように重ねられていて、薄布で隠された首や肩が逆に上品で大人っぽいデザインに仕上がっている。肩紐には金の装飾が施されてアクセントになっていた。首に巻かれた細いリボンが揺れる。
「でも、うん。可愛いと思う。ありがとうございます。メイド長」
「いえ、こちらこそこんな素敵なお嬢様のお世話が出来て光栄でございます。さぁ、ご主人様がお待ちですよ。参りましょう」
俺はもう一度だけ鏡の中の自分を見た。
(…この姿で社交界デビューか…大丈夫かな)
不安が頭をよぎるが、首を振ってそれを霧散させる。できる事なら、何事もなく終われるようにしたい。むしろ、逆に何事かがあれば、脅迫状の犯人を見つけ出してボコボコにする。
うん、舞踏会じゃないな。持つべきは武闘会の心持ちだ。
俺が覚悟を決めて部屋を出ると、スレイが待っていた。黒の燕尾服に身を包んだその姿は、いつもよりも凛々しく見える。
「お待たせ。どうだ?似合ってるだろ?」
「よくお似合いです。とても美しい。…その口調で喋らなければ、傾国の美女のようですよ」
「うーん、それはそれでなんか嫌だな」
苦笑いする俺を見てスレイが笑みを浮かべた。
「では参りましょうか。僕の姫君。今日一日、エスコートさせていただきますね」
「あはは!よろしくお願いね?私の騎士」
二人で緊張を茶化すように笑い、恭しくスレイの手を取って馬車に乗り込んだ。お父様とおしゃべりしながら窓の外を流れる異国の景色を眺めて、初めての舞踏会に胸を高鳴らせる。
これが俺の、長い隣国訪問の始まりだった。




