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そこは太陽の島国

 スレイと客室で話していると、船が港に到着したようで少しの揺れと大きな笛の音が響いた。扉の外から船を降りる人たちの足音が聞こえて、俺たちも外へと移動する。


 荷物を持ち、船を降りていくと空はすっかり橙色に染まっていた。かれこれ丸一日の船旅だったけれど、こんなに早く隣国に着く事ができるのは、国が主体になっている魔導研究の成果なんだとか。貴族くらいにしか恩恵はないと思っていたけれど、こうして使ってみると確かに便利だ。


 降りた先は異国情緒溢れる高級そうな建物が建ち並ぶ港町で、辺りには香辛料や独特な香木の香りが立ち込めていて鼻を刺激する。その匂いを嗅ぐだけでもここが異国だと実感させられるようだった。


「おー!すごい!色んなものがありますわ!」


「ふふ、そうですね」


 思わず感嘆の声を上げるとスレイがくすりと笑った。どうやら彼も同じ事を思っていたらしく、嬉しくなって俺もついつい笑ってしまう。


「この国ならではのものが沢山ありますね。他国からの輸入品も多くて市場は賑わっていますし」


「へぇ〜!これは楽しみですわね。早く王国で色々と見たいわ」


「宿屋に荷物を置いたあとに少し見てまわりましょうか」


「言ったな?へっへっへ~!早く行きますわよ!」


「っ…」


 俺はスレイの手を取って歩き出す。すると後ろの方でスレイが何かをごにょごにょと呟いた気がしたが、気にせずに歩くことにした。



 ***



 しばらく大通りを歩いて行き、たどり着いた宿は異国情緒溢れるとても大きくて綺麗なところだった。観葉植物やツルなどが辺りに巻き付いて茂っているのに、ボロいとは言えない。異国風、言うなればブルスルド風、という奴なのだろう。ところどころに太陽の紋章や、南国の花などが飾ってあり華やかだ。中を進んで行くと、受付にいた従業員の女性が丁寧に対応してくれる。


「お部屋はこちらの最上階になります。もし外を見てまわられるのであれば私共で荷物をお預かりいたしますが」


 露店を見てまわりたくてうずうずしているのがバレたのか、そう言われてしまった。だがせっかくなのでお願いすることにする。


「んふふ。ではこの衣装ケースをお願い。他のものは大丈夫だからそのままにしておいて下さるかしら?」


「っどタイプ……ンンッ!承知いたしました」


 笑顔で答えると女性は顔を赤く染めて俯いてしまう。一体何があったんだろうと思いつつ、荷物を預けて宿屋の外へ出る。すると、すっかり日が落ちたそこには、想像以上の光景が広がっていた。


 土造りの家々が建ち並んでいたのが、ステンドグラスのような夜のランプに照らされて、街は色とりどりの様相に変わっていた。様々な夜店が並んでいて、どこのテントも派手な色合いだ。そして街行く人々は皆、夜風に当たらないように薄布が靡くショールを着ていた。すれ違う人々の視線を感じながらも通り抜けると露店が立ち並ぶ広場に出た。「落ちぬ太陽の国」と呼ばれるだけあって、ブルスルド王国は夜でも昼間のように賑やかなようだ。


「お嬢様、あまり走ると危ないですよ?」


「平気よ。ほらっ!」


 スレイの声を聞きながら目の前に広がる光景に夢中になる。こんなにもたくさんのものを見たのは初めてかもしれない。この後舞踏会が待ち構えているとは言え、せっかくブルスルド王国に来たのだ。楽しまなければ損だと思う。


「ねぇスレイ!あっちに行ってみましょ!南国ドリンクですって、お父様からの旅費を使い潰してやりましょう!」


「構いませんよ。でもまずは買い食いよりも先にお土産を買いたいですね。学園でも配らないといけませんので」


「あのねぇ…先にお土産を買ったら荷物が増えるだけでしょ?今は食を楽しむのが優先だと思うわ。ほら、行きましょ!」


 雑貨やお土産店に行きたそうなスレイを引っ張りながら露店を冷やかすことにする。じゅうじゅうと焼かれる肉を薄い生地でサンドした物に、特産らしいバナナやゴツゴツしたフルーツなどのミックスジュース。どれもこれも、王都では見たことのないような食べ物ばかりで目移りしてしまう。


「あ!チーズドックですって!これなら」


「お嬢さんお目が高いねぇ!今流行りのチーズを使った食べ物だよー!一口どうだい!?︎」


「んわ?!えっ!?い、いただきますわ!」


 店主のお兄さんの勢いに押されてしまい思わず受け取れば、香ばしい香りが漂ってくる。齧るとパリッとした食感の後にとろりと溶け出す濃厚なチーズの味。外の衣もサクサクとしていてとてもおいしい。


「あふっ!?んぐ!チーズが垂れちゃいますわ!?んむぅ、はふっ」


 慌てて口から溢れたチーズソースを舐めるとお兄さんから紙ナプキンを差し出される。ありがたく受け取りつつ口元を拭くと、お兄さんはガハハと笑った。


「美味しいでしょう。これはここの名産品でね、他国からの観光客も良く買うんだ。うちのは特別大きいから人気なんだぜぇ〜?」


「はふっ。確かに大きくてトロトロしてて美味しいですわね…!スレイは食べたことあるのかしら?」


 横を見ると、何故かこちらを凝視していたスレイと目が合う。


「…………」


「スレイ?聞いてるのかしら、スレイ?」


 返事が無い。ただの屍のようだ。じゃなくて。もしかしたら船旅で疲れてしまって、半分寝ているのかもしれない。目の前で手を振ったり声をかけても動かない。


 それは困る。まだ俺は街を散策して、旅費を使い切らなければいけないのに。


「起きなさいスレイ。ほら、あーん」


「んぐっ!?」


 気つけがわりに持っていたチーズドックをスレイの口に突っ込む。まだ熱いチーズを一気に入れてしまったせいかスレイが赤い顔で口を抑えて悶絶している。


「あらまぁ。大丈夫かしら?」


「お嬢さんは鬼なのか…?」


 確かに、今のはもう拷問だったかもしれない。涙目のスレイを見てさすがに申し訳なくなり、店主から貰った水の入ったコップを渡す。スレイはそれを受け取ってごくごく飲み干すと、はぁっと息を吐いた。


「はぁ、死ぬかと思った…何をするんですか突然!」


「ごめんあそばせ。でもスレイが半分寝てるのが悪いんですわよ」


「そ、それはお嬢様が変な風に食べるから…!」


「はぁ?」


 何故かスレイが顔を赤くしながら反論してくる。一体どうしたというのだ。学園でお弁当を豪快に平らげる事もあるのに、たかがチーズドック一本にそこまで言うなんて。もしかして、旅の疲れで熱でも出たのだろうか。俺がスレイの額に手を当てようとすると、スレイはその手を振り払った。


「いや、あのですね。その…。いいですか!こういうことは恋人同士がやるんですよ!!私とお嬢様では身分の差がありすぎて不敬罪になります!!」


「はぁ〜?なんでそんな怒るんですの…一緒に風呂に入った仲ですし、今更そんな…」


「うぅっ!?……今それを思い出させないでください……」


「……痴話喧嘩なら他所でやってくんねぇかな?こっちまで恥ずかしくなるぜ!」


「あ」


 店主のおじさんにそう言われて我に帰る。確かにそうだ。ここはまだ街の中だったし、お嬢様の姿だったらそういう風に見えてしまう。スレイの手を引いて慌ててその場を離れ、別の露店へ向かった。


 握ったスレイの手は、南国の気候のせいなのか。

 いつもよりも熱く、沢山汗をかいていた。



***



 次の日。


 ルシアさんと僕はブルスルドの王城がある街へと向かって、また数時間馬車での移動だ。今日も僕はルシアさんと反対側の窓から外の景色を眺めているのだが、どうにも昨日のことが頭から離れない。


『いいですか!こういうことは恋人同士がやるんですよ!!』


 露店での出来事を思い出す度に、どうしてあんなことを言ってしまったのか自分でもよくわからない。


 ルシアさんが大きなチーズドックを食べて、唇の端についたソースを真っ赤な舌を出してペロリとする仕草をみて動揺してしまったからだというのは、まぁ確かに、わかっているけど……


 思い返すだけで頭が沸騰してしまいそうになる。


(本当に何を口走ってるんだ僕は…!?)


 自分が意識していないうちにルシアさんに対して好意を持っていたということに気づいてしまった。まさかこの僕が。何も持たざる子供から、公爵家から信頼される執事にまで上り詰めた僕が。同性に興味を持っている事を知るなんて思わなかった。今までは女性も男性も、誰かを恋愛対象として見る事なんてなかったのに。


 確かにルシアさんが他の人と話しているとムカつくし、僕にだけ…いや、屋敷の人に時折見せてくれるニカっとした笑顔は可愛いし。男のはずなのに、なんだか常に甘くていい匂いがするし。触れてくる肌はすべすべなのに手は意外と固くて…何かと構ってくる所とか無意識にスキンシップしてくるところとかすごくドキドキするけど…………いや、いやいやいや。


 しかし、お嬢様のフリをしているだけの相手だ。それ以上でもそれ以下でもないはずなのに。それどころか彼は、大切な家族を引き離した僕のことを恨んでいるかもしれないのに。


「…………」


 だけど彼の隣にいると不思議な安心感がある。それはきっと彼が貴族ではないから。乱暴に振舞っているのに、本当は優しい性格だったからだろうか。僕が初めて彼と出会った時も酷く暴力的だったのに、知れば知るほど、彼は甘い。


「……ぷすぅ…」


 隣に座るルシアさんを見ると、また眠っているようだったので頬をつついてみた。すると口を開けて、ヨダレを流しはじめた。本当にこの人は、警戒しているのかしていないのか。安心すると、どこまでも無防備だ。


 お嬢様と執事という関係ではあるが、今は2人きりなので多少は許されると思うけれど。


 それにしても…こうしてまじまじと見ると、寝顔はいつもの数倍幼げで。やはり可愛いんだなぁと思ってしまう。服に垂れてしまいそうなヨダレをハンカチで拭うと、くすぐったいのか身体を捩った。


「んんんん…んあー…?」


 どうやら起こしてしまったようだ。ルシアさんが目を擦りつつこちらを見てくる。


「おはようございますお嬢様。そろそろ到着しますよ。起きてください」


「んー……む」


 ルシアはゆっくりと伸びをして欠伸をする。

 そして何を思ったのか。頬にふにっとキスをしてきた。


「は?」


 突然の出来事に僕は固まってしまう。


「……おはよー…りりあ……」


「………」


 そう言ってルシアはまた寝息を立てた。彼にとっては何気ない事なのだろうが心臓が爆発しそうだ。こんなことされたら好きになってしまうじゃないか。いや、もう好きになってるんだが。


(落ち着け、僕。これはただのスキンシップに過ぎない。親愛表現だ。ルシアさんの心の一番大切な所に居るのは、妹さんだ…)


 自分に言い聞かせて平静を保つ。だが柔らかい感触を何度も思い出し、胸の高鳴りを抑えることはできなかった。


 そんな状態で馬車は城下町へと到着した。

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