学園は夏季休暇中
うわーーーっ!!!予約投稿できてませんでした!うわああああ!!!
2章が始まります!!!
俺がレジーナお嬢様の身代わりとして屋敷や学園で過ごして、少し経つ頃。季節は夏になり、学園では夏の長期休暇の時期になっていた。一歩外に出ればうだるような暑さが続くそんなある日、俺は今まで避けてきた「貴族の舞踏会」に参加することになってしまった。それも、隣国の第三王子からの招待状によって。
「いや、舞踏会とか無理だろ!」
「絶対無理だと思います」
「うーむ、やっぱり嫌だよねえ。僕も無理かなぁとは思ってたさ」
俺とスレイとお父様の意見は完全に一致している。だけど行かなくてはならない理由があった。
それは……
『ケイプ公爵令嬢に告ぐ。舞踏会に参加しないとお前の大切にしているものを酷い目に遭わせるぞ』
という脅迫めいた手紙が招待状と共に届いたからだ。本物のレジーナには公爵家から護衛をつけてあるらしいから大丈夫だろうけど、俺は下町に大切な妹がいる。
もしこの手紙が指しているのがルシアで、大切にしているものがリリアを指しているのだとしたら、危険が及んでしまうかもしれない。だがもしそうだとしても、護衛を付けているレジーナに危害が及ぶことはないのだから、その手紙は燃やすなり破くなりしても良かったのに。お父様はなんだかんだで俺に甘いので、そんなことは出来なかったらしい。なのでこうして俺とスレイとお父様三人で、顔を見合わせて相談する羽目になっているわけだ。
「貴族としての立ち振る舞いは一応身につけてるけど、舞踏会なんて行ったことも無いし。しかも隣国とは言え国王の前なんて絶対に何かしらやらかすと思うんだよ。俺は」
メイド長から血も滲むような貴族教育を受けたとはいえ、平民育ちの俺は付け焼き刃感が拭えない。何せ相手は王族なのだ。作法だって完璧じゃないはずだし、俺が下手すれば外交問題に発展する。
「それに吸血衝動も不安です。…ですが、直々にお誘いを受けた以上は参加しなくてはいけないでしょう…。しかも今回の主役はあの高名なアレキサンダー=ブル=ファタナギル第三王子ですから、機嫌を損ねると戦争になりかねません」
「せ、戦争!?」
スレイ曰く、招待状を送ってきた隣国の第三王子は、「赤獅子の血王子」と称されている恐ろしい噂の絶えない人物だそうだ。敵対した者は全て首を落とし、その返り血を浴びて狂ったように嗤う。敵も味方も関係なく、戦場の兵士達はそれを見て震え上がるのだという。そんな恐ろしい相手がなんでケイプ公爵家に繋がっているんだ……
「でも今回のことは良い機会かもしれないよ。学園は長期休暇中だし、ルシア君も社交界に慣れておくべきだ。そう思わないかい?スレイ」
「………ご主人様の決定が全てですので、僕からは何とも」
お父様はスレイに意見を求めるが、彼はあくまで使用人なので返事は簡潔に済ませていた。まあ確かに執事だしな。公爵様に逆らえないのも仕方がない。
「ルシア君たちの言い分もわかるんだけどねぇ……まぁ僕も行くから公爵令嬢として堂々としていれば大丈夫だよ!はっはっは!」
楽観的な発言でお茶を飲み干すお父様にため息が出る。ケイプ公爵家が国の中でどういう立場なのかはお父様から教えてもらえないのだが、いざとなった時のお父様の権力は底知れない。公爵パワーが他国で発揮できるのかは分からないけれど、きっと問題が起きても揉み消すんだろうな。
だが、権力があれど今回の件で本物のレジーナに行かせるわけにはいかないし、お嬢様の身代わりの本領を発揮しろという事だろう。
「という訳で明後日には出発だから、心の準備をしておくように。スレイ、もう荷物は用意できているよね?」
「はい、旅支度と馬車等の手配は済んでおります。いつでも出発可能ですよ」
「いつの間に!?えっ、さっき絶対無理って言ってたじゃん!裏切り者ぉ!」
「有能な執事は主のために嘘をつくこともあるのですよ。ルシアさん」
執事とか使用人だとかは俺にはよく分からない世界だけど、スレイの嫌な優秀さにはムカつく。そうして俺は、ほぼ強制的に隣国に向かう準備を整えることになった。
***
「お嬢様、お手をどうぞ」
「ええ。…はぁ、行きたくありませんわ…」
「ここまで来て駄々をこねないでください。海に落としますか?」
「やめろ!死ぬわ!」
ブルスルド王国は俺たちが住む王国の隣とは言っても、海を渡った島国にある王国だ。王都から馬車に揺られる事数時間。ようやく港へ到着した。そしてここからさらに丸一日、船で移動することになる。
「ほぁー…こんな大きな船に乗るだなんて、生まれて初めてですわ」
「それはそうでしょう。この船は貴族や上級商人のための大型客船ですからね。普通の貨物船では貴族が乗ることはまずあり得ませんよ」
「そうなんですの?私、オオツノマグロの漁船なら乗ったことがあるのですけれど」
「マグロ漁船って…そちらの方が珍しい気がしますけど」
過去に仕事で乗った筏のようなボロ船とは大違いで、船はまるでお城のような豪華絢爛な内装が施されている。この中には王族専用の部屋もあるらしく、侯爵以上の地位を持つ貴族でなければ一生縁がないような代物だろう。
船員に連れられて甲板に出ると眩しい日差しに思わず目を細める。潮風を浴びながら手すりにもたれかかって下を見るとかなりの高さがあり怖い。
「うおわっ!?!!︎落ちてしまいますわ!!」
「そんなわけないじゃないですか。いい加減慣れてください」
「高いところは得意ではありませんの!」
「はいはい。それよりもほら、ご覧になって下さい。あれが我が国、ラクラシア王国の王都アメリアです。あそこに見えるのが王宮、その反対が学園ですね」
屋敷や学園がある王都アメリアは巨大な白い壁に覆われており、その中心に聳える城が一際目立っている。だがそれがあるのは地平線の彼方で、よく目を凝らせば豆粒のような都市が見えるような気がする。
「んんん…かなり距離があるのによく見えますわね。視力が良いのかしら」
「僕の瞳は少し特殊なんですよ。さて、そろそろ船内に戻りましょう。あまり長く日に当たると体調を崩しかねません」
「それもそうですわね。戻りましょう」
船室に戻ると中はかなり広く、豪華な調度品が並べられている。ベッドはふかふかでシーツは真っ白。房が付いた枕まで用意されていて、どれにも金糸の刺繍がきらりと輝いている。
(すごいなぁ……これが王室御用達の客室ってやつか)
普段使っているお嬢様の部屋とも違う。金糸で縁取られたカーテンには王国の紋章や国花が刺繍されていたり、大きな額縁に入った値打ちがあるのだろう絵画が高貴さを醸し出している。上品というよりも、とにかく豪華という一言に尽きる。
荷物を置いて窓の外を眺めると、遠くの方で海鳥が鳴いているのが聞こえてくる。波の音を聞きながらぼーっとしているとだんだん眠くなってきた。
「おや、また寝不足ですか?」
「えぇ……昨夜はなかなか緊張で眠れなくて……」
「図太いお嬢様でもそういうことがあるんですね。お疲れでしょうから、こちらでゆっくり休んでください」
「どういう意味だよ。ふわぁ…お言葉に甘えて少し休ませてもらうわ…」
「はい、おやすみなさいませ」
スレイが出て行くのを確認すると毛布を被って眠りにつくことにする。だけど、昨夜まともに睡眠が取れていないせいか、俺は数秒と経たずに深い眠りについた。
***
眠りについてどれくらい経っただろうか。何か物音が聞こえる。
何だろうと薄っすらと目を開けると、客室の中には見知らぬ女性が立っていた。
「誰!?」
思わず飛び起きると彼女は妖艶に微笑んだ。
「あら?起こしてしまったかしら?」
長い白髪を揺らしながら近づいてくる女性は、黒いドレスを着ている。まるで喪服のような衣装に身を包んでいるのにも関わらず、浅黒い肌に不思議と似合っていた。綺麗な女性だが、どこかで見たような気がするような……。
俺が首を傾げていると、彼女が握手を求めるように手を差し出した。その細い手には指輪がはまっていて、夕日で反射しているのかきらりと光るのが見える。
「少しだけ匿ってくださる?私は追われる身だから。お願いよ」
「あの、貴女は一体……」
戸惑う俺を無視して彼女は抱きついてきた。柔らかい胸が身体に当たって顔に熱が集まってしまう。
「ちょ、ちょっと離れてください!」
「しー…少しだけこのままでいさせて頂戴」
どぎまぎしている俺を他所に、扉の外で複数人の足音が聞こえてくる。言い争うような乱暴な声で、誰かを探しているのか時折バタン!ゴトン!と扉が開閉される音が響く。
「こちらのはずだ!…クソッ、いないじゃない!どこへ行ったの?」
彼女を探していたようで直ぐに別の女性の声が響いて来る。だが俺が居る場所を通り過ぎて行き、足音は遠ざかっていった。どうやら貴族用の客室は無礼にあたるからなのか無視していったらしい。
ホッとしていると今度はノックもなく部屋のドアがガチャンと開かれる。そこに現れたのはタオルを持ったスレイだった。表情こそ穏やかだが瞳の奥底に怒りが見える。
「……何を……しているんですか?ベッドの、上で」
「貴女の侍従かしら?うふふふ、そうねぇ、私達何をしていたと思う?」
「何もしてない!!この人が突然抱きついて来たんだよぉ…!」
黒服の女性は俺に抱きつきながらスレイに向かって妖艶に笑う。されるがままになっている俺の様子を見たスレイは、一瞬目を細めたあと呆れたようにため息を吐いた。そして黒服の女性から俺を引き離すと、ギロリと眼光鋭く睨みつける。
「お嬢様から離れろ。貴女が何者であれ、これは不法侵入ですよ」
「あらまぁ頼もしい番犬ですこと。追手は撒けたようだし、今日はこの辺にしておきましょうか。それじゃあねお嬢さん。また会いましょう」
そう言って彼女は指を鳴らすと、次の瞬間には消えてしまった。俺は驚きのあまり口をあんぐりと開けてしまう。
「い、今の、消え…あの人は、なんなんだよ!?」
「お嬢様、まずは服を着替えてください。その格好では風邪を引いてしまいますよ。話はそれからです」
「え?うっわ…」
よく見ると先程の女性にやられたのか、着ていた薄手のワンピースのリボンや腰紐が解かれてはだけていた。スレイが今部屋に入って来ていなかったらさらに何かされていたのかと思うと、寒気がする。
スレイに促されてベッドから起き上がり、別の服に着替え始める。その間スレイは何も言わずに俺をじっと見つめていたが、着替え終わると彼は再び口を開く。
「先程の女性は恐らく隣国の魔女の1人でしょう。我が国には存在しない形式の転移魔法を使っていましたので、間違いないかと」
スレイは一呼吸置いて、ゆっくりと話し始める。
魔女というのは人間とは違う。吸血鬼や半魚族のように言葉は通じるが全く別の種族で、女性しか産まれないらしい。彼女らは皆それぞれ得意とする魔法を持って産まれ、それを駆使して世界を発展させてきたそうだ。
「昔読んだ叡智の魔女のお伽噺では、女性のみの種族なので恋愛対象も女性になりやすいと聞きました。……ルシアさんは特に気をつけてください。男性とはいえ今は令嬢にしか見えないのですから、魔女に狙われる可能性は高いと思われます」
「…気をつけるよ」
……なるほど、希少な種族だからあんなにも追われてきていたのか。という事はさっきの出来事は女性としてそういう目で見られていたんだろう。一人の男としては少し複雑だが、魔女の目から見ても女装が上手くいっているということだから、自信を持っていいはずだ。多分。
そうして俺が考え込んでいると、スレイはそっと手を握って真剣な表情で話しかけてくる。
「貴方は僕が守りますから。また何かあれば直ぐに僕を呼んでくださいね」
「ありがとな、沢山頼らせて貰うよ。でもお前こそ無理するんじゃねぇぞ。辛かったら言えよな?俺だって力になるから」
「っはい……お気遣い感謝します。ルシアさん」
まぁ、下町でレジーナお嬢様を見つけた時に報告が無かったように、何も言わずに居なくなるのは心臓に悪いし。こうやって言ってくる癖に、コイツが大なり小なり何かを企んでいるには俺に相談してくれない。
スレイの手を握り返しながら笑いかけると、照れ臭くなったのか彼の頬は赤く染まっていた。




