閑話 風紀委員長の一日
ライアン風紀委員長視点です。
「諸君!おはよう!今日も平和な一日になるよう励むぞ!」
「「「はい!!」」」
風紀委員長ライアンの一日は委員会の面々との朝の挨拶から始まる、これは旧校舎の風紀委員室で毎朝変わることなく行われている。
この風紀委員長と言う役職はかなり面倒くさい役職で学園内での揉め事を解決する役割もあるのだ。そのため始業前や昼休み、放課後にはトラブルを相談する為に学園長室にかなりの生徒が集まり並ぶことがある。ライアンもその列の整理をするべく動き回らなければならないため、多忙なのである。
そんなライアンに取って今日の予定は委員会と学園の見回り、学園長からのちょっとした頼み事のみなので楽だった。いつもより少し遅く目が覚めたぐらいだ。だが油断してはならない。いつどこで誰が何をしでかすか分からないからだ。
「ライアン委員長!大変です!新入生が喧嘩をしてます!しかも三年の生徒二人に対して新入生二人です!場所は第一体育館裏でもうすぐ殴り合いになりそうです!」
「分かった!すぐに向かおう!!」
溜息をつきそうになりながらもライアンは足取り軽く現場に急行した。その現場に着くとすでに殴り合いが始まっていた。すぐさま袖に隠した腕時計のネジを回して開き、魔力の残量を確認する。これくらいなら大丈夫だろうと蓋を閉じると呪文を唱える。
「時よ、彼らに一時の休息を与えん」
手をかざし、時魔法を掛けるとその瞬間四人の時間が止まったかのようにピタリと止まりそのまま地面に倒れ込んだ。それを確認してから時計を袖にしまい、倒れた四人の元へ向かう。
「私たちは風紀委員会だ!この学園に置いて暴力行為は禁止されている!君たちを拘束させて貰う!」
手慣れた様子で四人を縛り上げていく。全員魔力酔いで意識を失っているようなのでこのまま連行していくことにした。
風紀委員会は基本問題を起こさない模範的な生徒が選ばれるのだが、委員長は荒事に強い人物が学園長から推薦されて選ばれる。去年や一昨年は騎士団長の血縁だったり、名のある冒険者の子息などが多かったが今年の風紀委員長はなんと魔力の少ない平民の出なのだ。
だが、使い手の少ない時魔法が使えて、さらにここまで使いこなせるのならば風紀委員長として相応しいとして、学園長が推薦した。
「ふむ。この者達は普通のようだな…。リカルド!あちらの空き教室で事情を聞いて欲しい!」
「分かりました委員長。拘束はこのままですか?」
「あぁそうだ。ご苦労様!次もよろしく頼む!」
風紀委員室に戻ると早速問題を起こした四人の時魔法を解除して、風紀委員の中でも屈強なリカルド達に後を任せる。あれくらいの喧嘩なら、彼らに任せれば大丈夫だろうと判断し、ライアンは次の仕事に取り掛かった。
「さて……次は……」
「失礼します。お呼びでしょうか、ライアン委員長」
勢いよく扉を開けながら入ってきた男子生徒を見て思わず笑みを浮かべてしまった。
「おお!来てくれたかスレイ!」
「当然ですよ。僕は貴方の友人であり、協力者でもありますからね。それで?要件は何でしょう?」
パチンと指を鳴らして、時魔法で結界を張る。これで時が経過しない空間になる。
「実は昨日子供の獣魔が現れたんだが、どうやら学園の外から来たらしく、迷子になっているらしいんだ。だから、学園内に詳しい君に捜索を手伝ってもらえないかと思ってね」
「学園には結界が張られているのでは?多少の魔物なら弾かれるはずですけど」
「それが、どうやら迷い込んだ動物として認識されたみたいでな、あっさり入られてしまっていたみたいなんだよ」
「それはまた、随分と間抜けですね」
「全くだよ。学園長も困っていたぞ。それにもしその獣魔が人を襲ったりしたら大変なことになる」
「なるほど、承知しました。僕もお嬢様の護衛で暇ではないのですが、他ならぬ友人の頼みですからね、仕方ありません」
「助かるよスレイ!」
「いえこちらこそ。貴方に恩を売っておくことは将来的に得になりますから」
益々期待できる男になったものだとライアンは嬉しく思う。元々頭が良く仕事のできる使用人だったが、ケイプ公爵家の令嬢専属執事になってからは更に磨きがかかってきたように思える。昔の出来事を思い出しつつも、二人は問題の場所に急いだ。
***
「ちょっと待って、やめて!!!」
裏庭に着くと、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。急いで駆けつけると一人の女子生徒と狼のような姿の獣がいた。
「化粧が取れるから駄目だっ…ひゃ!あはは!くすぐったいって!やめてぇ!」
「レジーナ君?何をしているんだ!」
そこに居たのは、獣魔と戯れているレジーナ公爵令嬢こと、ルシア君だった。
「あら?ライアン委員長にスレイ。これは…あの…お菓子をあげたら懐いてしまったみたいで、ふふふ、こら、ペロペロしてももう無いったら!」
獣魔の子供とは言え普通の狼くらいの体格があり、暴れると危険だ。ルシア君に懐いているのなら好都合だと近づくと、唸り声を上げてこちらを威嚇してきた。
「ヴゥア…!ガウッ!!」
「おっと!一筋縄ではいかないか」
「こら!ライアン委員長にそんな態度しちゃダメよ」
「ッ!?キャウッ!?キューン…」
ルシア君があろうことか獣魔の頭をベシッと叩くと、瞳をまんまるくして泣きそうな声を上げた。
「よしよしいい子、ごめんなさいは?」
「ワフッ…キューン…」
そう言って優しく撫でてやっていると、獣魔が彼女の膝でへたり込んむ。まるで飼われている犬のような姿だ。
「ルシア君…君は一体何者なんだ」
「え?ただの…あー、ケイプ公爵家の一人娘ですわ?」
そういう事を聞いているのではないのだが、一目のある屋外だからなのか律儀にレジーナ公爵令嬢のフリをするルシア君に苦笑する。
「それよりこの子を何とかしないと。学園内に動物が入るのはいけないことなのでしょう?」
「ガゥッ…ワンワン!」
「はい。ただし屋敷で飼うことは出来ませんので、風紀委員会で預かることになります」
スレイがそういうと、ルシア君は少し残念そうな表情になる。
「そっかー…わかった。ほら、ちゃんとお座りして良い子に出来るでしょう?私の言うことが聞けたらまたおやつあげるから。ね?」
「クゥーン……」
彼はそっと獣魔の前足を退けて立ち上がると、そのまましゃがみこんで獣魔を抱き上げる。犬にしてはかなり重いはずなのだが、何食わぬ顔で持ち上げていて驚いた。
「よいしょっと。このまま私が連れて行きますわ。委員長やスレイに噛み付いたら危ないですし、いいかしら」
「あ、ああ。助かるよ!しかし本当に驚いたな!君がこんな風に獣魔を手懐けるなんて」
「ジューマ?私には何故かよく懐いてるんですのよね。他の人には威嚇していたのに不思議ですわ」
「ワフッ!」
獣魔という存在を知らないのか、ルシア君は小首を傾げる。ただの犬だと思っているのならば、その方が良いだろう。下手に説明しても混乱するだけだ。
「さぁ、旧校舎に戻りましょう。あまり一目につくと怪しまれてしまいます」
「そうだね。ところで、どうしてレジーナ君は裏庭なんかにいたんだい?」
「それは…ちょっとした息抜きですわ。たまにこうして散歩したい気分になりまして」
「なるほど、確かに気持ちはわかるぞ!」
「ふふ、ありがとうございます」
彼が笑うとどこか幼く見えてしまうのは何故だろうか。
***
その後、私たちは大人しくなった獣魔を連れて風紀委員室に戻った。待機していた風紀委員達が出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ委員長。リカルドはまだ時間がかかるようで、空き教室で尋問を続けております。…そちらは?」
「あぁ、学園長からの頼みだ!例のミルクを用意してくれるだろうか」
「かしこまりました」
彼女はルシアくんが連れてきた獣魔に目を丸くしつつも、テキパキと用意してくれるようだ。流石は一番古株の風紀委員である。
「さて、ここまで連れてきてくれてありがとう!この子は風紀委員会が責任を持って元の住処に帰すと約束しよう」
「…ここでお別れになってしまうんですのね。ジューマ…」
寂しげにそう呟いた彼が、獣魔の頭を撫でると、「キャウン!?︎」と驚いたように鳴いた。
「キャンキャン!キュゥン…!」
悲痛な鳴き声に、ルシアくんの眉毛がみるみる下がっていく。
「委員長…もうすこしだけ撫でてもよろしいかしら……」
「ああ、構わないよ。ただし程々にしてあげてくれ。彼にも心配している家族がいるかもしれないからね」
「…えぇ、わかっていますわ」
それからしばらくすると、ソファの上で満足した獣魔は眠りについた。どうやら彼の手に撫でられて眠ることが一番安心するようだった。
「お嬢様、寝ている内に離れた方が良いかと思います」
「そうね…では私はこれで失礼しますわ。またいつか会いましょう。ジューマ…」
「ワフゥ…」
眠ったまま返事をする獣魔を見て、ルシアくんは微笑む。そのまま彼はスレイと共に風紀委員室を出ていった。
***
さて…
「この子は一体何者だろうか。ただの獣魔ではないはず……」
結界を素通りできたということは一般的な魔物に比べると魔力が少ない。だが真祖吸血鬼であるルシアくんを識別していた所からみると、見た目に反して知性は高い。魔物を統率する危険因子になる可能性もあるため、早めに対処しておく必要がある。
これが人間を害する悪魔であるのならば、我々が排除せねばならない。特に始祖の力を継ぐ『真祖』と呼ばれるものならば、その存在はとても強力であり、人間の敵になる事が多い。
シャツのボタンを二つほど外すと、首にかけていた白銀のロザリオを取り出す。
「……我が主よ、どうかご加護を」
祈りを込めたロザリオを獣魔の額に近づける。
一瞬眩い光を放った後、そこには薔薇のような黒い紋章が現れ、すぐに消えた。
「ふむ…この獣魔も悪魔では無いか。会ったばかりのルシア君に忠誠を誓うとは、健気なことだな」
ふぅ、とため息をついてロザリオをシャツの中に戻す。この子は野生に戻すにしろ、報告書には一応記載しておこう。吸血鬼というのは魅了の能力も持つ。真祖ともなれば魔物を惹きつけ懐柔させる力があるのかもしれない。
「グル…ウゥ……」
光で目が覚めそうになったのか、唸り声を上げる獣魔。頭を撫でてやるとぽふんと尻尾が揺れて、また寝息を立てる。先程とは変わって素直なその様子につい笑ってしまう。
「君が悪魔じゃなくて良かったな。ルシアくんに知られた分、もしそうだったら処理が大変になるところだったよ」
眠っている獣魔に向かって話しかけるが、当然反応はない。
獣魔の手触りの良い体毛を撫でて、ポツリと呟く。
「卒業までに、私は始祖の夢魔を殺せるだろうか…?」
その呟きに答えてくれる人間は、誰もいなかった。




