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「あぁーもう! なんなんだあの女!」
俺は旧校舎で苛立ちを露わにする。またマリを撒いて逃げてきたのだが、今日は特にしつこかった気がしたのだ。スレイを狙っているのはもう嫌な程分かっているし、それを揶揄っていた節もあるけども。それでも限度というものがある。
「結局手作りのカップケーキを押し付けられましたね……シオン王子を催眠していた事といい、本当に何がしたいのか……」
そう言ってスレイはため息をつく。肩で息をしつつ苦々しい表情だ。最終的に無理矢理走って逃げたことで随分と疲れているようだった。甘い香りが漂っているカップケーキだが美味しい匂いというよりも鼻につくような気分の悪い匂いで、また何かしらの魔法が掛かっているのかドドメ色の怪しげな色合いをしていた。
正直、ここまでされると流石にうんざりしてくる。スレイへの執着心を見る限り、明らかにマリの行動は異常だ。
「あいつ、まさか本気でスレイを好きになったんじゃないよな?」
「はぁ?そんなわけ無いでしょう? 彼女は以前から男子生徒を誘惑していましたし、それにリカルド=シュルツに近づいていたのを見るに、僕は今の彼女の好みとはかけ離れているでしょう。まぁ……それにしても鬱陶しくて仕方ありませんけど」
俺の言葉にスレイは首を横に振る。確かに、シオン王子にべったりかと思えば、リカルドと2人きりで訓練をしていたり。以前はネルス王子とも恋愛関係があったようだし。まぁ、マリの目的なんて分からない。これだけ執着されているのだから何かしらの理由があるのだろうけれど、単純にビッ…暴走しがちで心変わりのしやすい女の子なだけかもしれない。
「とにかく、あまり彼女を刺激しないように気をつけましょう。また追放なんて事になるのは御免ですから」
「そうだな……ってあれ…!まずい、隠れろ!」
ふと戸窓の外を見ると廊下にマリの姿が見えた。思わずスレイの口を塞いで距離を取る。
(気づかれたか?まずいな…)
スレイは目を白黒させてこちらを見ているが無視して辺りを見回す。幸いにも近くに人は居ないようだが、マリはまだ俺たちを探しているのか、キラキラとした目を瞬かせてこのあたりをキョロキョロと見まわしている。「スレイくんどこー?」と言っているような動きだ。さすがにこの教室の中まで来たら見つかってしまう。
「っぷは!と、突然なんですか。窒息死させるつもりですか!?︎」
「すまん。それより、もう旧校舎に来たのがバレちまったみたいだ…!風紀委員室まで遠いし…どうしよう…!」
「はぁっ!?と、とりあえず隠れてやり過ごさないと…!」
「…うっ…あの匂いがしてきた…!もう来るぞ!そこの用具箱だ!」
そう言って俺はスレイの手を引いて用具箱の中に隠れた。スレイは錆だらけのその用具箱に嫌そうな顔をしていたが無理やり引きずり込む。扉を閉めて少しすると、ガラガラと教室の扉を開く音が聞こえてきた。
「スレイく〜ん……ここに居るのかなぁ〜?」
(ヒィッ…!?)
その声を聞いてぞぞぞと背中が冷える。マリの声だ。愛らしい少女の声のはずなのに、教室から響いてくる声はあまりにも不気味に聞こえてくる。
俺の物なのかスレイの物なのか、心音が激しくなる。汗が止まらない。
コツッコツッという軽やかな足音が聞こえて、ガチャリとドアノブが回る。
そして、軋む音と共にゆっくりと扉が開く。
……隣の用具箱のようだ。
「いやぁっ!?蜘蛛の巣!やだぁ汚ーい!」
ほっとして息をつくが、心臓がまだバクバク言っている。
……しばらくしてからまた開けられる。
今度は鍵がかけられているようで、ガランガランと金属の音が鳴る。
カチャカチャと何度か開けようと試みていたが、諦めたのかマリの足音は遠ざかり始めた。
「ん〜?やっぱここじゃないのかな…マップ外だしキャラ位置見えないの不便だなぁ〜。まぁいいや。リカルドの所も行こっと!」
ガラガラと教室の扉を閉める音がしてマリが遠ざかっていくのを確認する。思わず、ふうーっと深いため息が出た。
「行ったか…?…はぁー……すげー怖かったぁ……」
「そうですね…早くここから出ましょう、暑くるしいです」
「うひゃわっ!?もぞもぞ動かないでくれよ!くすぐったいから!」
密着しているスレイの髪が耳に当たってむずがゆい。咄嗟に用具箱に入ったので今がどんな体勢かは分からないが、足元には掃除用具やら箱やらが入っていて狭くて動けない。
「す、すみません、暗くて…扉の方へ体勢を変えられますか?」
「多分行けると思うけど…っふ、ぐぅっ、んー…!…ごめん、動けねぇ…」
ガタガタと身体を逸らそうとするが、箱に入っていた棒などに阻まれて動けなかった。この狭い中で無理矢理向きを変えたら下手すれば用具箱自体が倒れてしまうかもしれない。少しの間を置いてスレイが口を開いた。
「あの、ルシアさん、ちょっとじっとしててくださいね。……失礼します」
「え、ちょ、何する気だよ…っうひゃっ!どこ触ってんだよバカ!」
「静かにしてください。暴れると危ないので」
暗闇の中で手探りで動いているようだが、俺にとってはたまったものではない。スレイの手が腰に触れたと思った瞬間、首元に吐息が当たってくすぐったい。
「あ、ありました。扉の鍵はこれですね」
「ちょっ!待て!それスカートの金具だから!脱がそうとしないでくれる!?︎」
「ええっ?!」
チャリ、と留め具が外れる音が聞こえてきた。俺は慌ててスレイを止めようとするが、上手く力が入らない上に両手両足を封じられている。布擦れの音が響き渡り、無情にも下半身が晒け出された。念のためにタイツを履いているのでまだ大丈夫だが、やらかしたスレイが声にならない悲鳴を上げた。
「〜〜〜ッ!!ご、ごめんなさい!そんなつもりは…!!」
「変に動くなって!ひぅっ!?やっめ…ろ、だからくすぐったいってば!?」
ガタガタと揺れるがスレイは必死に手を伸ばして押しのけようとしているらしい。動くたびに変なところに触れられて、あられもない悲鳴が口から勝手に飛び出てくる。
(ヤバイヤバイ!このままじゃ箱ごと倒れる……!!)
こんなところで出られなくなるのは勘弁願いたい…!そう思った時、ガチャン!と大きな音がして急に目の前が明るくなった。どうやらスレイが揺らした衝撃で用具箱の扉が開いたようだ。暑苦しさから解放されてホッとする。
「はぁ…っ…はぁー…出れたのか…?」
埃っぽい空気を吸い込むが、俺たちを追ってきていたマリの匂いはすっかり無くなっていた。
「んー…!んー!」
「あ、ごめん!大丈夫か?」
「ゲホッ…だ、大丈夫です……」
スレイの上にのしかかっていたようで、慌てたように身体を起こした。咳き込みながらスレイは立ち上がると、上着を俺の膝に掛けてきた。そういえばスカートが脱げてしまったことをすっかり忘れていた。覗き込んで見ると、履いていたタイツも用具箱で引っ掛けたのか穴だらけになってしまっている。
「うっわぁ…一回素足になった方がいいな、これは」
「す、すみません…本当に…」
顔を赤くしながらスレイは用具箱に落ちていたスカートを渡してきた。礼を言いつつ、埃を叩き落としてからスカートを履きなおしていく。さすがにタイツのスペアは持ち歩いて無いのでそのまま一度タイツだけ脱ごうとすると、スレイがじっとこちらを見ていたのに気づいた。
「ん?何見てんだよ。…ははーん。さてはスレイはこういうのが好きなのか?やーいムッツリ」
ヒラヒラとスカートを持ちあげる。スレイを揶揄って遊ぼうと思ったのだが、さらに顔を真っ赤にして何故かめちゃめちゃ怒られた。
「いや、そんな、じゃなくてですね!?︎べ…別に僕はそういう趣味はないですよ!!︎ただ、その、何というか……あの、淑女として駄目ですから!!本当にやめてください!!!」
「えぇ…男だから平気だろ?」
必死の形相で止められたのでそう反論すると、またさらに怒られた。




