寂しかった訳じゃないけどな
いつもよりも真剣な眼差しになっているお父様にぎくりとする。一体なんの話だろう。第二王子の件だろうか?
嫌な予感がしつつもお父様と一緒に自室に入り、椅子に案内する。キャルが置いてくれた紅茶を注ぐと、ふわりと花の香りが上がった。
「それで、お父様。お話とはなんでしょうか?」
「ああ。実はスレイの事なんだがね」
やはりそうか。
「あの子が僕に嘘をつくはずがない。きっと何か訳があるはずだと思って調べさせたのだが、どうやら失踪していた娘を見つけたみたいでね」
「え?」
俺は一瞬意味がわからなくて呆然としてしまった。
「まぁ、市井に降りているとは聞いていたのだが、スレイはずっとレジーナの事を探し続けていたみたいでね。まさか元気にパン屋で働いているとは思わなかったが。なんでも、今は下町に居るそうだよ」
じゃあ、スレイが帰ってこないというのは、その情報を見つけて、レジーナを迎えに行っているという事か……
「良かったですね。スレイもレジーナお嬢様に会えて……」
俺は笑顔を浮かべようと無理やり口角を上げる。
だが、うまく笑えた気がしない。
レジーナは本当に見つかってよかったと思う。でも俺の心は晴れない。本物のレジーナお嬢様が見つかったということは、俺はこの屋敷からお役御免という事だ。
だが、彼女もかけがえの無い家族と離されてさぞ寂しかっただろう。令嬢が一人で下町に居るだなんて。貴族として暮らしてきた彼女が、平民としての生活をするのは大変だったはずだ。
俺は震える手で紅茶を淹れて、口に含む。
「……ジルヴァ様。俺は明日ここを出て行こうと思います。今までお世話になりました」
「いきなりどうしたんだい?なぜそんな急に」
「いえ。お嬢様が帰ってくるのなら、代わりの俺がここにいるのは不誠実だと思いまして。元はお嬢様の身代わりとして、この家に拾われたような身ですから」
お父様はきょとんとした顔をして笑った。
「いやいや、レジーナは帰ってこないよ?なんでも未来の王妃になるなんて窮屈だと言っているらしくてね。そのまま平民になりたいそうだ。だからルシア君にはまだお嬢様の身代わりをしてもらわないと困るよ」
「え?はぁ!?なんで!?」
お嬢様が平民になる、ってどういうことだ!?俺が混乱していると、お父様は懐から一枚の紙を取り出していた。
「どうにも、お城や王族、特に社交の雰囲気に耐えられないようでね。あそこは堅苦しいし、折角なら自分勝手に生きてみたいと言っていたよ」
お父様は苦笑いしながら答えてくれた。
「そう、なんですか……なんだか意外な話でびっくりしました」
俺は胸を撫で下ろした。正直まだ心の準備が出来ていなかったからだ。それならば仕方ない。うん。
俺は彼女の分までここで頑張ろう。何よりお給金が出るし、リリアには良い暮らしをさせたいからな。
そうしてお父様に事情を聞いていると、扉から控えめなノック音が響いた。返事をすると、自室に入ってきたのはキャルだった。
「ご主人様、お嬢様。ご歓談中申し訳ございません。あの馬鹿が帰って来ましたのでご報告をと思いまして」
「!そっか、分かった。お父様すみません、失礼します!」
「ああ、行ってくるといい」
お嬢様の自室を出て、キャルに案内されて少し駆け足で玄関ホールへ向かうと、ふわりとパンのいい香りがする。そこには憑き物が落ちたような顔のスレイが帰って来ていた。
「…お嬢様。申し訳ございません。ただいま戻りました」
「おかえりなさいスレイ。ふん、突然居なくなるなんて執事失格ですわよ!で、ちゃんと会えたんでしょうね」
「はい、お嬢様のおかげです……ありがとうございました」
「…まぁ、無事に戻って来て安心しましたわ」
スレイはお辞儀をして顔を上げた瞬間に微笑んだ。
「…お嬢様。失格という事ですが、これからも僕を貴女のお側に置いては頂けないでしょうか」
「ふっ、冗談ですわよ。私だってスレイが居ないと困りますわ。これからもよろしくね」
俺が笑顔で手を差し出すと、彼は目を丸くしてから幸せそうな表情を浮かべて握りかえす。
…その手を、食い込むくらいに思い切り握る。
「痛っ!?いたたたた!ちょっ、ルシアさん痛いです!」
「何も言わずに居なくなったから、怒ってんだよ!こちとら!報告、しろよ!ちゃんと!この!野郎!」
ふん!と手をギリギリとねじるように、爪をごりっと立てて握ってやると、スレイは慌てて謝ってきた。
「でもちゃんと、いたたたた!いたい!千切れる!本当にすみませんでした!!」
「全くお前と言う奴は……心配させんな、一応俺の執事だろ」
「…っはい!」
手を離してやれば、嬉しそうに返事をするスレイ。まぁ、本物のレジーナお嬢様に会ってたことは知っているので、許してやるけど。俺は呆れたようにため息をつくと、くんくんと鼻を揺らす。
「……まぁいい。そこのクリームパン3つ。いや、5つで許してやる。私の寛大な措置に感謝してくださいまし」
「あはは、鼻が良いですね。お嬢様には多めに買ってきていますので、お夜食に出しますね」
スレイが持っている紙袋を指差してニヤリと笑うと、困ったように笑われた。本物のレジーナが働いているというパン屋の商品を全て買ったのだろう。このお嬢様大好き執事め。
キャルと一緒になってスレイを小突いてると、やってきたお父様が「ルシア君が泣くほどスレイ君を心配してた」と言ってきて、ちょっとお父様を殴りそうになったのはここだけの話である。




