閑話 アリステアの食事
ルシアと出会う前のアリステア視点です。
興味を持ったのは最近で、知ったのは部下の愚痴からだった。何故あんなに濃い闇の魔力を持った奴がこんなに甘ったれた夢を見ているんだと。
確かに夢の内容というのは人それぞれだ。
清廉潔白な少女が口には出せないような残酷な考えで構成された夢を見ていたり、筋骨隆々の大男が可愛らしい動物と戯れていたり。だから夢を食べる時には事前に相手のことをよく調べなければならないのが鉄則だと教えているのに。
「ルシア=ブラッドですか」
「そうなんですよ!金欲しさに令嬢に成り代わったって聞いてたから欲望たっぷりの夢かと思ったらぜーんぜん好みじゃ無い、優しーい家族の夢とか見てるんですよ!」
「それは事前調査を怠った貴方のせいでは?」
「うぐっ……だって顔が好みだったんですよ!表紙買いって奴です!」
私達は人間から夢魔と呼ばれる種族であり、人の見る夢を操作したり、夢の中に入ってその人間の願望や記憶を読み取り、その欲望や感情を食べて生きている存在だ。
他の生き物と同じように夢魔それぞれには好みがあり、部下は奴隷を虐げる商人や欲深い成り上がり貴族などの夢を好んで食べる。もちろん夢なので容姿などは味に関係ない。夢を見る人間によって様々な外見があるだけだが、面食いの部下は夢の内容に合わせて容姿も求める偏食だ。
「マリ=ルージュの夢なら貴方好みの味だと思いますよ?こちらが呑まれそうになるほどの征服欲に満ちていて、欲望だけの夢です」
「いやー……あれは、あんまりにも濃すぎて胃もたれしたって言うか。虐げる中でも人の心があるような苦いけど旨味がある感じのを……」
部下は夢の内容を思い出したのか顔をしかめた。この夢魔はまだ若く経験不足で、大好物なのは夢を見ている本人の理想像である「見目が良くて厳しい性格だけど優しさも垣間見える女性」というなんともめんどくさい物だ。しかもあまり濃い内容だと消化に時間がかかるらしい。
「折角学園に入っているのですから少しくらい興味を持ってください。…まあ良いでしょう。今回は私が代わりに見繕います。ただこれは夢ではなく現実ですよ?」
「げぇ!?それこそ勘弁してくださいよぉ。俺みたいな根暗は夢枕に立つだけで精一杯なんで…!」
部下は白い顔をさらに青ざめさせて首を振る。こいつは元々暗い性格で人付き合いが苦手だと言っていた。消費の多い遠隔からの夢食いで、毎日食事するのにも一苦労なのだ。仕方ないと言えばそれまでだろう。
「ではルシア=ブラッドについては私の方で確認して他の夢魔に斡旋しましょう。お前には3日時間をあげますので、それまでに好みの人を探しておきなさい。特に居なければラドブギ男爵の夢を直接食べてもらいます。もしくはギルバートでも…」
「ひいいぃっ!?あの恐ろしい…!?い、急いで探してきます!!」
人当たりは良いが頭の中では下卑た妄想ばかりする男爵や、直接襲われる可能性がある生徒会の会計をちらつかせると、もはや土色のような顔色になった夢魔は慌てて部屋を出て行った。これでしばらくは大丈夫そうだ。
最近は夢に潜るだけでも魔力を消費するので仕事に支障が出始めている。そろそろ私も、夢を斡旋する仕事の代替わりを考えねばならないかもしれないな…。
「さて、私も夕食を探すとしますかね。…しばらくは欲深い夢でなく、できれば…優しくてホッとするような夢がいいのですが…」
偏食だらけの部下のことは言えないな。なんて思いながら禁書庫の鍵を閉め、華美に装飾された鍵を制服の胸ポケットに仕舞う。
仄暗く物音ひとつしない部屋の中、薄桃色の髪を一本抜いて息を吐きかけると、その髪はたちまちに燃え尽きた。そして目を閉じ集中すると自身の体が淡く光り、辺りの風景をゆがませていく。
『遠見の夢渡り』
光が収まると、そこには他の人の姿があった。
それは黒い長髪を束ねた赤い瞳の、美しいがどこか影のある表情を浮かべる中性的な少年と、それに寄り添って笑う、彼と似た容姿の幼い少女。水面が虹のようにきらめく湖に2人で足をつけてはしゃいでいる。
『妹さんとピクニックですか。これは確かに甘ったれた家族の夢ですね』
「お兄ちゃん、ほら、ばしゃーん!あはは!つめたーい!」
「こらやめろって!ふふ、お返しだ!」
『……』
味見程度、と思っていたアリステアは何故かその夢が終わるまで見守っていた。彼が夢から目が覚める頃になって、自分の腹の虫が鳴り響いていた事に気づいた。アリステアはその甘く優しい夢を食べはしたものの、何故か少しだけ食べ残しをした。
…
その夜。
アリステアは夢枕に立ち、ルシアの額に触れて記憶を探る。子供の頃の思い出、今は居ない母親からの愛情。甘くて優しい、だがやはり寂しさがある夢を食べたアリステアは、無意識のうちに満足げな笑みを浮かべていた。
「母さん……」
「…?」
だが、夢の世界から出ると、ベッドで寝息を立てる彼からは、涙がこぼれていた。指先で掬い取ったそれを舐めてみると、ほんのり甘しょっぱい。
なぜだろう。甘くて美味しい夢を食べて満足したはずの胸が、軋むように痛いような。
「悲しい夢は…好みじゃ無いですね」
ルシアの黒い髪をひと房手に取って、夢見を良くするまじないをかける。これでまた暖かく優しい夢が見られるだろう。また少し撫でていくと、彼は微笑むような表情をし始める。
「リリア…」
しかし何故か、眠るルシアの目尻にはまた雫が零れていた。もう一度それに触れた時、アリステアの心にまた何かざわめきが起こる。
(…一体なんなのでしょう?)
アリステアは不思議そうに見つめながら、ルシアの目尻から雫が溢れなくなるまでまじないをかけ続けていた。暖かい夢以外の、例えば怒りに満ちた夢なら一体どんな味がするのだろうかと思いながら。




