狂花催眠
風紀委員室の中央で、俺たちには異様な空気が流れていた。
シオン王子はよほどショックだったのか頭を抱え、項垂れている。
「つまり僕は…今までいい様に操られていたのか。……なんてことだ……なんて屈辱なんだ……まさかそんなにも心酔していたなんて」
「まぁ、人生色々あるさ」
「めんどくさいですね。正気に戻ってください」
目に光は無く、真顔でぶつぶつと呟くシオン。それをまぁまぁと宥めるライアン。そしてスレイのツッコミが鋭く響く。俺が狂花催眠について説明すると、シオンはさっきまで狂ったように暴れていたのが噓みたいに従順になった。
スレイが淹れた紅茶を一口飲むと、俺はまたシオンに向かい合う。
「それで、なぜ真実の愛が無いと解けないだなんて寝ぼけたことを仰っていましたの?」
恐らくそのような事を信じ込ませた相手が催眠を掛けた術者だろう。心当たりが無いか聞いてみると、シオンは少しの間考え込んでから、ゆっくり思い出すように話してくれた。
「その、催眠が掛かったのは恐らく学園に入学した少し後だ。…その頃は母からも期待されていない事に絶望していて、生きる希望を失っていた…そんな時に声をかけてきたのが平民のマリだった」
嘘みたいにマリの行動は実直で、愛とは何かを熱く語ったらしい。まるで光その物であるかのような彼女が語るには、『王子である貴方はいずれどこかの姫と結婚することになる。その時までに愛について勉強するべきだ』とのことだった。
「だから初めは友人としてマリの話を真面目に聞いていたのだが、いつの間にかマリがどんどん積極的になり始めたのだ。最初はただ恥ずかしがっているだけだと思っていたが、ある日の放課後、廊下を歩いているときに手を握られてな…」
『ねぇ殿下。……真実の愛のキス…しません?』
そう囁いたマリに抗う事ができずにキスを交わしたところ、あっさりと意識は飛んでいったそうだ。それからは溺れるようにマリからの愛だけを渇望するようになったらしい。
「うわぁ……」
「それから、授業や演習の時に魔力が暴走してしまったり、感情が抑えられなくなる事や意識が飛ぶ事が多くなった。そんなときは、マリに愛してもらうことで抑えることができたんだ」
愛してもらう、というのは手を繋いだりデートしたり、愛してると言い合うことらしい。それ以上は結婚してから、と性格が変わるほどに洗脳されていながらも清い付き合いをしていたのだとか。しかし、典型的なバカップルの惚気だ。聞いているだけでムズムズする。
「…その度に、マリには愛する人にしか解けない呪い、と言われて来たんだ。婚約者は僕を心から愛していないから、魔力が抑えられない。兄上に愛されていないから、呪いが解けないと言ってね」
疑問に思うことも無いほどに何度も術を掛けられていた。記憶も曖昧な事が多かったらしい。きっとそれが狂花催眠の効果なのだろう。
「つまり事の原因はマリ=ルージュですか。……全く、王族相手にとんでもない事をしてくれる……今も、シオン様は彼女に愛して貰いたいと思っていますか?」
スレイが聞くと、彼は困ったように言った。
「いや、全く。今まで君たちに見せてきた僕では考えられないと思うが、むしろ迷惑だと思っているよ。僕はもっと真面目な人が好みなんだ………婚約者だったシャルロットのような」
そう言って微笑むシオンの顔はとても悲しげだった。どうやら彼の心の傷はかなり深いようだ。しかも厄介な事にマリは他の男子生徒にも誘惑するような行動をとっている。他にもシオン王子に近い催眠状態にされた生徒が居るかも知れない。
「…なるほど。ひとまずシオン君は風紀委員室で保護しよう。ここには転移魔法陣も配備しているから、王城にも帰せる」
ライアン委員長が立ち上がり、スレイに何か耳打ちをする。
「レジーナ嬢、すまないがスレイを借りるよ。風紀委員に護衛をさせるので、先に教室に戻っていてもらえるだろうか。信用出来る人間だから安心して欲しい」
「分かりましたわ」
俺がライアン委員長を見上げると、そっと俺の手を取って部屋の外へ案内してくれた。風紀委員室を出る直前に見たスレイは俯いていて、どんな顔をしているのか伺うことは出来なかった。




