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閑話 チョコレート




バレンタインだったので、糖度がある…ような…閑話です。




 チョコレートの原材料であるカカオの実は、海向こうの魔族領からの輸入に頼っている。その為に王国では貴族や商人向けの高級品であり、交易で得る利益は大きいのだが……当然リスクも大きいのだ。


「あの辺りの海には、『深きものども』が棲んでいると聞きます」


「ふーん、確か魚の魔物だったわよね」


 魔族領の話を始めたのは、俺の右隣を歩くスレイだ。なんでそんな話をしているのかと言うと、歴史の授業でこの国の交易品について習ったからだ。授業では、チョコレートを例に取ってそれを狙う危険についても教わった。海賊や密猟者に魔物など、人間以外の種族が住む魔族領は人間の法律に当てはめられない無法地帯と言える場所である。


「魚じゃなくて、人型の生物なんですよ。顔や皮膚が魚のようになっていて……」


「へぇ~よく知ってるね〜?僕も聞いたことあるけどぉ、すっかり忘れちゃってたよぉ」


 そう言って、左隣のギルバートが感心したようにスレイを見た。スレイは少し得意げにしてみせる。まぁ確かに、普通の生徒なら知らなくても無理はないかもしれない。でもお嬢様専属執事のスレイは頭が良いからな。


「ぶふっ。レジーナちゃんまで得意気になってるし!あはは!おもしろぉ」


「む、何ですの。いけませんこと?」


 俺の方を向くとギルバートが吹き出した。ムッとすると、まぁまぁとギルバートは謝る。なんでこの三人で談笑しているのかといえば、今日は「甘い一日」という祝日だからだ。祝日とは言っても学園は休みにならないのだが、女子は男子にチョコレートを贈り、男子は女子に花束を贈るという風習がある。その際に告白をしてもいい日なんだとか。


 そして俺は今、可愛らしい女子生徒の姿をしているわけなのだが。朝から知らない男子生徒から話しかけられる、くらいは良い。だが無理矢理手を握られそうになるわ、抱きつかれそうになるわ、連れ去られかけるわ……スレイが居なければ危なかったし、散々な目に遭った。もちろん全部返り討ちにしたが。


 そんなこんなで虫除け(ギルバート)と一緒に居るのだ。面倒くさいが、毒を持って毒を制するという意味では、男子から恐れられているギルバートは有用とも言える。


「でぇ、レジーナちゃんはチョコ用意してないのぉ?僕、楽しみにしていたんだけどな〜」


 ギルバートはわざとらしく悲しげな顔をする。こいつ本当に面倒くさい奴だな……。だがここで断るのは得策ではない気がしたので、一応ポケットに入れているお菓子を取り出して見せる。するとギルバートはパァっと笑顔になった。


「ライアン委員長から頂いた物ですけれど。よろしかったらどうぞ」


「えぇ〜〜……だったら要らないよぉ。レジーナちゃんの手作りがいいなぁ〜?ね、スレイくんも手作りチョコ食べたくなぁい?僕は食べたいなぁ」


「……ノーコメントで」


 ギルバートがスレイの方を見ると、彼は小さく溜息を吐いた。


 それから俺たちが花壇の前を通りかかった時に、ギルバートは立ち止まった。花壇は学園の草花を管理している園芸部によって綺麗に整えられていて、色とりどりの花々が咲き乱れている。


 ギルバートはしばらくその景色を見つめていたかと思うと、おもむろに手を伸ばし、花壇の脇に生えている小さな草に触れた。


 何かを呟くとギルバートの手から淡い光が溢れ、やがてそれは一輪の小さな赤い薔薇となった。ギルバートはその花を俺に恭しく差し出す。


「……レジーナ嬢、貴女を心からお慕いしております」


「へっ?」


「なんてねぇ~?どぉ?レジーナちゃんにぴったりじゃない?」


 俺は思わずその愛の言葉に固まってしまった。その一瞬だけ、ギルバートが余りにもちゃんとした貴族の振る舞いしていたからだ。スレイも目を丸くしていたが、すぐにいつも通りのすました顔に戻る。


「…こほん!それでも直ぐに手作りチョコなんて用意出来ませんわよ。でも、そうね……」


 薔薇を受け取ると、ギルバートは嬉しそうな顔をする。そして、俺はその薔薇に口付けしてから、制服の胸ポケットへ返却した。


「私、ギルバート様とはこれからは良い関係を築けたらと思いますわ。学友として」


「ぐはぁ〜…僕、君のそういうところ好きだよぉ!」


 一応籠絡対象だし、きっぱり断るのも駄目かと思ったんだが、ギルバートは胸を押さえるとその場に崩れ落ちた。やっぱり女子から押されるのには弱いんだなと思いつつ、俺はスレイに向き直る。


「スレイ、あなたは私のチョコが欲しいかしら」


 そう聞くと、スレイはほんの少しだけ迷ったような表情を見せた。


「……いえ、僕は結構です」


「あらそう?残念だわ」


 一応屋敷に帰ったらメイド達と料理長と俺とで張り切って作ったチョコがあるのだが、面倒くさい奴(ギルバート)の手前だったのでこれはまだ黙っておくことにした。



 ***



 その後はギルバート(むしよけ)のおかげで何事もなく学園での一日を終えることができた。だが屋敷に戻って直ぐにスレイが俺の部屋を訪ねてきた。何やらそわそわとしていて落ち着かない様子だが、どうしたのだろうか。


「ルシアさん、先程ギルバートから薔薇を頂いていたようですが、大丈夫ですか?」


「あーあれか、別に何も問題ないよ。あいつも揶揄って渡してただろうし、公爵家の関係に傷は付いてないはず…はず、だよな?」


 俺も心配になってスレイをみると、ふっと笑みを浮かべていた。


「それなら良いのですが……少し響いていたように見えたので」


「無ぇよ!一応は籠絡対象なんだから無下にしすぎるのも良くないと思っただけだよ!」


 部屋まで来て何を心配しているのかと思えば、そんなことか。まぁ、確かに今日は普段よりも少しだけギルバートに対して優しくしてしまったかもしれないが。


「それにしても、ルシアさんはギルバートのことを随分と信用なさっているようでしたが」


 スレイは真剣にこちらを見ているが、俺がギルバートを信用した事など無い。むしろあの学園の変態共の中でも一番警戒していると言ってもいいくらいなのに。


「えぇ…?信用…信用してたか?いや、ただ単に向こうが勝手に寄ってきただけだろ」


「そうでしょうか。僕としては、ギルバートがあなたを本気で落としにかかってくる可能性も視野に入れておいた方がいいかと思っています」


「はぁ?そんな事あるわけないって」


 スレイは真面目な顔をしているが、冗談なのかそうでないのかよく分からないトーンで言うものだから反応に困ってしまう。貴族を籠絡しろと言ったり、かと思えば籠絡対象と仲を深めるとこうやって忠告してきたりする。なんともめんどくさい…掴みどころのない男だ。


「それよりさ、お前の方だってギルバートに気を許し過ぎなんじゃないか?この間出かけた時だって二人で何か話してたし、実は仲良しなんだろ?」


「いいえ、特に仲良くはありませんよ。僕がギルバートと話すのは利害が一致した時と、仕事の話だけです」


「ふぅん?」


「……疑っていらっしゃるようですね」


 そりゃそうだ。仕事の話と言われても、この執事は俺に何も教えてくれない。ギルバートともお父様とも何を企んでいるのか知らないが、スレイ達がコソコソと何か企んでいる時、俺はどうにもモヤモヤしていた。


「ルシアさん、嫉妬してくれていますか?」


「なっ!?ちげーよ!俺はそんなんじゃねーし!」


 俺は咄嵯に否定するが、何かと疎外感があって仲間はずれにされている気分なのも事実だ。スレイにはそれがお見通しらしくクスリと笑われた。


「ていうか、スレイこそさっきギルバートと俺が仲良しになってる事に嫉妬してたんじゃねぇのかよ?」


「いえ、全く」


「……本当に?」


「本当に、何も思ってませんから」


 スレイはいつも通りの穏やかな笑顔だが、その瞳の奥底では、彼が時折見せる冷たい光が静かに揺れていた。悪魔のような笑顔…ではなく、なんだろう、拗ねているような気配がする。


「あーあ。折角スレイの為にチョコ作ってたけど、じゃあギルバートにやるか……」


「ちょこ?」


「いやまぁ、要らないって言ってたもんな。別に良いよ」


「え、僕のためにわざわざ用意してくれたんですか?」


 チラッとスレイの顔色を見ると、心なしか嬉しそうな表情を浮かべている気がする。内心しめしめと思っているのを隠して、俺は殊勝な態度で言った。


「おう。スレイって苦めのやつが好きだろ?だからちょっと頑張ってみたんだけど……やっぱり迷惑かなぁ」


「まさか!嬉しいです。是非食べさせてください」


 ……よし、かかった。スレイが甘いものがあまり得意ではないのは知っている。普段から食事の際にもあまり手をつけない事からも明らかだし、恐らく好みに合わせて作ったチョコレートを食べさせるというのは自然な流れだろう。ふふん、チョロいもんだ。


 用意していた包みを持って、スレイの目の前に立つ。


「スレイ、目瞑れ」


「えっ?はい」


 素直に従うスレイの肩を両手でガッチリ掴んで、彼の唇にそっと自分の作ったそれを近づける。そのまま口元まで押し付けるように持っていくと、スレイが僅かに身じろぎした。


「ほら、口は開けろ」


「…………いただきます」


 観念して口を開けたスレイの口に、チョコレートを入れる。


「どうだ?」


「…ん?なんだかサクサクしてて美味しいです」


「ふふん、それは良かった」


 もぐもぐと頬張るスレイはまるでリスみたいで可愛らしい。普段は大人びていて格好良い印象が強いスレイも、こうして見ると年相応に見えるから不思議である。しばらく租借してからチョコレートを飲み込むと、固く閉じていた目が開いてこちらを見た。そして俺が持っている箱の中身を見て固まる。


「………ルシアさん、それ」


「じゃん。特製きのこ型チョコだぜ!可愛いだろ?」


 料理長と共同制作で、チョコにクッキーを刺したきのこ型のチョコを作ったのだ。きのこが嫌いなスレイを揶揄う為に作った力作である。


「確かに可愛らしいですね」


「……おい、そこは嫌がれよ!お前きのこ嫌いじゃなかったのかよ」


「あぁ、すみません。つい本音が」


「ちぇっ何だよ、空気が読めない奴め」


 ここでスレイが嫌がるまでが、きのこでビックリ作戦の流れだったというのに。ムッとしてスレイを睨むと、彼は何故か嬉しそうにもう一つチョコを食べた。


「ルシアさんの手作りお菓子なんて初めてですね。ありがとうございます」


「…ま、この間ティーカップくれたお礼だよ。気に入ったんならまた作ってやる」


「嬉しいです」


 美味しそうに食べる姿を見ながら、俺も一粒摘まんで口に入れる。うん、我ながら上出来だ。来月のお返しの日には他の使用人たちにあげても良いかもしれないな。そんな事を考えつつスレイの方へ顔を向けると、何故か顔を赤くしてぼんやりとしていた。


「スレイ?大丈夫か?具合悪いのか?」


「いえ、にゃんでもありません」


「大丈夫じゃないだろ、熱でもあるんじゃねーか?」


 呂律も回っていないし明らかに様子がおかしい。

 俺は心配になってスレイの額に手を当てて確かめると、ほんのり熱い。


「近いれす、るしあさん、ひっく」


 しどろもどろになっているスレイの様子は明らかにおかしかった。しゃっくりをしているスレイを見て、そういえば、チョコを作るときに少しだけ酒を使ったことを思い出した。まさかこんな事になるとは思わなかったが、もしかしてそれが原因だろうか。


「えっと…酔っぱらってんのか?」


「よってなんからいですよ」


 酔っ払いは皆そう言う。

 へろへろと頭が揺れているスレイは、どう見ても悪酔いしていた。


「ぼくはたいていのどくにつよいですから…ひっく」


 しかし困った。このまま夕食の時間になったらメイド長に怒られるだろうし、何とかしないと最悪氷の刃が突き刺さってしまう。


「あー、とりあえず水飲もうな?」


「いりゃしません」


 椅子に座り直させてコップを手渡すと、スレイはそれを勢いよく飲み干した。が、すぐにテーブルの上に突っ伏してしまう。


「しゅきれす」


「お、おう……気に入って貰えて何より?」


「……ルシアさんは、僕が守るんで安心してくだしゃい」


「はいはい。いつもありがとう」


「うぅ~、おじょうさまは何時もかわいいですねぇ」


「そうか……あ!馬鹿!お前それ以上食うな!」


 スレイはその後、満足するまで俺の作ったチョコレートを食べ続けた。酒に弱いのは知っていたが、ここまで酷いことになるとは思ってなかった。チョコだけでこんなにフラフラになるんだったら、今度からは酔い覚ましの薬を用意した方が良さそうだなと思いつつ、俺は意識を失ったスレイを背負って部屋まで運んだのであった。


ちなみに料理長がお酒を入れる事を提案したので、俺と併せてメイド長に叱られることになりそうだ。



閲覧ありがとうございました!


補足として、王国では満18歳から成人です。

男女共に成人で飲酒や結婚、店の経営が正式に許可されます。



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