吸血衝動
外ではゴロゴロと雷が鳴っている。稲光に照らされたリカルドの表情は驚きで染まっていた。だがそれは、近くに落ちた雷に対してではないのだろう。
「っな!?レジーナ嬢、そ、れは…」
リカルドの指から溢れる血を口に含めばゴクリと喉が鳴る。血なのに、とても甘い。甘くて、それに加えて飲みやすい。少しずつ溢れてくる血を飲み込むと、体の奥底から力が湧いてくるようだった。
はっきり言ってこれは…
すごく美味しい。
甘いだけじゃなくて、なんだか病みつきになるような味だ。もっと欲しい。もっと飲みたい。これを俺の身体がずっと欲していた。足りない物は、これだったのだ。
「は、……っ!?」
慌てて引っ込めようとしている手を掴んで歯を立てる。
『んー?……はむはむ……』
噛み付くも、指の浅い傷はあまり血の出が良くないようで、舌先で転がすように傷を舐める。じゅっじゅっと音を立てて吸うと、その傷口が痛むのかリカルドの体が耐えるように震えた。
「っは、やめてくれ!もういい!分かった!」
リカルドは慌てて俺を引き剥がすと、逃げるように立ち上がる。
『……んー…?』
いやいや、これじゃまだ足りない。
全然渇きが満たされてない。もっと飲ませろ。
ペロリと自分の口や指についた血液を舐めると、甘くて美味い。睨むように見上げると、リカルドは顔を真っ赤にして俺を見下ろしていた。
『……おかわりは?』
「なっ…無い!絶対にしない!そんな顔で見ないでくれ!」
「はい、そこまでですよ。それ以上は許せません」
『んん?』
邪眼を使おうかとぼんやりとした頭で考えていると、突然視界が遮られる。
それを引き剥がすと、表情がすっぽり抜け落ちた悪魔、もといスレイが片手に銀色のナイフを持って立っていた。物騒だなぁと思っていると、後ろに来ていたライアン委員長は咳払いをしていた。
『おかわりなさい…?』
「…本ッ当に貴方って人は…」
「フム!話し合いの前に、仕置きが必要なようだ。そうだろう?リカルド?」
「……は、はい」
パチンとライアン委員長が指を鳴らすと、時魔法が部屋を包み込む。そしてスレイとライアン委員長による、無限に続くお説教が始まった。残念ながらおかわりは無いらしい。
***
吸血衝動の兆候があれば、すぐに風紀委員やスレイに伝えましょう。というのは無理かもしれない。血を見たら飲みたくなってしまうあの飢餓感、欲求はなかなか消えてくれなかった。
しつこいくらいに説教された上でスレイに両頬をつねられて、やっと血への執着心が薄まっていた。
「禁書は読むだけでも、魔力が勝手に吸われて身体に悪影響があるんです。もう勝手なことはしないと言ってください」
「むぐぐ。もうひまへん…」
「ちゃんと喋ってください」
どうやら魔力が不足した事と、その状態で血を見た事で吸血衝動が起きたらしい。血を吸わないようにと頬をぐにぐにと抑えられて、うまく喋れない。
「騎士を志すものが、そのような真似をするとはな?ふむ、鍛えられているのはその見た目だけということか」
「…ッすみません」
一方でリカルドも、鬼のような視線になった風紀委員長に絞られていた。普段怒らない人の怒りは怖いものだ。そちらを伺うことは出来ないが、底冷えするような委員長の声に俺さえも怯えてしまう。
話を聞く限り、リカルドは幼い頃に吸血鬼が主人公の娯楽本を読んでから、吸血鬼という存在自体に憧れがあったらしい。それで俺に禁術を使ってみてほしいと言ったようだ。なるほど、馬鹿である。
リカルドへの説教が終わったライアン委員長は、こちらに向き直ると深々と頭を下げた。
「風紀委員会の者がすまなかった。今日のような新月の日は闇の魔力が高まる。なので特に吸血衝動が起きやすい。特別な調合をした紅茶を出すので、それを毎日欠かさず飲むようにしてくれ」
「そうなのですね……ありがとうございます。気をつけますわ」
控えていた風紀委員会の女子生徒から、赤い花弁入りの茶葉が入った大きめの瓶を渡される。毎日飲んで、これで一ヶ月分らしい。
今日の呼び出しの理由も吸血衝動に襲われた時の対策のためで、この紅茶を渡す為だった。俺に自覚はなかったのだが、吸血鬼としての本能が高まっていたのをスレイが見越して、委員長に用意してもらっていたようだ。
…その対策の前にリカルドを吸血してしまうことになったのだけれど。
「健康的な人間の血は吸血鬼の好物らしいからね。今回の件に関しては暴れ馬の前に人参を差し出すような真似だ。完全にリカルドが悪い。……分かったな?」
「…ッはい!本当に申し訳ありませんでした…」
その後、貰った茶葉で淹れられた紅茶は、ほっとするような優しい甘さで、とても落ち着く味だった。




