図書館への呼び出し
嫌なことは寝て忘れろとはよく言ったものだと思う。
メルタの相談にのった翌朝、俺たちが学校の廊下を歩いていると、ぎゅっと服の裾を掴まれた。なんだろう、昨日もこんな事があった気がする。
そちらを見ると、おどおどとした様子でこちらを伺っているメルタが居た。すっかり初対面の粗暴さは消え失せ、怯えた子犬……よりも気の小さい小動物のように震えていて、大人しい。
「お、おはよう、レジーナ先輩……昨日は、色々と迷惑をかけてしまってごめんなさい!」
「別にいいですわよ、私は気にしておりません。…まぁ、突然淑女に乱暴な振る舞いをするのはどうかと思いますけどね?」
俺がわざとらしくツンと顔を背けてみせるとメルタは慌てたように弁明する。
「そ、それは、その…だってマリが…ぅぅ…ごめんなさい…」
どんどん泣きそうな表情になるメルタに俺はため息をつく。彼はビクッと体を震わせると上目遣いに俺を見た。そんなに怯えられると、俺だって傷つく。
仕方ないのでなるべく安心させるように、ゆっくりと子供を宥める様に話しかけた。
「怒ってませんわ。ほら、大丈夫。そんな顔をしないでくださいまし」
そう言うと頬を赤らめて、パァっと花が咲くような笑顔になった。
「ほ、本当に?許してくれるのか!?ありがとうございます先輩!」
そしてガバッと抱きついてくる…のをスレイが両腕を抑えて止めてくれた。ナイス判断。
「な、なん…で止めるんだ!?離せよぉ!」
「おやおや、困った人ですね。お嬢様のご意志を伺わずに気安く触らないでいただきたいのですが……」
じたばたともがくメルタを押さえつけながら、スレイは冷ややかな視線で言う。爽やかな笑顔だが、目は全く笑っていない。それになんかいつもよりも殺気が出ているような気がする。いつもの貴族共ではなく平民のメルタが相手だから隠していないのだろうか。
「〜!レジーナ先輩!俺はレジーナ先輩のこと好きだ!」
「え゛っ…」
スレイに拘束されながらも、あろうことか告白してくるメルタに思わず変な声が出てしまった。
お前、あんなに慕っていたマリちゃんはどうしたんだよ。俺のお嬢様姿が美少女なのはわかるが、乗り換えがあまりにも早すぎやしないか。
「お嬢様、お返事はなくて結構ですよ。この方は少々頭が悪いようなので」
小柄な体躯のメルタをスレイは簡単に組み敷いて、あろうことか関節技をかけている。身体が変な方向に曲がっていて実に痛そうだ。
「ぎゃあああっ!!」
悲鳴をあげるメルタを無視してスレイがこちらを見た。悪魔のような微笑みを向けられて、思わず俺までびくりとしてしまう。
「ここで仕留めておきますので、お嬢様は先に教室へ向かっていてください」
「わ、わかりましたわ」
ニッコリと微笑みかけるスレイ。お言葉に甘えてそそくさと廊下を駆けていくと、後ろでグキッという嫌な音とメルタの悲鳴が響いていた。
***
昨日ぐっすり眠ったおかげなのか、今日は一段と調子が良かった。座学も実技もばっちりだ。先生の穏やかな声にも負けない強靭な精神力を持っている。
「人の精神はこの構造であるからして、魅了や混乱と言った催眠魔法は効果が一日と短いのです。ここは試験にでますから、しっかりと覚えておくように…」
定期的にある試験の成績によってクラスが決まるらしいのだが、レジーナお嬢様は可もなく不可もないBクラスだ。ちなみに去年の学年首席はなんと隣に居るスレイである。元は成績上位者や特待生などが集まるSクラスだったらしい。お嬢様の護衛をしなければいけないとは言え、勿体無いことだ。
すらすらと試験範囲の板書を終えたので、筆記用具を回して手遊びをしていると、机の上四角く折り畳まれた紙切れが落ちてきた。
『放課後、西棟の図書館へ』
開くと中にはそれだけが書いてある。紙の表も裏も、差出人は書かれていない。ノートの切れ端みたいだけど…これは呼び出し…いや、果たし状かもしれない。他の席から飛んできたのだろうか。
「あの、すみません。これって貴女の所から来ました?」
「いいえ?手紙ですか…?」
ひとまず前にいた女子生徒に小声で話しかけてその紙を見せることにした。彼女は少し戸惑っていたが、受け取って中身を確認してくれる。中身を見た途端に彼女はニマニマとした表情になって、パッと頬を染めた。
「…レジーナ様、これは、最近流行りの、恋文では…!?」
「へっ?恋文?」
「この折り方は絶対そうですよ!こんなの、告白されるに違いないです!」
キャー!と小声で叫んで、頑張ってくださいと応援された。なるほど、呼び出し以外にそういう手紙の可能性もあるのか。たしかに今は可愛らしいお嬢様の姿だ。婚約破棄もされているし、確かに他の生徒にとっては狙い目ではあるのかも知れない。
「どうなったかぜひ教えてくださいね!」
「え、えぇ」
前の席の女の子が何故かキラキラした目でこちらを見ているが、もし恋文だとしてもその願いは断るしかない。変態からの呼び出しだったら嫌だなぁと思いながらも、俺は図書館の場所を思い出すのだった。




