元気溌剌風紀委員長
俺が公爵令嬢として学園に通い始めてから数日が経った。男ながらに淑女としての立ち振る舞いにも慣れてきたと思うし、魔法も魔力の少ない平民にしては頑張っている方だ。だけど、そうやって油断している時にトラブルはやってくるものだ。
「おはよう諸君!おはよう!ムッ、そこの君!制服の着崩しはいただけないぞ!」
「げっ!委員長居るのかよ!逃げろ!」
学園には生徒会の他に、風紀委員会というものがある。そちらは平民の生徒主体の組織で、学園の治安を守ったり、貴族による横暴を許さないための抑止力として働く組織である。
朝からよくやるなぁと朝の挨拶と服装検査をしている人達をぼんやりと見る。黒い制服を着ている青髪の委員長とよばれた男子生徒は、平民の生徒を追いかけ回したり貴族の生徒の持ち物を没収したりしていた。
(そういえば…実践演習の時に代表として色々やっていたような気がする。この人が風紀委員長だったのか)
「…ムッ?君、ちょっと待ってくれないか?」
「えっと……なんでしょう?」
そのまま通り過ぎようとしたのだが呼び止められてしまった。彼はそのキリッとしていた太い眉毛を下げると、こちらを心配そうに見ていた。
「君は確か、レジーナ=サリ=ケイプ公爵令嬢だろう?……何故また登校しているのだ。危険ではないか」
「……はぁ。在籍しているから登校しているだけですけれど」
その言い方だと、レジーナに学園に来てほしくないということだろうか。というか一般の生徒にレジーナが休学していたという噂が流れているのは分かるが、生徒会についてのいざこざは公表されていないはずだ。揉め事を対処する立場にある風紀委員長だから、シオンに追放された件についても知っているということなのだろうか。
警戒心を高めるが、後ろについて来ていたスレイは何食わぬ顔で風紀委員長に笑顔を向ける。
「委員長、公爵より毒を以て毒を制すという結論が出たんですよ。無理矢理だとしても事を起こせば、取り締まるのは容易でしょう?」
「…ふむ、なるほど」
スレイの言葉に風紀委員長は納得したように手を打った。そして悪魔のような笑顔をしているスレイから顔を此方に向けると、しげしげと全身を見つめてきた。
「ふむ…ふむ!そう言うことだったか。よしっ、レジーナ君は私と一緒に来てくれ!」
「えっ?ちょ、待ってくださいまし!始業時刻がっ…ちょっとぉ!?」
そう言って風紀委員長は俺たちの腕を掴む。
そしてずるずると校舎から離れたその先へと引っ張って行くのであった。
***
連れてこられたのは、旧校舎にある風紀委員室だ。仄暗く歴史を感じる古めかしい廊下の先に、旧校舎に似つかわしくない新しい扉があった。開くと中は以外にも本校舎と同じような綺麗な部屋で、来客用と見られるソファや机はシンプルながらも上品さがある。そこには風紀委員らしき黒い制服を着た生徒が何人か居た。
「さあ!ここに座るといい!」
風紀委員長が指差したのは、部屋の中央にあるソファの上だった。
「いや、私たちはもう教室に行かないと」
「そんな事言わずに!時よ、我らにひと時の静寂を」
風紀委員長が指をパチンと鳴らすと、部屋の中を一瞬風が吹き上がった。だが周りを見ても特に変わった様子は見受けられない。
「ありがとうございます。彼は風紀委員長のライアンです。僕たちの事情に関しては周知しています」
スレイが紹介すると、ライアンはにっこりと微笑んだ。先程までの真面目な印象から変わり、穏やかで柔らかい雰囲気がある。
「スレイが紹介してくれたけれど改めて、僕は風紀委員長のライアン=イハアだ。時魔法で一鐘分の時間を止めさせてもらったよ」
「と、時を止める…!?」
そんな強い魔法があるのか…。俺は驚きながらも、風紀委員長を見る。
「それで、私たちを連れてきた理由はなんですか?」
「ああ、それはね……」
理由を言いかけて、風紀委員長は真剣な眼差しでこちらを見た。何もかもを見透かすような目にびくりとしてしまう。
「君は吸血鬼なのか?ルシア=ブラッド君」
「えっ?いえ、私は人間です」
本名で呼ばれたことに少し困惑したが、正直に答えた。
確かに俺は牙が鋭いし、噛む力には自信がある。よく変態のトドメを刺す時に使っている気がするし。だけど、陽の光に当たっても平気だし、父も母も普通の人間だった。多分俺は吸血鬼という存在とは違うと思うのだ。
「ふむ…自覚は無いか。じゃあこれはどうだい?」
そう言うとライアンがポケットに手を入れてナイフを取り出す。そして自身の手のひらを浅く斬りつけると、そこから血が溢れ出した。
「ちょっと!?何してるんですか!?」
驚いて立ち上がると、風紀委員長はフッと笑った。
「大丈夫だよ、ほら」
スレイに促されてソファに座り直すと、目の前に綺麗な色合いの紅茶が出された。
そこにポタポタと、シロップを足すように血が落とされていく。
「さて、吸血鬼であるならばこの血は美味しいと思うはずだ。飲んでみてくれないか?」
「えっと……」
どうしよう。
もし本当に吸血鬼なんだとしたら、殺されるかもしれない。でも俺は今レジーナお嬢様であって、俺自身が死んだらレジーナお嬢様の身代わりは居なくなる。それはスレイやケイプ公爵家にとって不都合なはずだ。
…だから殺されないはず、だよな?
「……ええいままよ!」
グイッと紅茶を飲むと、甘い味が広がる。ミルクと蜜を足したみたいに紅茶の渋みが消えていて、とても美味しい。思わずほっとしてしまうような優しい味だ。
「どうやら美味しいようですね?」
一部始終を見ていたスレイに言われてハッとする。
「え、ええ!とっても美味しかったわ!!」
あっ。美味しいって言ってしまった。
慌ててティーカップを机に戻すと、目の前の風紀委員長は大笑いしていた。
「あっはっは!ありがとう、食生活には気をつけているからね。美味しく頂いてもらって何よりだよ」
ひーひー言いながら笑うライアン委員長にドン引きしていると、彼はようやく落ち着いたのか、ふぅと深く呼吸をした。
「はぁ〜面白いもの見せてもらったよ。やはり君は吸血鬼だね。それに始祖にとても近い、真祖の吸血鬼だ」
「真祖の吸血鬼…?それは良いことなんですか?」
ライアン委員長は真剣な表情で答える。
「もちろんだとも。吸血鬼の中で始祖に次ぐ力を持つ者。それが真祖吸血鬼と呼ばれるものだ。始祖吸血鬼はその名の通り、全ての吸血鬼の始まりとされている」
始祖は大いなる力を持って永遠の時を生きるらしく、吸血鬼の王として今も世界の何処かで君臨し続けているという。
「へぇ……それで、なぜ真祖吸血鬼だって分かったんですか?」
「ああ、そのことか。それは簡単だよ。陽の光に当たっても平気だし、食事は生き物の体液しか受け付けないはずなのに、それに気づかずにいられるほどの生命力。何より禁術を容易に使えるという時点でもう確定事項さ」
指で数えても足りないほど、吸血鬼だと推察できる理由は多かったようだ。側から見てバレバレだったらしい。気づかなかった自分自身が恥ずかしい程だ。
でも、自分吸血鬼かも…!?なんて思ったら普通に頭のおかしい人だと思う。
「……そうだったんですね……では俺はどうすればいいんでしょう。学園を辞めるべきでしょうか」
辞めさせられるんだろうか。それとも退学になるのかな。どちらにせよこの学園に居続けるのは無理だろう。吸血鬼なんて得体の知れない物は危険すぎる。
おずおずとライアン委員長の顔を見ると、彼はにこりと微笑んだ。
「いや、そのままレジーナ嬢として潜入して欲しい。何か起こってもケイプ公爵が学園長を脅…説得するさ。真祖吸血鬼なんて珍しい存在、学園下に置いておくのはメリットだらけだろうしね」
そんな珍獣みたいな扱い方でいいのか。
俺が胡乱な目で委員長を見ていると、突然パン!と両手を叩いて、委員長は話は終わりとばかりに立ち上がる。表情が切り替わり、真面目で堅物な風紀委員長が戻ってきた。
「とりあえず、君の処遇については今まで通り過ごしてくれて構わない!ただし直接他人の血を飲むのは禁止!あとは極力日差しに当たるのも避けて欲しい!そして、吸血衝動が起きたらすぐに私かスレイ君、風紀委員に報告すること!以上!」
時魔法を解いたようで、委員長はいつもの凛々しい顔に戻っていた。
「えっと、それだけですか?」
拍子抜けして聞き返すと、スレイは少し呆れたような顔をした。
「それだけって、本当に自分の状況を理解してるんですか。真祖吸血鬼なんて公になったら禁術よりも大騒ぎになりますよ。ルシアさんはもっと危機感を持った方がいいです」
ちょっと禁術が使いやすい人間、くらいに思っていてはいけないものらしい。スレイに言われてやっと自覚が芽生えた。
(…もしバレたとしたら、リリアにも危害が加わるかもしれないってことか)
そんなのは死んでも嫌だ。最悪の未来を予想してぞっとしていると、本校舎から予鈴が鳴り響いた。俺は慌てて、先に旧校舎から駆け出していったスレイを追いかけるのだった。
学園では風紀委員会は荒事担当の実働部隊、生徒会は事務担当の少数精鋭という感じです。他の生徒が一目で分かるように、制服の上に風紀委員専用の黒いコートを着ています。夏場は熱が集まって暑そうです。
ちなみにライアン委員長はネルス王子と同じクラスの4年生です。




