闇の眷属化
意識のないギルバートの上半身を起き上がらせるようにして、自分にもたれかけさせる。先程起きた時に噛みついた傷口を晒すように頭を動かして、自分の髪を耳にかけた。準備をしているとスレイが本を見ながら手順を確認しているのが視界に入った。
慣れない魔法に緊張しながら、思わず唾を飲みこんだ。心臓が変にドキドキしている。失敗したらどうなるんだろうか。
「大丈夫ですよお嬢様。それでは首の血管に牙を立ててください。…そうです、そして相手の血を飲み干すように吸い上げてください」
「……んー……すっぱい……」
こくんと喉を鳴らして血を飲み込むと、身体にギルバートの血が流れ込んできたような感覚がある。ギルバートはぴくぴく震えるだけだし、これくらいの量じゃなんともならないみたいだ。
それでも自分の体内に入る血液から微弱ながら魔力を感じた。酸味のある味は、レモンや柑橘の飲み物のような……慣れてくると癖になりそうな味だ。これはこれで悪くないかもしれない。もっと欲しくなってじゅるじゅるっと音を立てて吸い上げると、スレイに肩を引かれて吸血を止められた。
「完全に眷属化させても良いですが、今回はコイツの記憶を消しましょう。」
スレイにハンカチで口を拭かれると、そのままスレイは手の甲でギルバートの顔を叩く。「うぐぇ」と潰れるような悲鳴が出ると、変態が目を覚ました。まだ状況を把握していない変態の腕を、スレイはどこから出したのかロープで後ろから拘束する。その間ギルバートは眉根を寄せて困惑していた。
「はぁ…?ちょっ、とぉ。なになに?」
「ギルバート様はご自身の状況について理解できていますでしょうか?」
「えー?レジーナちゃんとスレイくんと今からいちゃ「よく分かりました。ありがとうございます」」
スレイが呆れてため息をつく。
「ほら、お嬢様が口づけしてくださるそうですよ」
「えっ!?マジ?本当…に……?」
ギルバートの青い瞳をじっと見ると、ルシアの唇は自然に開いた。
そこから見える八重歯がキラリと光り、呪文が紡ぎ出される。
『汝…我が闇の眷属となり記憶を堕とせ』
俺の胸からドクンと鼓動を打つ音がしたかと思うと、思考が冴える感覚があった。
ギルバートの目を見てニコリと微笑む。
『汝は裏山に行って』
「僕は裏山に行って…」
『突然具合が悪くなりスレイに助けられた』
「突然具合が悪くなってスレイくんに助けられた…」
ブツブツとギルバートが呟き、魔力が記憶を縛り付けていく。血のような赤い魔法陣が額に吸い込まれて、消えていく。
別の記憶を刷り込ませてみたが、どうやらうまくいったようだ。スレイも安心したのかふぅっと息をついた。
禁術をかけ終えるとギルバートの身体がぐらりと揺れ、ベッドに倒れ込む。俺はそれを受け止めると、ギルバートの首元にできた二つの穴を見下ろした。だけど血はもう止まっている。
「…緊張したー…!これで終わりだよな」
「はい、とりあえずは上手くいったみたいですね」
俺は一仕事終えたかのように腕を上にあげ背伸びをする。そしてふと思い出したことをスレイに聞いてみた。
「そういえば禁術って、俺が使っても大丈夫だったのか?やけに簡単に発動できたけど」
「禁術なんて誰でも使えるわけないじゃないですか。……バレなければ平気ですよ。今回のものは洗脳系で、禁術の中ではかなり下位の部類ですし、吸血鬼は血を使う魔法が得意ですからね」
愉快そうにスレイは笑っているが、つまりは公にバレたらまずいということだろう。…うん。バレないほうがきっと幸せだ。ルシアはそう納得してこの話は終わらせることにした。
「そろそろ実践演習が終わる頃ですし、ネルス王子を迎えに行きますか」
「そうだったな。早く行こう」
保健室の窓ごしに、裏山から生徒がぞろぞろ移動している姿が見えていた。ギルバートを寝かせている部屋からスレイと一緒に出ると、学園の廊下に差す日差しは傾き、すっかり夕暮れになっていた。
(そういえば吸血鬼って言ってたな。俺は普通の人じゃないとかそういう感じ?)
自分の手を夕陽に晒すルシアだが特に何の変化もない。吸血鬼なら日の光に弱いとか灰になってしまうとかそういう逸話は聞いたことがあるけれども、日焼けしやすいということも無い。
「……そんなわけないか」
「ほら、ボーッとしてないで行きますよ?」
「わかってますわよ」
***
「諸君!今回の実践演習は以上となる!途中脱落する生徒も居たが、全員課題をやり終えられたことはとても素晴らしいことだ!」
代表の生徒の声で実践授業が終わりを迎えたようだ。ルシアたちが迎えに行った時には既に生徒たちが全員集まっていた。
同じチームだったネルス王子も来ており、彼の顔色を見ると少し元気のない様子だったので俺から一応声をかけることにした。たとえ変態王子であったとしても、今回の授業の功労者なのだから。
「お疲れ様でした。無事に戻られたようで安心しましたわ」
するとルシアに気づいたネルス王子はその具合でも悪そうな顔を上げて、すぐに笑顔になった。その顔に思わず身を引く。それは変態度0の爽やかな笑顔だったからだ。顔が良いのは分かるのだけど、さっきの変態と比較してしまうからかとても眩く感じてしまう。
「ありがとうレジーナ嬢。途中でチームから抜けてしまい、すまなかった」
「いえ、スレイが守ってくださいましたので無事に帰ることができましたわ。気になさらないでくださいまし」
「そうか……それならば良かった。ところで……」
そこで言葉を区切るとじっと見つめてくる。何かを言いたげな様子に首を傾げる。
「どうかなさいました?」
「いや、何でもないよ。よかったらこれ。ほんの少しだけなんだけど、君が欲しがっていたからあの後またフェアリーサークルを狩って隠しておいたんだ」
そう言って王子が口の前で指を立てる。
鞄の中から袋を取り出すと、中には踊りキノコの足が入っていた。
「これはっ…!いいのですか?先生に渡さなければいけない物ですのに」
思わず受け取りつつも、喜びを隠しきれない。俺は慌てて小声でネルス王子に喋りかける。必死に冷静な令嬢顔を維持するが、口角が上がってしまうのを抑えきれそうにない。すると王子が俺の顔を覗き込むようにして小声で返答する。
「君の嬉しそうな顔を見ると、こちらも嬉しい気持ちになるよ。君は私の大切な人だからね」
そう言ってにっこりと笑う王子の顔は本当に良い笑顔だ。ただ一つ気に入らないのは、ずっと見ていたスレイの顔は悪魔みたいな笑顔をしていた所だ。しかし今ここで言い合いをしている場合ではない。王子の好意に感謝を述べつつも、俺たちはその場を後にした。




