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変態の逆襲

「少々お待ちください。対処法を調べてきますので、くれぐれも彼を起こさないように気を付けてくださいね」


「分かりましたわ」


 保健室に着いてベッドにギルバートを乗せると、すぐさまスレイが部屋から出て行ってしまった。急ぎで調べたい事があるらしく、もしものときの催涙スプレーも準備済みだ。養護教諭の先生や利用している生徒も居なかったので、変態と二人きりとも言える。


 ルシアはギルバートの様子を窺うが、ぐったりとして動かない。先ほど首を絞められたせいなのか。呼吸も浅く青い顔をしていて、死んでいるような顔色だ。


 ……本当に死んでいるのかもしれないと不安に思って、恐る恐る声をかけてみる。


「ギルバート様…?」


「うぅ…」


 するとピクっと反応して身じろぎをした。どうやら生きているようだ。匂い大好きの変態2号とは言え、目の前で人が死ぬのはいい気分じゃない。


「大丈夫そうですわね。首元、少し緩めた方が息がしやすいかしら…?」


 呼吸しやすいように服を緩めてやろうと手を伸ばしたときだった。ガシッと腕を掴まれ、そのままベッドに押し倒されてしまった。


「ふっふふ。捕まえたよぉ〜」


 先ほどまで死んだ魚のような、土色の顔をしていた男はもう居なかった。ギラギラとした光を放つ青色の瞳が真っ直ぐにルシアを見つめている。変態(ギルバート)は舌なめずりをしながら頬を染めて笑っていた。


「この…!」


「おっとぉ?ふふ、無駄無駄ぁ。」


 構えた催涙スプレーが叩き落とされ、保健室のベッドからカランカランと転がり落ちる。

 …これは本格的にマズイ。背中に冷や汗が流れるが、変態(ギルバート)をギッと睨みつける。


「何しやがるんだよ!」


「!…んふふふ…あはぁ…!」


 俺が低い声で言った瞬間、ギルバートは恍惚とした顔で笑った。獲物を目にした獣のようなその厭らしい笑顔はまさしく変態。こいつは第一王子よりも気持ち悪いかもしれない。その表情に思わず鳥肌が立った。


「えぇ?決まってるじゃん!君の匂いを堪能させてもらうんだよぉ。レジーナちゃんは本当に愛らしいねぇ…その可憐な花を僕だけのものにしたい…」


「本当に気持ッち悪ィな…!」


 ルシアはギルバートの腕をねじり上げながら冷たい視線を送ったが、ギルバートは全く気にせず、寧ろ興奮したように息を荒くしている。そして、俺の首元に鼻を埋めてくると深く深く呼吸をする。生温い息が肌に当たるたびにぞわぞわと鳥肌が立つ。


 ギルバートはド変態だが一応は籠絡対象の貴族。この国の宰相の息子であり、美青年の部類である事は確かであった。しかし、その整った顔には勿論全くときめかない。それどころか生理的に無理だ。はっきりいって死んでほしい部類だ…!


「はぁー…すっごい良い匂い…でも男なんでしょぉ…?ゾクゾクするね」


「男だよ!だから離れろ!」


「そこがいーんじゃぁん…?」


 全然良くねぇ!!?


 しかも、ネルス王子のようにレジーナ目当てではなく、『男と認識されているのにこの変態に迫られている』という事実がルシアの嫌悪感を倍以上に膨れ上がらせた。吐き気と殺意が口から湧いて出てきそうだ。


(クソッ…!っ、そうだ、あの時…)


 第一王子に捕まった時、噛み付いたことで拘束が緩んだことを思い出す。一か八か、隙だらけのギルバートの首を引きちぎる勢いで噛みつける。首の動脈を狙って牙を突き立てた。


(死ね!!)


 ブツンと、ルシアの鋭い牙が首にめり込み、口の中に血の味が広がる。その瞬間に、はぁはぁと荒い息をしていたギルバートの様子が変わる。


「は、ぁっ…?んぉぁあ!?何、を…ぁ、がぁああ!?」


 びくんと体を跳ねさせて奇怪な悲鳴をあげたあと、痙攣を起こしてぐったりと動かなくなった。白目を剥いて、さらに鼻血まで流している。


 俺はその様子に驚いて口に入った血を噴き出してしまった。鉄くさいはずのそれはなぜか、酸味のある不思議な味がした。


「ぶふっ!?うぇっ…変態2号…おい…死んだか…?」


 恐る恐る触っても、反応が無い。


「た、確かに死ねって思ったけど、ど、どうしよう。まさか俺、打ち首…?!」


「……やはりそういうことですか」


 スレイは納得したという様子だった。

 …って、おい。


「見てたなら助けろよ!いつからいたんだよ!」


「いえ、今来た所でした。遅れてしまい申し訳ございません」


 片手におどろおどろしい装丁の黒い本を持って、スレイは保健室のベッドに駆け寄った。ぐったりとしたギルバートの腕などに触れて確認すると、ギルバートを診察したスレイは、チッと舌打ちをする。


「…お嬢様大丈夫ですよ。残念ながら生きてます」


「よかったぁ……」


 変態(ギルバート)をベッドに捨てると、スレイは手に持っている本のページをパラパラと捲った。中身を覗くと、真っ黒い紙に白い文字が書かれている奇妙な本だった。見ていると寒気がするような、何か異様な雰囲気を感じる。


「それよりもお嬢様。こちらのページを見ていただけますか?」


「なんだよ?禁術…?」


 その本に目を通して驚いた。禁術、闇の眷属化(シャドウテイム)と書かれている。


 血を使うことで対象を眷属にできる魔法らしく、対象の魔力が多いほど成功する確率が上がる。血の量が多ければ身体の動きから内臓の構造すらも全て操れるが、完全な眷属化は成功率は極めて低く、失敗すると術者自身にその反動を受ける。最悪の場合は死に至り、逆に意識を取られてしまうこともある。


「…ずいぶん物騒な魔法だな?呪いみたいだ」 


 ちょっと血を吸えば使えるという便利そうな魔法だと思ったが、よくよく読めばデメリットの方が大きかった。失敗すれば命を失うリスクがあるため、普通の人間なら誰も使おうとは思わない。何でこんなものを見せてくるんだ?


「ルシアさんはこの本が読めるんですね」


「おう、読みづらいけど、なんとか内容は理解できるぜ」


 俺が一通り目を通すと、スレイは目を見張った。俺はまだ古代語や魔法言語については習っていなかった。しかし中の文字は世界で共通して使用されている字と近い形式だったので、平民だとしても多少は読めて不自然はないと思うのだが、どうしてそんなに驚くのだろうか。


「それでは、そこの変態を実験台にして闇の眷属化(シャドウテイム)をやってみましょうか」


 にこっと笑ったスレイは、いつも通りの悪魔みたいな笑顔で俺に言った。


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