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運命が変わる出会い

 木で出来ていたはずの僕たちの訓練武器は、いつの間にか本物の刃に変わっていた。僕やキャル等の年長の子は怪我も多くなっている。それなのにシスターはいつもの穏やかな笑顔で訓練を下す。どれだけ傷ついても彼女が作るジュースを飲めば疑問も疲れも吹き飛んで、また立ち上がることができた。


「…シスターがいないと…なんだかつまんない。かも…」


「もう、お部屋の掃除頼まれてるでしょリジー。礼拝堂から行こ」


 …だけどその日は、珍しく訓練もなくシスターは孤児院から居なくなっていた。訓練がない事で甘いジュースが飲めず、ほとんどの孤児達はがっかりとして落ち込んでいる。


 そんな中、僕はふらりと孤児院を出て街へと向かっていった。理由は特に無い。ただ何となく外に出たかっただけだ。


(…僕は何をしてるんだろう)


 ぼんやりとした気分のまま、街の中を歩く。理由を探すのなら、掃除をサボってしまいたかった、のかもしれない。道行く人の姿や声が何故か遠く聞こえるような気がした。


 その時だった。通りすがりの男が、一人で歩く黒髪の少女を見つけて声を掛けているのが目に入った。


「お嬢ちゃん、こんな所でどうしたんだい?お父さんとお母さんはどこにいるのかな?」


「父は仕事です。母は…別荘に」


「迷子かい?じゃあおじさんが一緒に探してあげよう」


「え、でもわたくしは…きゃっ!?」


「遠慮しないでいいんだよ。ほら、あちらに行こうね」


 少女の腕を掴み、路地裏へ連れ込もうとする男。黒髪の少女の顔は恐怖で引きつっているように見える。男はニヤついた顔で彼女を見ていた。


「いやです…はなして!だ、だれか!」


 僕はそれをぼんやりと見つめていた。周りの人間は誰も気付いていない。何故ならあの奥は貧民窟とも呼ばれる下町だからだ。この国の貧民窟の治安の悪さは他国にも有名で、誘拐などの犯罪率も高い。


 皆面倒事になんて巻き込まれたくないのだろう、誰も助けようなんてしていなかったのだが、その貧民窟の路地裏から薄汚れた少年が飛び出してきた。


「何してやがんだ糞豚!オラァ!」


「ぎゃあっ!?」


 少年は、少女を連れ去ろうとしていた男の腹にドロップキックをかまし、吹っ飛ばす。男は壁に叩きつけられた衝撃で白目を剥き、少年はさらに男の胸ぐらを掴んで殴りつけていた。


『妹だけじゃ無くまた性懲りもなく…!やっぱり半殺しじゃ足りねぇ見てえだな!』


「ひいいぃ!鬼ッ…うぎゃああ!」


『だれが鬼だ!鬼畜なのはお前らだろうが!ぶっ飛ばすぞ!』


「…うわぁ…」


 もうぶっ飛ばしている。という指摘はそれを見ていた誰もがしたことだろう。ぼんやりとしていた僕もその暴力的な光景に引きながらも、その鮮烈な出来事で逆に正常な思考が体に戻ってきた。僕は先ほどの衝撃で弾き飛ばされて地面にへたりこむ女の子の方へ歩みを進めた。


「君、大丈夫?」


「……ありがとうございます……」


 今にも泣き出しそうなその子はよく見れば綺麗な服を着ていて、どこかの貴族の娘だと察せられる。そういえば、以前孤児院に来ていた女の子もこんな感じだったような。


 手を差し出すと、彼女は恐る恐る僕の手を握り返してきた。


「あの、私…市場から屋敷へ帰ろうとしたのですが、道に迷ってしまいまして……」


「……貴族街はあっちだよ。ついてきて」


「…っ!…あ、ありがとうございます!」


 僕の言葉に安心したように微笑む彼女。僕はそんな彼女の笑顔に、何故か胸の奥に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。


「僕はスレイ。あんたは?」


「私はレジーナ。レジーナ=サリ=ケイプと申します」



 ***



 貴族街に着くと、レジーナは見慣れた街並みに安心したようでホッと息を吐いた。馬車が立ち並ぶ通りで家の者を見つけたのか、彼女はそちらを向いて手を振っていた。


 これでお別れかと思いながら道を振り返って孤児院に帰ろうとすると、彼女はなぜか、ぐっと弱い力で僕の手を握ってきた。


「スレイさん、折角ですから私の屋敷まで来てくださいな。助けてくださったお礼をさせてください」


「え?僕は何もしてない」


「遠慮なさらないで、ここまで道案内をしてくれたではありませんか。メイド長が淹れてくれる紅茶はとっても美味しいのよ」


 か弱い力で腕を引っ張られる。キャルの乱暴な力とは全然違って、本気を出せば振り払えるのはずなのに、僕はなぜか振り解けなかった。


「…でかい」


「ふふ、嬉しいわ。自慢のお屋敷なのよ」


 そのままレジーナに馬車に押し込まれて連れて行かれたのは、孤児院の倍以上はありそうな豪華で大きな屋敷だった。敷地を通って入り口に到着すると、使用人らしき女性が出てきて彼女に挨拶をする。


「おかえりなさいませお嬢様」


「ただいま戻りました。こちらは客人よ。丁重におもてなししてね」


「かしこまりました」


 その後、応接間に通され、僕は出されたお茶を飲む。正直味はよく分からなかったが、三段の皿に盛られたお茶菓子はどれも高級そうなもので、豆菓子ですらもいつも食べているものよりもツヤツヤとしている。


 しばらくすると、服を着替えたレジーナと見知らぬ大人の男性が部屋に入ってきた。


「やぁ。君が娘を危ない所から助けてくれたという少年だね。私はここの主人であるジルヴァ=サリ=ケイプだ。よろしく頼むよ」


 ジルヴァと名乗った男性は柔和な笑みを浮かべると、僕に手を差し出した。確かにレジーナと近い色彩だ。しかし平民にわざわざこんな事をするなんてと一瞬ぽかんとしてしまったが、僕は慌てて立ち上がるとその手を握った。


「よ、よろしくお願いします。スレイ=ヒルストです。助けるなんてそんな、ただ道案内をしただけです」


 それに暴漢からレジーナを助けたのは、正しく言えば貧民窟から飛び出してきた少年だ。危ない所も何も、その場で何もできなかったのにお礼を言われる筋合いはない。


 訂正しようとしてレジーナを見ると、ニコニコとこちらを優しい目で見ていたので思わず顔を逸らしてしまった。


「ふむ?今回はレジーナを一人で歩かせていた私の責任でもあるからね、ただの道案内だったとしても、レジーナとここまで一緒に居てくれてありがとう。本当に感謝するよ」


「いえ!当然のことをしたまでです」


「はは!とても謙虚なんだね。ますます気に入ったよ。…君が何か困ったことがあったらいつでも言いなさい。力になろう」


 ジルヴァはそう言うと席を立った。そして部屋を出て行く間際、「そうそう」と立ち止まって僕に振り返った。


「そうだ、今日は泊まっていくといい。君の親御さんには使用人から伝えておこう。住所を教えてくれるかい?」


「え!?ええと、五番地の中央孤児院です。そこのシスターが、僕たちの親代わりですけど…でも、すぐに帰ります!」


 こんな所に泊まるなんて恐れ多い。だけど一応、身元は明かしておいた方がいいと思った。それを聞いたジルヴァは一瞬怪訝な顔をして、僕の頭をわしゃわしゃと撫で回した。


「成程、アレが育てた子か。通りで物騒な物を持っていると思った」


「くすぐった、は、やめてください、あはは!」


「お父様!嫌がってますから、やめてあげてください!」


「いやぁごめんね。これは預かっておくよ」


 パッと僕の頭から手を離したジルヴァは懐から二本の銀のナイフを取り出すと、見せびらかすようにしてまた仕舞い込んだ。


「えっ!?いつの間に…」


 あれは僕の得物のはずだ。いつの間に服の中を探られたのか分からない。でも確かにさっきまで隠し持っていたはずなのに。


 唖然としていると、ジルヴァは「ゆっくりしてってね〜」と柔和に笑って扉から出て行った。


 お貴族様は、何を考えているのか分からなくて怖い。

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