滴る果樹園
残酷表現注意です。
「今日は貴方もお仕事を手伝ってみましょうか」
「仕事ですか?」
ある日、老年のシスターに連れられて山の奥深くにある小さな家に行くことになった。そこは昔彼女が住んでいた場所で、今は山の中にある果樹園を管理するために使われているらしい。
同じく連れられてきたリジーとキャルが心配そうな顔をする中、僕はシスターに尋ねた。
「ここの仕事を手伝うんですか?収穫とか?」
「えぇ、ここは昔からずっと私の持ち物だから。私が居なくなった後も誰かが管理しないといけないでしょう?だから今のうちに少しずつ引き継いでいこうと思うの」
「確かに、シスターはお婆ちゃんだもんね…」
「ふふ、そうよリジー」
シスターはリジーの言葉を聞いて嬉しそうに笑う。彼女の年齢は既に九十を超えている筈だが、孤児院で働き、訓練で活発に動き回る姿はとてもそんな年の人だとは思えない。
「じゃあ早速お願いしようかしら。キャルとスレイはこの木箱を持ってちょうだい」
「はーい」「はい」
僕たちは言われた通り、シスターの家の裏庭にあった大きな木箱を持ち上げる。中に水分量の多い物でも詰まっているのか、見た目よりもとても重い。
「うぐ……重い……これ、一人で運べるものなんですか?」
「あなた達なら大丈夫。これを全て果樹園まで運び終わったら休憩にしましょう」
「こ、これ全部ぅ!?」
そう言って彼女は家の方へと戻っていく。僕とキャルは顔を見合わせて肩を落とした後、その重たい荷物を何往復もかけて運んでいった。
***
荷物を運び終えてシスターが待つ小さな家に着く頃には、僕とキャルはいつもの訓練よりも消耗していた。
「ぜぇ……はぁ……クソ鬼ババア……やっと着いた……」
「もう無理!手が、ふやふや…!これ以上持てない!」
「おかえりなさい。わぁ…2人とも凄い汗だよ!?おみず取ってくる!」
家でシスターの手伝いをしていたらしいエプロン姿のリジーが、ぐったりとしている僕たちを見て大慌てで家の奥へと引っ込んだ。すぐに木のジョッキに水を入れて持ってきてくると、僕たちはそれを一気に飲み干す。そうしてやっと、ほんの少しだけ気分が良くなる。
「生き返る…助かった…」
「はぁー!ありがとリジー。私も手伝えば良かったかな」
「いいのいいの。キャル達の方が大変だったと思うから…」
リジーは両手と首を勢いよく振って否定すると、僕とキャルの間に座って話しかけてくる。
「それにしても…そんなに沢山の木箱、どうしたんだろ…」
「種とか肥料とかじゃないのか?凄い重かった」
僕らは裏庭に未だにある空の木箱を眺めながら首を傾げる。すると後ろからシスターの声が聞こえてきた。
「ふふふ。正解よ。あれらは肥料にする為のものなの。山の上には良い土があってね、作物を育てるにはとても適してる場所なんだけど、害虫も多く住み着くのよね……」
シスターはそのまま、絵本でも読み聞かせるような調子で続ける。
「だからその害虫も丸ごと肥料にしてあげたのが、あの木箱の中身なのよ。死んだ生き物は土に還って、育った草木を生き物が食べる。そうやって自然が回っていくの」
「うぅ…虫…」
「あら、キャルは虫が苦手だったかしら。ごめんなさいね」
彼女は悪戯っぽく笑いながら言う。キャルはシスターの言葉に顔を青くしながら、必死に首を振る。
「……」
僕はその様子を見て、昔シスターに読み聞かせて貰った絵本を思い出していた。確かその本では悪い魔法使いに騙されて、子供達がみんな食べられてしまう話だっけか。まるでその魔法使いみたいに言うものだから、シスターとその絵本がダブって見えた。
「さぁ。リジーに手伝ってもらってジュースを作ったから、手を洗ってからみんなで飲みましょうね」
「はぁい」
ぽんぽんとシスターに頭を撫でられて、僕たちは素直に手洗い場へと向かう。
「あー疲れた。今日は何味だろうな」
「オレンジと蜂蜜を使ってるから…キャルが大好きな味だとおもう」
「良かったな、キャル。……ん?どうしたんだよ」
しかし途中でキャルが立ち止まっていることに気がついた。
彼女の視線を辿ると、そこは裏庭が望める窓があった。先ほど運んだ木箱の一つ、その隙間からはみ出している大量の黒い物体が見える。その一部は確かに虫に見えなくもない。
「…っ…」
息がひゅっと喉奥に詰まる感覚。
目の前の光景を理解したくないように、頭がずきりと痛む。だがあの太い虫のような物体には、よく見慣れている丸い爪が付いていた。
「…ぁ、れは」
………人間の手だ。
それが一体何を意味するのか、分からないはずがない。思わず後ずさり、背中が何かにぶつかる。いつの間にか僕の背後まで来ていたリジーが、耐えきれないように手洗い場に嘔吐する。
「う、うぁっ…うあぁ…」
呆然としていると、シスターが僕らの様子を見て駆け寄ってきた。そして僕たちを抱きながら、心配そうな顔で言う。
「まぁ、大丈夫?ごめんなさい、やっぱり虫だらけの肥料を見るのは怖かったわよね。無理しなくていいのよ。今は休みなさい。後のことは私に任せて」
「「……ありがとう、シスター」」
茫然自失の僕たち3人はシスターに労わるように頭を撫でられる。キャルとリジーは安心したように泣き出すが、僕はそれに答えられない。ただじっと彼女達を見つめているだけだ。
「……あらあら」
シスターはそんな僕の様子を悲しげに見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あなたは強い子ね。スレイ。だけどあまり悪いことを考えちゃダメよ。世の中良いことばかりじゃないけれど、考えすぎは身体に毒だから」
「……どうして?」
「え?」
「シスターはいつも言ってますよね。神様の下では平等に悪人は居ないって。それならこの世に悪人なんていない、全て許されるはずなのに。…なのに、どうしてあんなひどいものが…ここにあるんですか?」
「……そうね。確かにあれは酷い見た目だと思うわ。でもね、あの肥料は本当に害虫だけで作ってあるの。目の良い貴方達は別のものに見えたかもしれないけれど…」
ニコッと笑ったシスターは悪びれもなく言う。
「あの虫達は、ああするのが一番世界のためになるの。肥料になれば、害虫が一転して益虫として活躍してくれる。だからあぁして生きたまま潰して、新鮮なうちに使えるよう置いてあるのよ」
「っ……!?」
僕はシスターの言葉に絶句する。彼女はまるで子供に言い聞かせるような口調で、人殺しを正当化しているのだ。
…スレイ
……愚図は要らない。
………世界のために死ね。
…………お前はその為に生まれた存在なのだ。
「…ッあ、が…」
知らない声が頭の中で反吐が出るほど甘美に響く。シスターの言葉の意味も、彼女の行動の意図も分からない。なのに頭が勝手に納得している。それでも心の底から理解できなくて、脳が焼き切れそうに熱い。
「さぁ、ジュースを飲んで休憩にしましょう」
だが、この辺りから記憶はかなり曖昧だ。シスターが僕たちの精神が壊れないように頭を魔法で弄ったのか、それとも単に当時の自分がショックで何も考えられなかっただけなのか。
いずれにせよ、その後の僕たちはシスターに言われるままに行動するだけの人形になりさがってしまった。




