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桃色の香り



ルシア視点に戻ります。



「…どうしてこうなった…?」


 今日の授業は午前中は座学の魔法理論と、魔法の実践だった。昼食を挟んだ後に実戦訓練として学園の裏山に行く予定になっている。


 魔法理論に関しては事前に予習していたので問題なし。ただ、実践訓練が問題だった。平民の俺は魔力なんてものは無いし、理論がわかったとて2週間ぽっちで使えるものじゃない。


 さらに今回は上級生との混合メンバーで行うものらしく、それが、俺と変態王子、そしてスレイ。

 俺はくじ運を呪った。


「なんでだ…」


「大丈夫ですよ。元々レジーナお嬢様は魔法がお得意ではありませんでしたし、事前に魔力補助のブレスレットを渡したでしょう?なんとかなりますよ」


 昼食を食べに食堂に向かう道中、一緒に歩いているスレイから話しかけられる。じゃらりと赤く光る宝石が編み込まれたブレスレットはスレイと揃いの物だ。上級貴族の生徒は皆魔力を持っているのだが、魔力の少ない下級貴族や平民などはこのような魔力補助のアクセサリーを使うことで、魔法を行使することができる。


「それもあるけど、あの変態王子…ネルス様の事ですわ。あの方も退場させることはできないのかしら」


 俺の隣席だった人みたいに。公爵パワーでどこかにやれないものか。


「残念ながら出来ないんです。一応あれでもまだ未来の王候補筆頭ですから」


 チッ、使えない執事だな…


「あ、今舌打ちしましたね?聞こえましたよ?」


 スレイはニコニコとしているが、目が笑ってない。


「……あら失礼、でもスレイ、貴方は私の従者であって、主人である私を守る立場にあるのです。その事を肝に命じておきなさい」


 つまりは、俺を、変態から、守れ。


 少しだけスレイを見下ろして言ってやれば、嬉しそうに笑い返された。


「えぇ、もちろん承知しておりますとも」


 本当にわかっているのか怪しいところだが、とりあえずは良いだろう。威嚇するように唸りながらも、俺たちは学園の食堂へと歩いて行った。



 ***



 食堂では王宮で活躍していた料理人達が腕を振るっているらしい。それ故に貴族の生徒からの評判は上々だが、テーブルマナーが出来ることが前提の食事形式になっているので、平民の生徒は基本的に利用することがない。そんな生徒たちは中庭や屋上、校庭などで自分たちで用意した弁当を広げている。


「お嬢様、お食事は何にいたしますか?」


「んー…今日は魚料理の気分ですわ。シェフに伝えてちょうだい」


 窓際の席を陣取って、注文を終える。さすが王宮の料理人。出てくる料理全てがいままでに食べたことの無いような物だったり、知っている料理でも高級な食材を惜しみなく使っている。


「しかし、お嬢様はよく食べますね?太らない体質なのですか?」


「そういうわけではないわ。ただ、沢山食べないと体力が持たないのよ」


 本当は、乳製品しか腹に貯まらない体質なのだ。肉や魚も好きではあるが、どんなに食べてもあまり腹は満たされない。今日のメニューにはシーフードグラタンが付いていたので、これなら食べられると思って多めに頼んでいた。


 元はあまり食べない生活をしていた反動なのか、食べ放題同然の屋敷や食堂で、満たされるだけ食べてしまっている。なので前よりもほんの少しだけ肉付きが良く……肋骨が薄くなった。


「へぇー…あの、お嬢様は」


 スレイが何かを問いかけようとしたところで、食堂がざわめく。入り口から、ぞろぞろと桃色の髪の少女を囲むように複数の男子の生徒達が入ってきたからだ。きゃっきゃっとはしゃぐ少女の周りで盛り上がる集団は、誰も彼も整った顔をしていた。


「マリ、こっちだよ」


 その中で一際目立つ容姿をした紫髪の少年が手招きをする。マリと呼ばれた桃髪の少女はパッと表情を明るくして駆け寄っていった。


 取り巻きらしき男達の中には、スレイに聞いていた「籠絡すべき有力な貴族」も混ざっているようだ。


「スレイ。あの集団は一体なんなのかしら」


 こそりと耳元で囁けば、スレイはため息をつく。


「……マリ=ルージュの取り巻きですね。平民ですが、珍しい光魔法を使えるということで特待生として入学した方です。周りは生徒会の一部ですね」


 なるほど、あの濃いピンク髪の子が。胸も大きくて、庇護欲をそそるような可愛い子だとは思うが、どうにも俺の好みではない。


 ……それにこの匂い……


 鼻にツンとくる甘ったるい匂いが漂ってくる。まるで香水のようなキツイ匂いに食欲が失せる。


「スレイ、あの方の側に近づくのはまずいわ。もう少し奥で昼食を済ませましょう。あの甘ったるい匂いのせいでご飯が進みそうにないもの」


「匂い…ですか?ですが今動くと」


 食堂の入り口からなるべく離れようとするも、マリはこちらに気づいて近付いてきた。彼女の周りを囲っていた生徒達の視線が一気にこちらを向く。


「ねぇねぇ君!同じ特待生のスレイ=ヒルストくんでしょ!?初めまして!わたしはマリ!よろしくねっ!」


 スレイに話しかけるマリはキラキラとした瞳をしてスレイを見つめた。ぶわりと甘ったるい匂いが広がり、あまりにもキツくて手持ちの扇子で顔を遮った。


「……よろしくお願いいたします」


 スレイは愛想良く笑っているものの、目が笑ってないので気持ち悪そうだ。わかる。そんなスレイの様子には気づかないのか、マリは腕を絡ませるようにしてずいっとスレイに顔を寄せる。


「スレイくんは今日は何食べてるの?お肉のメニュー?私も同じのにしようかなぁ?」


「…ええ、そうですね」


 愛想笑いを続けているスレイだが、女の子からの猛攻にはたじたじのようで、ちょっと面白い。取り巻きの少年はマリの肩に手を添えてそっと引き離そうとしてくれていた。


 スレイを困らせているマリのことは正直好ましくはない。しかし、ここで下手に動いてマリや取り巻き達に喧嘩を売ったりしたら、学園生活を満喫できないかもしれないのでここは我慢である。


(というか、このマリちゃんは、スレイと相席している俺が見えてねぇのか?)


「マリ、俺以外を見ないで。あちらに行こう」


「も~、わかったよぉ」


 取り巻きの紫髪の少年がマリを引きずるようにして別の席へ案内した隙に、俺たちはそそくさと食堂を脱出するのだった。ナイスだ取り巻き君。


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