第一章1『私、中奥 みち。18歳。』
「ドアが閉まります。」
そのアナウンスとともに、窓の外を見る。
灰色に包まれた殺風景なプラットホーム。
ケータイを片手にカメラをこちらに向け、
手を振るお母さん。
新幹線の壁を一枚挟んだだけだが、
小さく、遠く見える。
そんなお母さんに、私も黙って手を振りかえす。
しかし、5歳児のぼんぼんにでもなったかのように、
焦点はお母さんに合わせられず、
あたふたしてしまう。
私の周りには、
少しばかり汚れたビビットピンクのキャリーケース。
はっきりとした青い色のリュックサック。
兄への手土産のお菓子の紙袋。
真っ黒なポシェットポーチ。
これらが、隣の座席を陣取るように
居座っている。
突如として現れた、新型コロナウイルスの影響で
ガランとした一般の客席も
もはやVIP席並みの余裕がある。
前の座席の背に取り付けられている
簡易的なテーブルには、
お母さん特製のハーブティーボトルに、
お弁当。
珍しく、使い捨て弁当箱のプラスチックケースからは、
大好物のだし巻き玉子が
顔を覗かせる。
こんなにも物に溢れ返っているのに、
囲まれているのに、
私の心は安らぎを覚えない。
ーずっと東京に行きたかったのは、私なのに。
そう思えば思うほど、
目に微かな湿り気を感じた。
どうやら、気持ちが
複雑骨折しているようなのだ。
共通テストで国語だけ、
9割5分取れる私でも
上手く言い表せないのが私の心の蟠りで
最強の難問。
やはり、バランス良く点数が取れないと
人生もバランスがとれないのだろうか。
しかしながら、日本一を誇る東大生だって
将来が約束されたわけではない。
受験期、ふと疑問を抱いたことがある。
『なぜ東大生は、東大を目指したのか。』
未だに謎なのだ。
“1番”って
本当に素晴らしいのかすらも危うい気がしてならない。
もしも理由が、“1番”に執着した結果なのだったら
選択ミスであろう。
人生18年間過ごしてきた私は知っている。
敵わない相手がいることを。
上には上がいることを。
1番上に立った時
追いかけるものが無くなった優越感と
いつか越されるのではないかという不安感。
ーピコン
いつの間にかに、俯いていた私に
握りしめていたケータイの着信音が、
現実に引き戻してくれた。