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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最低な貴方を、忘れない。

作者: あおいつき


「な……んで……」


 溢れ出した言葉。

 溢れ出した絶望。

 溢れ出した疑問。

 それから、溢れ出した血液。

 手で押さえてせめてもの処置をしなければ、脇腹に空いた穴から”命”がどんどんと漏れていく。

 だけど、私の手は命を繋ぎ止めるのではなく。

 私を見下ろしている人を繋ぎ止めたくて、伸ばされていた。


「何で、だと?」


 優美で見惚れてしまう金色の長い髪はいつも通りで。

 高貴さと光厳さを放つ白金色プラチナのドレスもいつも通りで。

 同性ながら見惚れてしまうほどの並外れた美貌すらも、いつも通りで。

 なのに、その亜麻色の瞳は。慈悲と温かみを凝縮したような、私が大好きなその瞳だけは。


「決まっている。お前はもう用済みだからだ」


 私が知らない、いや知らなかった冷たさが籠っていた。


「用……済み?」


「あぁ。お前は私が王座を奪う算段を整えることなく、ひたすら世話役にしか徹しなかった。政情にも疎く得意なのは裁縫や手料理や掃除と言ったことくらい。まぁだからこそ世話役に抜擢された訳だが、今にして思えば役立たずであると気付くのが遅すぎたと自分も責めたくなる」


「で……ですが……”それ”で良いと仰って下さったのは……」


「そう、紛れもないこの私だ。だからこそ、後悔しているのだ。もう少しお前を有用に使うべきであった、と」


 はぁとため息をつく姿は月夜に照らされ、まるで月から降りてきた姫が如き人外離れした美しさに彩られる。

 いつも通りなら、こんな月の綺麗な夜にはこの人の為にお茶を用意して。それを眺めながらのんびり穏やかに時の流れを感じながら、共に眠くなるまで過ごしていた。

 でも今は。過去の幸せだった時間が塗り潰されていく。床に広がっていく自分が出す赤色と、この人が出すどこまでも空間を支配するような……漆黒に。


「良いか。私が何者か、お前は知っているな」


「……フェブルラリィ帝国……第五皇女……ルクセリーゼ……アルデ……ヴァランノワール様……」

 

「そうだ。私は”第五”皇女だ。王位継承権で言えば序列はかなり下、故に用意は周到に且つ着実に進めなければならない」


「で、でも……」


「”王位などどうでも良いと、あなたが仰っていたのでは?”と言いたいか。確かにそうだ。つまり、私の()()が上手くいっていた証左だな」


「え、演技……?」


「王位への関心のなさ、下々の民に見せていた慈悲、それらは全て偽りだ。皇女として生まれた者が王位に興味がないと本気で思っていたのか? 哀れを通り越して滑稽だな、エルナ」


 その夜、私の名前を呼んでくれたのは二回目だった。

 ただ、一回目も二回目も、激しく胸が痛んだ。一回目は振り向くと彼女の手には銃が握り締められていて。二回目はこちらを侮蔑するような嘲笑を浮かべていたから。

 全部全部、嘘だった。

 私はこの人の……ルクセリーゼ様の嘘を、好きになっていた。

 愛して、しまっていた。

 宮殿に仕える前の田舎娘の時と変わらず、私は何も知らなかった。

 この人の真実を、本当の顔を。

 その顔も、もう視界がぼやけてきて見えなくなってきている。出血量のせいなのかあるいは……()()()()()()()()()()()()()のせいなのか。


「意識もそろそろ途絶えそうだな。ならば最後に教えてやる。何故お前を撃ったのかを。決意の表れだよ、エルナ。世話役でありながら私と一番絆を深めたのは間違いなくお前だった、周知の事実だった。そんなお前を殺してこそ、私は前に進める。お前を殺してこそ、私はこれから歩むことになる幾千もの屍が待つ道……覇道を進めるのだ」


 もう、彼女の声も途切れ途切れであまり聞こえない。

 視界も両端から闇が覆い始めて、その姿もあと少しでそれに飲まれてしまう。

 それでも精一杯意識を保って。

 最期の1秒まで彼女の……大好きだったルクセリーゼ様の顔を、見ようとした。


「じゃあな、エルナ。平和で穏やかで退屈だった時間を共に過ごしてくれてありがとう。さようなら」


 その顔はやっぱり、私の知ってる顔じゃなくて。

 銃声が響いたのと同時に、私の意識は闇の中へと堕ちていった。








 春が来た。

 長閑のどかでとても穏やかな暖かさに溢れ、喜ぶように花々が咲き誇っている。

 私の故郷、フェブルラリィ帝国の帝都から遥か遠くにあるこの田舎では特に春の訪れが感じられた。広大な丘陵地帯だからこそ、花々が咲き乱れているその風景は圧巻の一言に尽きた。

 今年もそれを堪能することが出来ているのは……私が生きていたからだった。

 

「……」


 ただ、目を奪われるような絶景を前にしても私の心は動かなかった。

 私はあの時──ルクセリーゼ様に撃たれたあの時から、死んだ目と心を引きずって何とか生き永らえていた。完全に死んだと思っていたのに、目を覚ました私が見たのは黄泉の国などではなく両親の心底心配するような顔だった。

 なんでもとある日の朝、いつものように井戸に水を汲みに行こうと玄関から出たら私が倒れ伏していたのだとか。手当てを受けているだけでなく守護の魔法まで掛けられていて。丁重に、念入りに”守られた状態”だったらしい。

 目を覚ましたのもつい3日前までのこと。春の訪れと共に私は意識を取り戻したと、両親が泣きながら説明してくれた。それはまるで冬眠から覚めたようなものだった。

 命を拾った。宮仕えをして以来滅多に帰ることが出来なかった家に帰ることが出来た。会いたくて仕方がなかった両親に会うことも出来た。


「……」


 それでも、私の心に空けられた穴は塞がらない。

 塞がったはずの脇腹の傷が痛む以上に、空けられたはずのない胸の穴がどうしようもなく痛む。

 その愛おしかった顔を。

 好きで好きでたまらなかった顔を、思い出す度に。

 ルクセリーゼ様のことを思い出す度に、胸が引き裂かれるような心地がした。


「……どうして、なんですか……」


 あの夜に見せた”本当の顔”ではなく、いつも見せてくれていた”偽りの顔”を思い浮かべながら私は問うた。今はもう二度とその口から答えを聞くことなど叶わない、あの人に。


「あなたが望んで下さったなら……私は何でも手伝いました……。それこそあなたが王座を望んでいたなら……私は……私は……!」


 この手を血で染める覚悟もあった。

 確かに私はただの田舎娘だ。政情のことも一切分からなくて、第五皇女であるルクセリーゼ様がどれだけ立場的に不利だったのかも推し量ることは出来ない。

 でも、あの人の為に何でもする、何でもしたい。その想いは常に胸にあった。だからこそ、争いが嫌いなあの人の前ではひたすら穏やかであろうとした。

 あの人はいつも政治の話なんて一切しなくて、私のような世話役とはもちろんのこと、よく街に行っては民達と話すのが趣味だった。誰かの幸せな話を聞くのが何よりも好きだと、あの人自身がそう言っていた。私も、あの人がそうしているのを見て幸せな気持ちになったし、そんなあの人のことを好きになっていた。人として、そして……恋慕の念として。


「あれが……嘘だったなんて……それこそ嘘ですよね……? 嘘だと仰ってくださいよ……ルクセリーゼ様……!」


 届かない。叶わない。伝わらない。

 私の問いも、想いも、今となってはもうあの人には──そう思っていた時だった。

 

「うわっ……!?」


 私の髪が、突如輝き出す。

 いや、厳密に言えば髪じゃない。髪留めだった。髪を洗う時以外はいつ如何なる時も外したことがない、誕生日からあの人からの贈り物で貰った髪留め。

 それが、太陽が如き輝きを放っている。光はどんどんと強さを増していき、私が目を瞑ろうとも否応なしに世界を白に染めていき……。


 

 気がつけば、私は白一面の世界に立っていて。


 さらに、そこには。


 私が会いたくてたまらなかったあの人が。


 ルクセリーゼ様が立っていた。


 どうして? なんであの人と会えたのだろうか?

 様々な疑問が湧いたがどうでも良い。ともかく今は、その傍に駆け寄りたかった。

 だけど私の身体はそんな意思とは反して一切動かなかった。さらには、口から言葉も出なかった。言いたいことが、聞きたいことがあり過ぎるのに。


【ようやく”発動”したみたいだな】


 対して、ルクセリーゼ様は平然と喋っていた。

 困惑する私を見ても全く動じず。しかし、その顔は……あの夜に私が見たそれではなく、私の心に最も深く刻み込まれている優しい微笑みが浮かんでいた。 


【まずは、お前に黙って様々な身勝手なことをしてしまったことを謝りたいと思う。本当に、済まなかったなエルナ】


 私は目を見開いた。

 皇女という身分であるルクセリーゼ様が、下々の者である私に向かって頭を下げている。しかも、膝までつくという謝罪の中でも最上級の体勢で。

 もう頭の中は疑問符まみれだった。ルクセリーゼ様と会えたこと、ルクセリーゼ様がこんな風にして謝っていること、何故やどうしてが多過ぎて……結果、私は逆に冷静になった。そして、ルクセリーゼ様のお言葉に耳を傾けることに心を注いだ。


【撃ってしまって、本当に済まなかった。痛かっただろう。致命傷とならないよう細心の注意を払い、脇腹の安全な箇所を狙ったとは言え、撃たれるということは想像を絶する苦痛だったはずだ。傷跡が残らないように治癒魔法も様々なものを掛け合わせた。上手く行っていると良いんだが】


 優しさの微笑みの中に、申し訳なさと心配が入り混じる。

 この時点で、私は察した。ルクセリーゼ様は、何か理由があって私を撃ったのだと。

 何か理由があって……()()()()()()()()()()()()ことを。

 心配してくださっているルクセリーゼ様に伝えたい、傷跡は一切残らなかったことを。そして、そんな顔をしないで欲しいということを。しかし、それはやはり叶わなかった。

 彼女の最初の言葉を思い出す。ようやく発動した、という言葉を。つまり、これは何らかの魔法だ。今いるこの白一面の世界も、目の前にいるルクセリーゼ様も。


【もしも傷跡が残ってしまったのならば、私をいくらでも恨むと良い。そもそも私が撃ったこと、お前を裏切った時点で末代まで恨んでくれても構わない。蛇蝎の如く嫌うと良い。寧ろ、私もその方が嬉しい。……いや、私の願望などどうでも良いか。やはり、エルナの好きなようにしてくれ。どのみち私は()()()()()()()()()のだからな】


 最低へと成り果てた──その言葉に、私はどうしようもない胸騒ぎを覚えた。取り返しのつかないことが起きようとしているような、そんな嫌な予感。

 そしてそれは間もなく、彼女自身の言葉によって現実のものとなる。


【お前を撃った理由、巻き込んでしまったのは、この国を変える為だった。私が第五皇女という立場で、王座には程遠いことは知っているな。故に、政治を動かす権利はもちろん有事の際における軍の指揮権などもほぼ握ってはいない。もちろん、それを私自身も望んではいなかった。……だが、状況が変わった】


 真剣な眼差しで言葉を紡いでいくルクセリーゼ様を、私は固唾を飲んで見つめた。


【去年の冬のことだった。次の春の訪れと共にフェブルラリィ帝国は周辺諸国に侵攻を始めると、皇帝陛下……私の父がそう仰られたのだ。それまでも圧倒的な軍事力の上での統治が成り立っていたのだが、今度の侵攻で周辺諸国を完全に隷属させる、さらにはそれを足掛かりに更なる領地拡大を経て世界を征服する。そのような思惑が父を含め軍部にはあった。そしてそれは、私の兄上姉上達も同じだった。私はもちろん反対した……が、第五皇女という立場では、あまりにも発言力が弱すぎたんだ】 


 知らなかった。こんなルクセリーゼ様は。

 時折声を震わせて話すルクセリーゼ様を見るに、相当悩んでおられたのだと今頃になって私は知った。私には決して見せないように気を遣って下さっていたのだと。


【父や兄上姉上達、さらには軍部。この国を治める上位の者達が血を望んでいる。下々の民達をどれだけ犠牲にしようとも、己の野心を満たそうとしている。私はそれに絶望した。しかし、それ以上に何としてでも食い止めねばならないと決めた。たとえこの手を、拭い切れない血と罪で汚すことになったとしても】


 悲痛な決意を滲ませるルクセリーゼ様。

 私の鼓動は先程からうるさいくらいに早鐘を打っている。不安、緊張、ルクセリーゼ様の語る真実の一つ一つが、心臓を高鳴らせる。


【私はまず、父達に近づかねばならなかった。その為には甘さを捨てた証が必要だった。それで……お前を撃たなければならなかった、いや殺さねばならなかった。私がお前と懇意にしていることを知っていた、いや疎ましく思っていた父達に、私はお前を殺すように命じられた。そして、それを成し遂げたんだ……表向きはな。実際にはお前が意識を失った後、私はお前に治癒魔法を掛けると同時に強力な封印魔法を掛けた。傍から見れば死亡しているようにしか思えないような代物だ。それで人工的に仮死状態にして、遺体を送るという名目でお前を故郷に帰した。そうして、私は父達を騙しおおすことが出来た】


 私は、ルクセリーゼ様に殺されそうになった訳じゃなかった。

 寧ろ、命を救われていたんだ。きっと、ルクセリーゼ様自身が動かなかったら、私は秘密裏に暗殺されていたに違いない。

 どれだけ、ルクセリーゼ様は心を痛めていたのだろうか。私を自らの手で撃ち、望まない世界に足を踏み入れること、その心中は察するに余りあった。

 そして……私は遂にルクセリーゼ様が”最低”である理由を知ることになる。


【お前を殺すことで覚悟を見せた私を、父達は歓迎してくれた。その後は政治の中枢に据えられ、軍部の動向も詳しく探ることが出来た。父達はやはり民達を巻き込むことを厭わない、半ば自爆のような戦法で戦争を仕掛けるつもりだったことも、改めて確認出来た。効率の良さを重視するあまり、説得もほとんど無駄だった。故に私は……──父達を殺した。この手で】


 父親、つまりはこの国の皇帝を殺す。

 皇帝だけではなく、第一皇子や第一皇女や……軍部の人も含めれば何人もの人の命を奪ったのだろうか。彼女の手は、どれだけの血と罪で塗れたのだろうか。

 震える声と肩には、どれだけの不安や恐怖がのしかかっているのだろうか。


【親を殺す、ましてやこの国を治める皇帝その人を私は殺してしまった。私は人の道を外れた、まさに外道と呼ぶべき畜生に堕ちた……”最低”となった。もちろんもうこの国にはいられるはずがなく、私は逃げるようにしてフェブルラリィ帝国を出た……。これが、お前が眠っている間に起こった出来事だ】


 諦めたような微笑みを浮かべて、ルクセリーゼ様はそう語り終えていた。

 悔しかった。ただひたすらに。怒りが湧いてきた。心の底から。

 ルクセリーゼ様がこんなにも悩まれて、そしてまさに苦渋の決断と呼ぶべき重すぎる覚悟を背負っていらっしゃったというのに。

 私は何も知らず、のうのうと”いつも通り”を繰り返しただけだった。

 いつも通りにお食事を作り。

 いつも通りにお話をしたり。

 いつも通りに裁縫をしたり。

 いつも通りに一日を終えた。

 ルクセリーゼ様の為に、何も出来なかった。

 好きな人の為に、何一つしてあげられなかった。

 こんなにも無力感に、怒りに襲われることがあるだろうか。この身体が動いたのなら、今すぐにでも首を垂れて全身全霊で謝りたかった。ただ、やはり身体は動いてくれなかった。

 ならばせめて、心の中だけでも。

 ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!

 ルクセリーゼ様……本当に本当に本当に……ごめんなさい……!



【私は、エルナに救われていたよ】



 私の自責の念と謝罪の気持ちは、再びルクセリーゼ様のお言葉によって吹き飛ばされていた。

 静かに、それでいて確かな熱を持ったルクセリーゼ様の言葉。もう、それにしか意識を向けられなかった。


【お前と過ごす一分一秒の全てが、私の心に安らぎと幸せをくれた。どんな時も素朴で純粋で、私の身の回りの世話を懸命にしてくれるお前の姿に、私は心を打たれていた】


 またしても、ルクセリーゼ様の知らない顔を私は目の当たりにする。

 それは、あの夜とはまるで真逆。温かさに満ち溢れていて、だけど同時に誇らしげでもありそうな顔。私のことをそんな風に思っていて下さったなんて、私自身も知らなかった。


【父達とのことで、私はどうするべきか悩んでいた。しかし、私は''いつも通り''のことしか出来なかった。そんな自分が情けなくて、自己嫌悪の渦中に飲み込まれたこともあった。そんな私を、エルナが癒してくれた。''いつも通り''の無垢な笑顔で、''いつも通り''の懸命な仕事ぶりで、''いつも通り''のエルナでいてくれたから……私は変わることが出来たのだ】


 ここまで、私のことを評価して下さっていて光栄だという気持ちが全身を満たす。

 しかし同時に、ルクセリーゼ様の決意の結果があのような結末になってしまった事に申し訳なさを感じずにはいられなかった。あんな悲壮な決意をさせて貴方のお手を汚させてしまったことを、今すぐにでも謝りたい。

 

【本当にありがとう、エルナ。私と出会ってくれて】


 しかし、謝罪の念はすぐに消えた。

 そう言い放ったルクセリーゼ様の変化を目にして、驚愕せざるを得なかったから。

 ルクセリーゼ様は……涙を流されていた。


【お前と過ごしたこの二年間、私は本当に幸せだった。お前と出会えたから、私はこれからも生きていける。たとえこの身が罪と血で塗れた穢れたものとなっても、お前と出会った幸福、お前と過ごした時間を私は決して忘れたりはしない。本当に、本当に本当に本当に……ありがとう。それから】


 涙で声を震わせて。

 感謝と悲痛と愛おしさと悔恨と満足感が入り交じった、これまで見たことのないルクセリーゼ様の綺麗な笑顔を見つめながら。

 私は、彼女からの最後の言葉を聞いた。




【──大好きだったぞ、エルナ】








 ──フェブルラリィ帝国。

 その国において、いや世界において、忘れてはならない名前があった。


 ''ルクセリーゼ・アルデ・ヴァランノワール''

 

 その名は後世、永代に渡って語り継いでいかなければならなかった。

 何故なら、彼女は''最低''と呼ばれるに等しい凄惨な事件を起こしたからだ。

 第五皇女であるルクセリーゼが起こしたのは、自身の父である皇帝、兄や姉である皇子と皇女、そして軍部の人間を含めて、260名を殺したという狂気的なものであった。

 穏やかで優しく民達からも慕われていたという評判もあったルクセリーゼ。だからこそ、第五皇女というだけで政治にあまり関与出来ず、その不満を爆発させた結果に引き起こされた事件……とされている。

 真相は不明のままだ。ルクセリーゼは事件を起こしたその日に国から逃亡し、行方をくらませている。周辺諸国及び世界の国々は、ルクセリーゼを史上最悪の狂人として警戒していた。

 もちろん、帝国内でもその名を口にすることすら許されず、人々は彼女を最低と罵った。



 私も、ルクセリーゼ様を最低だと思っている。

 でもそれは、彼女が凄惨な事件を起こした狂人だから、という理由ではなくて。

 別れ際に、あんな一方的に自分の言いたいことだけ言って、最後に愛の告白までしたからで。

 私はずっと、貴方に何も伝えることが出来なかった。

 貴方への感謝も。

 貴方への謝罪も。

 貴方への恋慕も。

 何もかも、伝えられなかった。


「最低ですね、本当に」


 だからこそ私は、決して忘れない。


 最低な貴方を、忘れない。


 




 だから──待っていて。


 

 



 必ず、会いに行くから。







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