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7.絶望の果ての契約

「――」


 (まぶた)を開けたショウは、目の前に誰かの顔があることを認識した。鼻先が触れるか触れないほどの距離で、息がくすぐったい。


「起きたようじゃの」


 顔が遠ざけられる。腰まで伸びる真紅の長髪。左右対称の角。コウモリのような翼に、先端がハートのようになっている尻尾。それらが視界に収まった。また、岩を背もたれに座っていることも理解する。


「……リンネ、ローゼンクロイツ」

「ふふっ。また会ったのう、ショウよ」


 リンネがおかしそうに笑う。その様子を呆然(ぼうぜん)と眺め、しばしの間固まっていた。だが、徐々に疑問が湧き上がってくる。


「なぜ、俺は生きている……」


 両手を目の前に持ってきて、握っては開く。痛みを感じることもなく、正常に動かすことができた。手のひらに伝わってくる感触が、生きている実感を与えてくれる。その瞬間、剣で刺されたことを思い出した。


 慌てて胸元を触る。なぜだか見慣れない服を着ていたので、襟元(えりもと)を伸ばして心臓の周りを覗き見た。


 傷一つないのである。


(わらわ)蘇生(そせい)させたのじゃ。傷一つ残っているわけがなかろう」


 その言葉に当惑するしかなかった。死んだ人間が(よみがえ)ることはない。それが世の常識だ。(くつがえ)せるはずがない。だが生きているのだ。


 ならここはどこだと思い、辺りを見回す。一面に灰色の粉が舞っているだけだった。他には何一つ見つけることができない。いまだかつて見たことのない光景に、小さく開いた口が(ふさ)がらなかった。


「……ここは、どこなんだ」

「お主が力尽きていた場所。そう言えばわかるかの」

「……そうは見えないが」

「ふむ。妾が見たものを説明した方がよいか」


 リンネが考え込むようなそぶりを見せる。何を説明されるかはわからないが、聞き逃していい話ではないように思えたので、真剣な表情を作った。


「おそらく事の途中しか見ておらぬ故、いくらか想像力を働かせるのじゃぞ」

「わかった」

「うむ。では、話すとするかの。妾の封印が弱まり、最初に見えた光景は、金髪の小僧が『地獄の業火(アレスインフィルノ)』を唱えて森を焼失させる光景じゃった。まぁ、結果は言うまでもなかろう」


 息が詰まる。リンネの説明ですべて想像できてしまったのだ。助けを呼んできたニーナと、村人たちが殺されていく様子を。森が焼け落ち、実家も、村も、何もかもが灰に変わっていく様子を。それを平然と見ていたであろうレヴァンの様子を。


「うっ……」


 ()き気がする。まるで、体がこれ以上想像をしてはいけないと言っているようだった。そのため想像することを止め、話を先に進めることにする。肝心なことが分かっていないからだ。


「……状況はわかった。たくさんの人が死んだんだな。しかも、封印を解くのに十分な量の」

「そういうことになるの」

「なるほど。ただ、そうなると一つ()せないことがある。なぜ俺を蘇生させた。俺を蘇らせるメリットは何一つないだろう」

「確かにの。じゃが、妾はお主と交わしたではないか。再び会ったなら、何か一つ願いを叶えてやろうと。ま、死体ではあったが、交わしたものを反故(ほご)にするなどあり得ぬ。故に、願いを言えるようお膳立てしてやったのじゃ」


 案外律儀なヤツなのかもしれない、と思った。そして希望が芽生える。何か一つ願いを叶えてもらえるということなのだから。


「……なんでも叶えてもらえるのか」

「妾のできる範囲で、じゃ」

「できるとも。俺を蘇生させることができたのだから……」


 正座する。そして、地に額を擦り付けた。


「ニーナを。妹を蘇生してくれ」


 心からの願いを告げる。死んでいった他の人達に悪いとも思った。だが、どうしても傍にいてほしかったのだ。笑う顔が見たかったのだ。


「その妹は、この焼け野原のどこかにいたと思ってよいのか」

「ああ。おそらくこの周辺のはずだ」

「そうか。なら、残念じゃがその願いは叶えられん」


 返ってきたのは絶望の一言だった。

 反射的に体を起こす。


「なぜ! 俺を蘇生できるなら妹も蘇生させることができるはず!」


 リンネがたじろぐようにしながら一歩下がる。その姿を(にら)みつけながら、怒りに震えていた。


「……一度しか説明せぬからよく聞け。妾の行った蘇生じゃが、正しく言うと復元になる」

「復元……」

「そうじゃ。肉体を修復し、魂を埋めなおしたにすぎぬ。お主とは一度会っておったから、肉体も魂の形も覚えておった。じゃから復元できたが、お主の妹は――この惨状じゃともはや判別できぬ。肉体も、魂も」




 灰の海を見渡す。焦点は定まらなかった。




「――ニーナ。どこだ……ニーナ」


 言葉が風に流され消えてゆく。


「――」


 大切な者を失い、どうすることもできなくなった男がそこにいた。灰が風に巻き上げられ、頬が灰色となる。しかし、彼は拭おうとしない。時が止まったかのように固まっている。


「――『悲しむ女性』とは、妹のことであったか」


 しばし続いた静寂を破り、リンネが言葉を発する。男は(うつ)ろな目のまま動かなかった。


「蘇生させた妾にも責任がある。せめて、安らかに()かせてやろう」


 リンネが男の方に、一歩、また一歩と近づいていく。そのたびに灰が舞い上がり、燃え消えた世界を強調した。


 そして、とうとう男を見下す位置まで歩を進める。その表情は、どことなく暗く沈んでいるようだった。


 指を隙間なく並べた手が振り上げられる――。


「逝くがよい」


 男の首を目掛けて振り落とされた。


 しかし、その手は(くう)を切ることになる。男がリンネの足元に倒れ込むようにして避けたからだ。


「――やる」

「な、なんじゃお主!?」


 リンネが畏怖するように二歩下がる。徐々に持ち上がる男の顔は、狂気に染まりつつも笑っていた。


「殺してやるッ!」


 ショウは力の限り叫ぶ。その瞳は虚ろではなく、ハッキリと意思が宿っていた。黒く深い(まなこ)の先を燃やすようにしながら。


「……そうか。復讐(ふくしゅう)を望むか。道理よの」


 リンネがどこか納得したように鼻を鳴らす。そして、手を差し出した。その手を掴み、ショウはゆっくりと立ち上がる。


「では今一度聞こう。ショウよ、お主は妾に何を願う」


 灰色の地面から血が(にじ)むように赤い線が浮き出てきて、魔法陣が展開された。あたかも、願いが告げられるのを待つかのように明滅している。


 ――願いはただ一つ。勇者(レヴァン)を俺の手で殺すこと。そのための力が欲しい。なら、目の前にいる魔王を最大限に利用必要がある。『魔力共有マギカコンパラティ』で……いや、それだけじゃ足りない。となれば……。


 心を決めた。後先は考えていない。


「魔王、リンネ・ローゼンクロイツに願う――」


 だが、必ず成し遂げると誓う。命に代えたとしても。


「――お前は今から俺の奴隷だ」


 途端、魔法陣が激しく発光して大気を震わせる。さらに形を液体に変え、リンネの右手に流れ込んでいった。


 どんどんと吸収されていく。リンネの手の甲が赤く発光していた。


 やがて、全て吸収され、灰に満ちた世界が広がる。魔法陣は消失していて、ポカンとした表情のリンネが、(まばた)きを繰り返していた。


「一つ。俺の命令には絶対服従。二つ。俺に対し、直接、及び間接的に危害を加えることを禁ず。三つ――」

「ふざけるなぁぁ!」


 リンネが言葉を(さえぎ)るように、空中に多数の魔法陣を展開する。どのような魔法を使うかは理解できなかったが、人一人を殺すには十分であるということは理解できた。


「死――うっ、ぐっぐぅぅ……」


 リンネが言葉を発そうとした瞬間だ。突如リンネの右手の甲が真っ赤に光りだす。そして、体を震わせながら崩れ落ちた。


 その様子を見て、おそらく命令に背くとこうなるのだろう、と理解する。願いが叶ったことに満足した。


「うぅ、あぁぁ……」


 リンネが苦しみもがく。その間にリンネの傍まで移動した。先ほど吸い込まれるようにして消えていったものがどうなったか気になったからだ。


 リンネの右手を確認する。甲に真紅の紋様が刻まれていた。おそらく契約の証だろう、と判断する。


「立て。まだ話は終わっていない」


 リンネが悔しそうにしつつ、よろよろと立ち上がる。特に外傷はなかったが、腹部を押さえるようにしていた。


「三つ。俺に対し誘惑、及び洗脳の類を使用することを禁ず。四つ。俺の前で悪意ある嘘を吐くことを禁ず。五つ。お前の方から奴隷契約を解消することを禁ず……今は以上だ」

「……外道が」

「願いを叶えると言っておきながら、俺を殺そうとしたお前の方がよほど外道だ」


 そう答えて、リンネを意識の外に追い出す。第一にするべきことを考えるためだ。


 自問自答する。どうすれば勇者(レヴァン)を殺せるかを。どうすれば同じ痛みを――いや、それ以上の苦痛を与えられるかを。


「貴様、妾をどうするつもりだ」

「俺の方が上の立場だ。口の利き方には気をつけろ。……そうだな、ご主人様とでも呼べ」


 リンネが歯を食いしばり、怒りを(あら)わにした目を向けてくる。


「どうした。命令を聞けないとでも言うつもりか」

「――ッ。……ご主人様。妾をどうするおつもりでしょうか」

「どうするも何も、俺の復讐に付き合ってもらう」


 言い終わった後で気付いた。嫌々付き合わせるだけでは、必死になってくれないであろうことに。


 なら何を(えさ)とするか、と考える。リンネが欲しくて自分の要らないものは何かと。


 浮かび上がったのは、復讐を遂げた後の命だった。なぜなら、復讐を遂げた先に残るものは何もないのだから。


「……ただ、それだけだとお前のやる気が出ないだろう。復讐が終われば奴隷契約を解除する。その後は煮るなり焼くなり好きにしろ」

「……その言葉に偽りは無かろうな」

「ああ。その代わり、手となり足となり働いてもらうぞ」


 リンネが悔しそうな表情をした後、静かに目を(つむ)る。そして、ゆっくりと目を開いてから、「わかった」と呟いた。


「そうだ。一つだけ聞いておきたい。お前が見た『金髪の小僧』。あれと今戦って、お前は勝つことができるか」

「ふん。まともに対峙(たいじ)しておらぬ相手の力量など、測れるはずもなかろう」

「そうか。なら――」


 聞きたいことを聞いた後、再び第一にすべきことを考える。そして、進むべき道を決めた。まず最初にいろいろと確認が必要であると。


「今からエルフの森に向かう」


 ショウは宣言したのだった。


明日は夜の十時半ごろです。

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