49.カウレア鉱山~準備編~
魔族の村の朝は早い。朝日が見え始める頃には、ゴブリン達が自分の担当する農作物を見に行き、成長具合を確かめていく。そして水やり、雑草の整理、害虫駆除など、日によって微調整しつつ、様々な作業を行って農作物を育てるのだ。
こうした地味な積み重ねによって、おいしい野菜が出来上がる。それはもう頭が下がるような思いしかしないだろう。農作業と言うのは日々の努力の結晶なのだ。
「オーク長。悪いがノエルを頼む」
「わかりやした」
そんな光景を見ながら、ショウはオーク長にノエルを魔族の村に住まわせるお願いをした。答えは二つ返事で、オーク長が笑顔を作る。
「ですが、ノエルさんにも農作業を手伝ってもらいやすよ。働かざる者食うべからずですから」
「ああ、どんどん働かせていいぞ。ただ、農作業には慣れていないような気がするから、お手柔らかに頼むぞ」
「あいよ」
二人が口を閉ざし、ゴブリン達が働く音だけが響く。土を耕す音。葉が手が擦れる音。談笑をするゴブリン達の笑い声。そのどれもが、ショウにとっては子供の頃を思い出させるものであり、ノスタルジックな気分を与えるのだった。
◇◆◇
十時頃。エルフの森に行っていたリンネが、魔族の村に戻って来た。その後すぐ、ショウはリンネと共にランデルの宿屋――転移魔法を使用しても大丈夫なように借りっぱなしにしておいた宿屋に転移する。そしてランデルの商店街、『ミレット』に買い物へ出かけるのだった。
「それでショウよ。今回の買い物は何を買うのじゃ」
「『空気検知機』だ」
「またよくわからぬものが出てきたのう。それは一体何に使うものなのじゃ」
「鉱山内の有毒ガス検知に使う」
リンネが「ほぉぉ」と言いながら、どうでもよさげな表情となる。ルピアの時とは違い、興味を引かれなかったのだろう。
「あと、潤滑油も買わないとな」
「むっ。なんだか面白そうな予感がしてきたぞ。一体何に使うものなのじゃ」
――目ざとい。しかもイヤな予感しかしない。
そう思いつつ、口を開く。
「『トロッコ』だ。鉱山に行くにも、鉱山の中を移動するのにも使用しないと時間がかかってしょうがないからな」
「何やらよくわからぬが、トロッコとは移動に使うものなのじゃな」
「そうだ。説明は面倒だから省く。……先に言っておくが、お前には運転させんからな」
リンネが頬を膨らませる。運転させてもらえないことが不満なのだろう。だが、運転させると調子に乗ってスピードを出しそうなので、させるわけにはいかない。トロッコで事故死なんてことは避けないとならないのだ。
「おっと、ここだ。入るぞ」
大型の鉱山用具店に入る。ランデルでは採掘が盛んなためか、なかなかに盛況していた。ガタイのいい人が多いのは、鉱山夫が買い物をする場所だからだろう。少しばかり男臭い。
「おおっ。何やらよくわからぬものが沢山売っておるのう」
リンネが一人で奥へと向かっていく。さらに近場にあった高倍率ルーペを手に取り、目をキラキラとさせていた。
「買わないからな」
「ケチじゃのう。少しくらいいいではないか」
口を尖らせたリンネが隣に戻って来る。ジト目気味で、何でも欲しがる子供のようだ。しかし無駄金を使うわけにはいかないので放置する。そして、お目当ての物を探すのだった。
それからしばらくして――。
「こちらも捨てがたいのう……」
リンネが何種類もある腕輪型の空気検知機を見比べ、何度も唸る。用途はどれも一緒なので正直どれでもいい。だが、『買うのなら妾が選びたい』と言って聞かなかったのだ。
「潤滑油、選び終わったぞ。早くしろ」
「待つのじゃ! 相応しいアクセサリを選ばねば、妾の気品が損なわれる!」
そう言うと、リンネが再び空気検知機の選定に戻る。目つきは真剣そのものだ。あまり口を出しすぎると、その内怒り出してしまうだろう。それほどの雰囲気だ。
――想定外のところで時間を取られることになってしまった。
心の中で盛大なため息を吐く。女性鉱夫をターゲットにした、アクセサリ風空気検知機が売られているとは思わなかったからだ。
そして、こうなると女性は長々と買い物をするというのは身に染みて理解している。妹の買い物に付き合わされ、何時間も後ろで突っ立っていた経験が幾度となくあるからだ。
――命令して適当に決めさせてもいいが、後が面倒臭そうだしなぁ……。
妹に適当な物を選ばせて、ブーブーと文句を言われた時のことを思い出す。結局、返品して買い直しまでさせられたなぁ、と懐かしくなるのだった。
一時間後――。
「どうじゃ、似合っておるじゃろう」
リンネが腕を伸ばし、金メッキの貼られたシンプルな腕輪を見せびらかす。大層機嫌が良いみたいで、鼻歌を歌っている。
「……物を買う時はもっと早くしてくれ。色々と予定が狂う」
「別に良いではないか。一時間程度なら誤差じゃ」
「あのなぁ……」
ため息を吐く。次から買い物は一人の方がいいかもしれない……、と心の中で呟くのだった。
◇◆◇
ランデルの街を少し外れたところに、大型のトロッコ乗り場がある。そこでは日々、多くの鉱夫達が働いていた。
彼らの作業は主に四つ。鉱物の採掘。運搬。鑑定。そして換金だ。トロッコに乗って鉱山へ行き、鉱物を採掘してはトロッコに載せて戻って来る。その後はお待ちかねの鑑定と換金だ。
その結果に一喜一憂し、酒を奢り出す者や、手と膝をついて泣き崩れる者。様々な人々が特有の活気を作り、どこか血を滾らせるような雰囲気が漂っている。古めかしい言い方をすれば、男のロマンに溢れていると言っていい。
そんなトロッコ乗り場に、ショウはリンネを連れて訪れていた。
「すみません。トロッコを一つ借りたいのですが」
声に反応し、木製カウンターの奥から一人の鉱夫がやってくる。手は所々黒くなっていて、先ほどまで作業をしていたとうかがえる。
「兄ちゃん、見ない顔だね。冒険者かい」
「ええ。依頼を受けて、カウレア鉱山に行かないとならなくなりまして」
鉱夫が驚いたように目を見開く。
「悪いことは言わねぇ、やめときな。あそこは危険だ。毎年何人か冒険者が来るが、生きて帰って来た試しがねぇ」
「へぇ。上級魔族でも居ついているのですか」
「さあな。五十年ほど前に廃鉱となってからは、鉱夫は誰一人として寄り付かねぇ。情報なんて何一つないさ」
「なるほど……」
鉱夫の言っていることが正しければ、益々以て都合がいいと思う。人の出入りが少なく、力の強い魔族にも期待が持てそうだ。
「ですが、こちらも生活が懸かっています。引き下がるわけにはいきません」
「……そうかい。事情は分からねぇが、俺は忠告したからな」
料金表が差し出される。
「言っとくが、五割増だからな」
「帰ってくる保証がないので仕方ありませんね」
トロッコの料金を支払う。すると、天井から三十一番のプレートが下がっている乗り場を指さされた。
「潤滑油は持ってるかい」
「ええ。ちゃんと準備してきました」
「結構。なら乗り方は」
「前に一度乗ったことがありますので」
鉱夫が頷く。それを最後に、目を合わせてこようとはしなかった。あちらから見れば死にに行くようなものなので、当然の反応だろう。
「行くぞ、リンネ」
鉱夫に背を向け、乗り場に向かって歩き出す。鉱物の独特の臭いがする中を進み、トロッコ乗り場へと移動した。
ホコリ被ったトロッコがレールの上に乗っていて、普段から使われていないことを表している。流石に掃除してからでないと乗れないだろう。
「リンネ、洗ってくれ」
「水洗いでよいのか?」
「ああ」
返答すると、リンネが『水洗』を唱えてトロッコを洗う。見違えるほど綺麗になった。これなら乗っても汚れないだろう。
「さてと」
トロッコの車輪に潤滑油をさす。そしてトロッコを前後に動かし、円滑に動くかどうかを確認した。
「問題なし。それじゃあ行くか」
「なんだかよくわからぬが、ワクワクしてきたぞ」
リンネが目を輝かせ、トロッコに乗り込む。そのトロッコを後ろから押して、勢いに乗ったところで飛び込むのだった。
次回は1/8(金)です。




