表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/70

4.日常~最後の幸せ~

「入っていいぞ」


 本をカバンにしまい終えたところで、ショウは返事を返す。すると、パジャマに着替えたニーナが、嬉しそうな表情で部屋の中に入ってきた。


「お兄ちゃん。お疲れ様」

「ニーナもお疲れ」


 (ねぎら)い返すと、ニーナが(そば)に寄ってくる。昼間とは違い、髪を下ろしているせいか雰囲気が若干違う。子供っぽさが薄くなり、どこか大人びていた。


「パジャマに着替えてない。……もしかして、まだ体洗ってないの」

「座ったら動く気力がなくなった」

「も~。ほら、『水洗(ウォッシュ)』するから立って」


 ニーナに促されたので立ち上がる。すると、ニーナが床に青い魔法陣を浮かび上がらせた。


 『水洗(ウォッシュ)』の魔法陣である。


 『水洗(ウォッシュ)』とは、物体を水洗いする魔法だ。日常生活でもよく使われ、洗濯、食器洗い、湯浴みの代わりなど、用途は幅広い。といっても、ニーナに使ってもらう前提の代物ではあるが。


「お兄ちゃん。準備はいい」

「いつでもいいぞ」

「それじゃあ、――『水洗(ウォッシュ)』」


 魔法陣が発光する。同時に体中が薄い水の(まく)に包まれた。さらに水が流れ始め、体中が洗われていく。


 ――気持ちいい。


 マッサージするかのような水流のせいで、思わず心の中で呟いた。(ひか)えめに言って最高の気分である。


「はい、お終い」


 魔法陣が消えると同時に、体を包んでいた水も消えた。なぜ服が水で濡れていないかはわからないが、きっと魔法をコントロールしているのだろう。そう納得する他ない。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ニーナがはにかんでくる。


 少し気恥ずかしくなってきた。ニーナに気取られない内に、さっさと誤魔化して寝てしまった方がいいと判断し、口を開く。


「さて、俺はもう疲れた。寝る」


 ベッドに腰を掛ける。すると、ニーナが隣に座った。しかも満面の笑みを浮かべている。


「私も疲れたから寝る」

「……どうして隣に座る」

「一緒に寝よ」


 盛大にため息をついた。言っている意味を理解しているか、と説教をしたい気分になる。だが、あれこれ言うほど元気も残っていなかったので、やんわりとだけ言うことにした。


「もう子供じゃないんだ。一緒に寝る、は卒業しよう。な」

「じゃあ私、一生子供でいい。子供だから一緒に寝るの」


 屁理屈である。つまり、意図が伝わっていないということだ。


「あのな。人は成長する生き物なんだ。心の中でどう思っていようとも、体は大人になっていくんだ。ずっと子供でいることはできない。わかるな」

「……一緒に寝るの、嫌?」

「だからそういう問題じゃなくてだな……」


 否定を口にはしているが、押し負けそうである。ニーナが(そで)のあたりをちょこんとつまみ、うるうるとした瞳で見つめてくるからだ。


 経験上、ニーナはこうなると絶対に引かない。首を縦に振るまであの手この手を尽くしてくる。そして、最後は折れるしかなくなり、結局首を縦に振ることになるのだ。


「お兄ちゃん、嫌?」


 袖を引いてくる。さらに、今にも泣きだしてしまいそうな表情となった。どうやら折れる以外になさそうだ、と悟る。いつもの事なのだが。


「……一緒に寝るか」


 途端にニーナの顔が明るくなる。先ほどまで見せていた泣きそうな雰囲気はどこへ行ったのか。本当に不思議で仕方がない。


「とりあえず着替えるから、一旦外に出てくれ」

「うん!」


 軽い足取りで、ニーナが部屋の外に出てドアを閉める。それを確認してから、小さくため息を吐いた。


 ――どうしてあんなふうに育ってしまったのか……。


 甘えてくれるのは非常に嬉しい。だが少々甘えすぎである。もう少し女性であることを自覚してくれないだろうか。


 そんなことを思いながら着替えていく――。

 そして着替えを終えた。ちょうどその時、ドアがノックされる。


「お兄ちゃん。まだ?」

「もういいぞ」


 答えた瞬間、ドアが開く。見るからにご機嫌のニーナが部屋に入ってきた。


「それじゃあ寝るか。明かり落としてくれ」

「うん。――『(ライト)』」


 ニーナが呪文を唱えると、部屋の中が暗くなる。一階の酒場から小さく響く喧騒(けんそう)が聞こえるだけとなった。


 ベッドに寝転がる。そして布団をかぶった。その後で、ニーナが潜り込むようにして布団の中に入ってくる。


「お兄ちゃん、腕枕」


 まだ甘え足りないか。心の中でつっこんだが、腕を伸ばす。すぐさまニーナが頭を乗せてきた。さらに、体を横にして抱きついてくる。


「おやすみ、お兄ちゃん」


 ニーナが安心するようにして(まぶた)を閉じた。暗くてあまりよく見えないが、それでも可愛いと思う。


「ああ、おやすみ」


 頭を乗せられていない方の手を伸ばして、ニーナの頭を軽く撫でる。すると、すぐに寝息を立て始めた。


 よほど疲れていたのだろう、と申し訳ない気分になる。なし崩しで、ニーナにも酒場の手伝いをさせることになってしまったからだ。


 だから、明日の朝にでもパフェをご馳走しようと誓う。今日食べさせてあげられなかった分も含めて、二つは(おご)らないとと思うのだった。



 ◇◆◇



 翌朝――。

 一階へと降りたショウは、席に着きながら腹を鳴らしていた。


 スクランブルエッグが乗っているサラダに、オルテニシアサーモンの塩焼き。タマネギのスープに、何枚かのオークハム。目の前にはスタンダードな朝食が並ぶ。


 しかし、ただの料理ではない。

 これらはすべてニーナの手料理なのだ。


「いただきます」


 手を合わせた後、オルテニシアサーモンの塩焼きを適度な大きさに切り分ける。そして、いくらかオークハムの上に置いた。さらにサラダもオークハムの上に乗せる。最後に、それらをオークハムで包み込んで口に運んだ。


「うまい!」

「えへへ。よかった」


 エプロン姿のニーナが、照れるようなそぶりを見せる。そんな中、どんどんと食していき――。


 あっという間に無くなってしまった。


「ごちそうさま」

「おそまつさまです」


 ニーナがすかさず寄ってきて、食器を下げていく。本当にできた妹だ、と感服してしまった。


「ショウ、おはよう」


 そんなニーナと入れ替わるように、酒場のマスターが店の入り口から入ってくる。おそらく、店の前を掃除していたのだろう。手に雑巾が握られている。


「おはようございます」

「ははっ。羨ましいヤツめ。ニーナちゃんの手料理、うまかっただろう」

「ええ。昔とは大違いです。よく焦げた料理を食べさせられていたのに……」


 ドタドタと走る音が響く。ふくれっ面をしたニーナがすぐに戻って来た。片付けはどうしたのだろうか。そう思ったが、『水洗(ウォッシュ)』一つで簡単に終わるので納得する。


「お兄ちゃん、恥ずかしいこと言わないで!」

「事実だろうが」

「そうだけど……」

「ハハッ。相変わらず仲がいいな」


 マスターがニヤッと笑う。少し照れくさかった。


「そういえばショウ。彼女とかいないのか」

「残念ながら、生まれてこの方いたことがありませんよ」

「それなら、そこにいい()がいるじゃないか」


 視線を追ってみると、頬を染めたニーナの顔が映る。同時に、まったくちょうどいいわけがない、と心の中でつっこみを入れた。なんと言っても兄妹だからだ。


「ニーナはないですよ。兄妹ですからね」

「でも血は(つな)がっていないんだろう。なら、役所で血縁関係を破棄すれば、結婚だってできる」

「事実だけ言えばそうですが、さすがにちょっと……」

「もったいないなぁ。せっかくお似合いなのに」


 マスターがニーナに笑いかける。

 すると、ニーナの顔が真っ赤になった。


 その様子を見るこちらまで恥ずかしくなってくる。だから、お茶を濁すために口を開いた。


「すみません、お願いがあるのですが」

「なんだ」

「ニーナにパフェをご馳走してやってもらえないでしょうか。昨日は食べさせてあげられなかったもので」

「そいつはすまなかった。すぐに用意する」


 マスターが厨房の方へ行く。同時に、ニーナと二人きりになってしまった。


 いつもなら軽口をたたき合うのだが、ニーナが顔を赤くしてうつむいたままのため、話しかけづらい。


 ――気まずい。


 そう思いながらぼーっとしていた。すると、いつの間にかパフェを持ったマスターが戻ってくる。


「お待たせ」


 フルーツを盛り合わせたパフェが置かれた。


「うわ~、おいしそう。いただきます」


 目を輝かせ、ニーナがパフェを食べ始める。その姿を、お疲れ様と思いながら眺めていたのだった。




 それからしばらくして――。




 ニーナが最後の一口を頬張る。その後、「ごちそうさま」と手を合わせ、満足そうに微笑んだ。


「食べ終わったか。さて、俺は実家に帰るとするか」

「えっ。聞いてないよ」

「言うのを忘れていたからな」

「も~」


 ニーナが頬を膨らませる。


 それを見て、つい指で押してしまった。空気が抜ける音と共に、ニーナの頬がへこんでいく。


「むぅぅぅぅ」

「すまんすまん。まぁ、それは置いておくとして。最近忙しくてなかなか帰れなかったからな。そろそろ墓周りの掃除をしないと」

「……そっか。なら私も帰る。勇者凱旋のおかげで、学校はしばらくお休みだから」

「そうなのか。じゃあ、一緒に帰るとするか」


 ニーナが頷く。どことなくだが嬉しそうに見えた。


「私、下宿先から荷物を取ってくる」

「わかった。すぐに出るつもりだから、なるべく早めにな」

「は~い」


 ニーナが飛び出していく。パフェの容器は任せたと言うことだろうか。そう思いながら、ニーナを見送るのだった。


 その後、仕方がないので残されたパフェの容器を片付ける。そして、マスターに会いに行った。働いた分は支払ってもらわないと困るからだ。


「マスター。給料を支払ってください」

「おっと、忘れるところだった。ええっと……そうか、ショウは現物支給じゃないとダメなんだったな。そこに掛けて待っていてくれ」


 言い残すと、マスターが奥の部屋へと消えていく。少し申し訳ない気分になってしまった。こんなところでも、魔法を使えない影響が出てしまっているからだ。


 ――俺も『預金(フォーリオ)』が使えればなぁ。


 ため息をつきながら椅子に座る。魔法が使えないことに、改めて辛さを感じてしまったからだ。


 オルテニシア王国には、生活魔法と呼ばれる魔法がある。日常生活を送る上で、使用頻度が極めて高い魔法をまとめてそう言うのだ。『水洗(ウォッシュ)』などがいい例である。


 そんな生活魔法の中でも、替えが効かないとまで言われる便利な魔法がある。それが『預金(フォーリオ)』だ。


 『預金(フォーリオ)』を使えば、銀行が発行してくれる『預金(フォーリオ)カード』を介し、お金の預け入れ、引き出しを行うことができる。そのため、給料の支払いなどは『預金(フォーリオ)』で行うのが一般的だ。


 もちろん、カードを使って買い物することもできる。だから、一般人の大半が金品を持ち歩かない。『預金(フォーリオ)』さえ使えれば必要ないからだ。


「ショウ、待たせたな。二人分の給料だ。くすねるなよ」

「そんなことしませんよ」


 苦笑いをしながら小袋を受け取る。中を確認し、いくらかの銅貨が入っていることを確認した。


「ありがとうございます。それでは失礼します」

「おう。また機会があったら手伝ってくれ」


 軽いノリのマスターを見ながら、二階へと移動する。そして、荷物をまとめてから一階へと降りた。


 そのあと、少し時間を潰して――。


「お待たせ、お兄ちゃん」

「よし。それじゃあ帰るとするか」

「うん」


 頷いたニーナと共に、ショウはフルールを後にするのであった。

 兄妹で食べる最後の食事とも知らずに――。


予告通り、明日は夜の七時半ごろとなります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ