38.ノエルとの出会い
翌日の八時頃――。
朝日が強くなってきたことで目覚めたショウは、普段と同じように手早く着替える。そして、リンネが眠るベッドの横に立った。
「これをやるのも久しぶりだな」
布団に抱きつき、幸せそうにしているリンネに笑いかける。毎朝毎朝よくもまあ寝ていられるものだと感心した。だが、そろそろ起きてもらわないと予定が狂ってしまう。だから、必殺技の体勢を整えることにした。
リンネが眠るベッドのシーツを両手で握る。さらに、斜め上に引っ張れるよう若干腰を落とす。
「完璧な角度だな。――それっ!」
容赦なく引っ張った。すると、リンネがベッドから転げ落ちて盛大な音を鳴らす。その後よろよろと起き上がり、睨みつけてきた。目尻にはほんの少しだけ涙が溜まっている。
「起きたか」
「『起きたか』じゃないわ! いきなり何をするのじゃ!」
「幸せそうに寝ていたから叩き起こしたくなった」
「意味が分からぬ!」
リンネの目力が強くなった。だがその程度では何も感じない。妹を持つ兄を舐めてもらっては困る。今までいくつもの修羅場を乗り越えてきたのだ。
起きないに始まり、二度寝、三度寝、終いには暴れだす妹をひたすらなだめる日々。……もちろん小さかった頃だけなのだが、まさに地獄のような日々だった。それに比べれば可愛いものである。むしろなんて大人しいヤツなんだと褒めちぎりたいくらいだ。
「冗談だ。『ギルド』に行くぞ。今日から本格的に魔族集めをするためにな」
「むぅぅぅぅ。ギルドとやらはよくわからぬが、もっと優しく起こすのじゃ!」
「寝起きがよくなってから言うんだな。それより、さっさと着替えろ」
適当に言い残して部屋を出る。ドアを閉めて、リンネが着替え終わるのを待つのだった。
それからしばらく、部屋の中がバタバタするのを聞く――。
いくらか時間が経ち、着替えを終えたリンネが部屋から出てきた。表情はまだ不満げなものである。おそらくまだ根に持っているのであろう。それか、まだ寝ていたかったのどちらかだ。
「それで、ギルドとは何なのじゃ」
「冒険者。要は金を積めば何でもやる便利屋たちの管理組織だ」
「ふむ。それと魔族集めに何の関係があるのじゃ」
「道すがら話してやろう。今は時間がない。とりあえず出るぞ」
歩き出すと、リンネが首をかしげながら付いてくるのであった。
◇◆◇
『オルテニシア冒険者組合』。名称が長すぎるため、『ギルド』と略される国営組織だ。
このギルドと呼ばれる組織には、報酬付きの依頼が持ち込まれる。依頼主が金銭を用意し、解決してくれる冒険者を募集するのだ。
内容は多岐にわたり、命に関わるようなものから、ボランティア活動といったものまで様々である。だが、人気が高いのはもっぱら魔族絡みだ。討伐、護送、魔族密集地への資源採集。依頼主では困難な事が冒険者達に委任されるのである。
また、魔族絡みの依頼は、冒険者達からも歓迎されていた。理由はいくつかあるが、大きく分けると二つである。
一つ。高額な報酬を見込めること。特に、力の強い魔族を相手にする場合は報酬が跳ね上がる。受託する冒険者は命を張ることになるので、その分を見越した報酬が設定されるからだ。
二つ。名誉と地位が得られること。ギルドでは、難易度の高い依頼をこなした冒険者に、栄誉を称える名目でエンブレムを与えるのだ。このエンブレムは色により階級分けされていて、冒険者の格を表している。一般人にも広く認知されているので、羨望の目で見られることになるのだ。
そういう理由があるため、いい依頼は取り合いとなる。朝九時になると、ギルド内に設置されている掲示板に依頼が張り出されるのだが、早い者勝ちなのだ。だから今現在、ギルド内の掲示板には人だかりができている。皆、目が血走っていた。
「やっぱり相変わらずだな」
その人だかりを、ショウは少し離れたところから眺める。隣にいるリンネは、どこか難しい表情をしていた。
「……冒険者と言うのは人気があるのじゃな」
「まぁ、一般人が欲しがっても得られないような大金と、名誉が得られる夢のような職業だからな。かく言う俺も、少し前まで冒険者だった」
「……魔族への迫害がここまで進んでおろうとは。少しばかり想定外じゃった」
ポロリと零れる言葉に、リンネの本音が見え隠れする。おそらく、複雑な感情を抱えているのだろう。
「……人の意識を変えるのは大変なことだ。それでも進むと決めたんだろう」
「そうじゃ。じゃから今は我慢する。討伐される同胞もおろうが、それは仕方のないことじゃ」
少しだけ、リンネの唇が震えている。本当のところは目の前の冒険者達を止めたいのだろう。だが、そんなことをすればどうなるか。ある程度察して行動をいてくれていた。
「さて、そろそろ俺達も見に行くとするか」
「それはよいのじゃが、紙がほとんど残っておらぬでないか」
「いいんだよ、それで」
人が少なくなった掲示板前に移動し、残っている依頼書を右端から眺めていく。わざわざ、人がいなくなるまで待ったのは、最上級の討伐依頼書だけを狙い撃ちするためだ。
ギルドの掲示板に残る依頼は、主に三種類である。儲けが少なくて割に合わないもの。人気の低いボランティア系のもの。そして、あまりにも難易度が高すぎて手が付けられないもの。この不人気トリオだ。
――下級魔族の討伐依頼か、人気のないボランティア系の依頼ばかりだな。
目的のものが見つからないので、どんどんと左へと移動していく。と、その時、同じように依頼書を見ていた人とぶつかってしまった。
「申し訳ありません。不注意でした」
軽く頭を下げて女性の姿を確認する。真っ白な髪に整った顔立ち。装備自体は軽装のようだが、明らかに上等な物を身に付けていた。
さらに、辺りの空気まで変えてしまうような、柔らかくも凛とした雰囲気を醸し出している。その雰囲気は、冒険者が持つような無骨なものでなく、誰かに仕える騎士を連想させた。
「私の方こそ申し訳ありません」
女性が軽く頭を下げて謝ってくる。その際、襟元に付けられているエンブレムが目に入った。
――白金!
表情こそ変わらなかったものの、エンブレムの色に驚く。国内でたった五人しかいない、最上級冒険者を表す色だったからだ。
そして、女性であることから誰かが特定できてしまった。白金エンブレムを持つ女性は、この国に一人しかいないからだ。
「失礼。もしかして、ノエル・バラデュール殿ではないでしょうか」
女性が困ったような表情で笑う。
だが、すぐに口を開いた。
「ノエルとお呼びください。私はバラデュールの名を捨てた身ですから」
「失礼しました。それで、ノエル殿はここで何をしていらっしゃるのでしょうか」
「貴方と同じですよ。依頼を探しているのです」
「どのような依頼ですか? ノエル殿がこなすほどの依頼となると、相当危険なものと思われるのですが」
ノエルが再び困ったようにして笑う。どことなくだが、誤魔化したいのではないかと思ってしまった。
だが、是が非でも聞き出したい。もし有力な魔族ならば、討伐されるより先にリンネの配下に加えたいからだ。
「……私はまだ死にたくありません。力の強い魔族のいる地域には行きたくないのです。もし情報を持っておいででしたら、教えていただけると幸いです」
沈黙が続く。
ノエルの表情は相変わらずだった。
しかし――。
「……他言無用にしてくださいね。まだ公にはなっていないようですから」
しばらくするとノエルが口を開く。どうやら観念してくれたようだ。笑顔が消え、真剣な表情である。
「わかりました」
「では、簡潔に。……私は今、『フェンリル』を追っています」
――フェンリル!
思わず目を見開く。最上級クラスの魔族の名が飛び出したからだ。
「……目撃情報があったのですか」
「ええ。三日ほど前に、ガラムダ荒原で」
「……情報提供、ありがとうございました。ガラムダ荒原には近寄らないようにさせていただきます」
「そうしていただけると助かります。では、私はこれで」
ノエルが頭を下げて立ち去っていく。その後ろ姿を見ながら、運が向いてきたようだ、と喜ぶのだった。
次回は12/17(木)です。




