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37.アイリスの話

 いくらか打ち解けたショウとオーク長は、他愛ない話に花を咲かせる。主に兄妹の話だ。


 そんな中で、ショウはさらりと勇者(レヴァン)への復讐心を打ち明けた。当然ながら、オーク長が驚いたように表情を歪める。


「勇者が同族殺しをするなんて初めて聞きやしたぜ」

「でも、それが俺の見たもの。俺が奴を許せない理由だ」


 重い言葉が部屋の中に響く。オーク長がゆっくりとうつむいた。


「兄妹を失うのは辛いですわ……。自分も、たまに見る夢でうなされる時がありますから」

「俺もだ。しかも、決まって楽しいことばかり思い出すのが憎らしい。たまには腹立たしく思った時を思い出してもいいのに……」

「確かにその通りですわ」


 苦笑いをこぼし合う。思いを馳せる内容は違えど、家族に対する愛情に違いはないのだと。


「今度来るときは酒を持ってくる。付き合えよ」

「もちろんでっせ。その時には、畑で採れたものをつまみにしやしょう」

「いいねぇ。期待してるぞ」


 にやりと笑って見せる。オーク長が胸を叩いて返答してくれた。


 ちょうどその時――。

 ドアが開き、リンネとアイリスが入ってくる。


「ショウ、戻ったぞ」

「お久しぶりです、ショウさん」

「アイリスさん、ご無沙汰しています」


 小さく頭を下げ、アイリスに挨拶した。すると、「相変わらずですね」とこぼされてしまう。特に変なところはないと思うのだが。


(あね)さん。ようこそ魔族の村に」

「オーク長さんもお元気そうで何よりです。それより、これを皆さんに」


 テーブルの上に箱が置かれ、蓋が開けられる。中には大量のクッキーが入っていた。おそらくアイリスのお手製だろう。


「いつもいつもすみません。皆喜びますわ」

「いいえ」


 オーク長に対し、アイリスが笑顔で返す。どうやらアイリスと魔族達の関係は良好らしい。オーク長が『いつも』と言っているあたり、定期的な差し入れが行われているのだろう。


 ――アイリス以外のエルフも皆こうなのだろうか……。


 などと思いながら眺めていると、リンネがつまみ食いをし始める。しかも、一度に三枚まとめて頬張った。本当に食い意地の張っているヤツである。


「では、早速皆に配ってきます」

「妾も行くのじゃ。皆を労うのも妾の仕事じゃ」


 リンネとオーク長が軽い足取りで出ていく。その後ろ姿を笑顔で見送った。そのため、アイリスと二人きりになってしまう。


 しかし、とても間がいいと思えてしまった。浮かんできた疑問を聞くには申し分ないタイミングである。


「魔族とうまくやっていけそうですか」

「ええ、私たちエルフは大丈夫ですよ。そう言うショウさんの方こそどうなのですか。リンネちゃんから聞いていますよ」

「……ぼちぼちと言ったところですかね。とりあえず、オーク長とは話せるようになりました」


 アイリスが小さく笑う。そして、ゆったりとした動作で近くの椅子に座った。


「……ショウさん。私たちエルフの話をしてもいいでしょうか」

「エルフの話ですか……。どうぞ」

「では」


 アイリスが目を(つむ)る。それから(まぶた)を開け、おもむろに口を開いた。


「エルフがなぜ人との関りを避けるか。それは非常に単純な話で、寿命が合わないからです。人の命は短い。必ず私たちより先に亡くなり、別れが訪れる。親しくなるたび、関わる人が増えるたびに、悲しみが増えていくのです」

「……月並みですが、それは辛いですね」

「ええ。だから、私たちの先祖は人里離れた森に引きこもったのです。ですが、そこで出会いがありました」

「出会い……ですか」

「はい。私たちエルフは魔族と出会ったのです」


 少し呆然としてしまう。アイリスの言い回しを考えれば、魔族に対し、前向きな言葉が続くと想像できるからだ。


「初めの頃は縄張り争いが絶えなかったそうです。住みよい場所を求めて、戦いに明け暮れる日々が続きました。しかしある時、重大なことに気付いたのです。魔族の中には、非常に長寿な方がいることに」

「……それは、分かり合える相手が見つかったということで合っていますか」

「そうです。仲間が見つかった。手を取り合える相手が見つかった。それは、エルフという種族が、孤独から解放されたことと同じです。きっと、当時のエルフたちは喜んだことでしょう」


 紡がれる言葉に優しさが、喜びが乗っている。そのことが、間違いなく真実を語っていると感じさせた。


 表情も実に嬉しそうなものである。が、続く言葉を発そうと口が開いた瞬間、陰りが見え始めた。


「ただ、魔族との関係は長く続きませんでした。人が魔族を滅ぼし始めたからです。魔族に加担すれば滅ぼされてしまう。だから、エルフは存続のために、知らぬふりを貫き、そして生き残りました」


 辛そうな表情のアイリスが、まるで遠くを見るように天井を見上げる。


「エルフは、私たちはまた、孤独な道を歩みました。傷つくこともなく、何も変わらない日々を……」

「……さぞ、お辛いことだったと思います。残念ながら、私には理解しきれないでしょうが」

「ふふっ。ショウさんらしい言い回しですね」


 アイリスが微笑んできた。


「私らしい、ですか」

「ええ。できる限り相手の身になって考えようとするところがまさに」

「……買い被り過ぎですよ。勝手な想像を思い浮かべているだけですから。私は、ひたすら自己中心的な人間です」

「そうですね」


 どことなく生暖かい感じの相槌が返ってくる。さらに、くすくすと笑われてしまった。


 ――嫌な気はしないが、なんだかなぁ。


 妙に照れ臭く、頬をかいてしまうのだった。


「……ショウさん。私はリンネちゃんを応援し続けます。エルフのためにも。私自身のためにも。いつの日か、この国が変わる時まで」

「……よろしくお願いします。私が生きている間では難しそうですから」

「もうっ。そんな弱気ではだめですよ。リンネちゃんが泣いちゃいます」

「ははっ。さすがにそれはないと思いますよ」


 笑って返すと、少々変わった雰囲気が漂う。発しているのはアイリスだ。


「ショウさんが羨ましいです」

「なぜでしょう」

「……秘密です」


 それっきり、アイリスが口を開くことはなかった。そのため、妙な雰囲気を(にご)すために、早く帰って来てくれ、とリンネの帰りを心待ちにするショウなのであった。



 ◇◆◇



 魔族の村で二十一時頃まで過ごした後、ショウとリンネはランデルの宿屋まで転移する。そして並びあってベッドに座り、ここ最近の日課――魔力のコントロール特訓を開始した。


「『(ライト)』」


 ショウの手のひらに白い光球が浮かび上がる。その後、輝きは徐々に赤く染まっていった。さらに、青、緑、茶、白の順で移り変わっていく。もちろん、ショウが魔力のコントロールをして色を変えているからだ。


「――できた」

「物覚えの早いヤツじゃ。完璧ではないか。あとはもう少しスムーズにできるようになるだけじゃな」

「ああ。……よし、少ししか練習してないが、今日はもう寝る。ちょっと疲れた」


 ショウは大きく伸びをした後、ベッドに倒れようとする。しかし、それを遮るかのように、リンネがショウのパジャマの端を掴んだ。


「待つのじゃ。村の感想を聞かせてほしいのじゃ」


 リンネがせがむ。どこか必死さを感じさせるように、瞳が揺れていた。


 ――(ニーナ)もよく、こんな表情をすることがあったな……。


 懐かしさに浸る。こういう場合、どれだけ言葉を尽くしても無駄だったなと。


「……そうだなぁ。想像以上によかった。人間の村と遜色(そんしょく)ないし、普通の会話ができる。正直驚きだ」

「他にはないのか」

「まだまだ発展していけると思った。魔族には色々な種族がいるからな。だが、その分だけいざこざもあるだろう。大変なのはこれからだ」

「そうか。他には」


 どこまででも聞いてくる。おそらく、待ち望んでいる言葉があるのだろう。なぜなら、昔、(ニーナ)が同じような雰囲気を醸し出したことがあったからだ。


 ――どんな言葉がほしいか……。考えるまでもないか。


 リンネが望むもの。魔族が平穏に暮らせる国には、人との交流が含まれている。リンネ自身がそう言っていたのだから。なら、答えは簡単である。


「オーク長と話して、人も魔族も感情に違いはないと感じた。きっと、人と魔族が手を取り合う日がくる。お前が頑張ればな」


 笑みを返す。

 すぐにリンネが破顔した。


「うむ。やはりショウを連れていって正解じゃった」

「俺からすればはた迷惑だったがな」

「その言い方はないじゃろう。少し前まで、皆で楽しそうに会話しておったのじゃから」

「……お前、俺がなんで村に行くのを嫌がったか覚えてるか」

「もちろん覚えておらぬのじゃ」


 リンネが悪戯めいた表情で笑う。だから、このやろう、と心の中で呟いておいた。


「……やっぱり食べ物が絡まないと覚えられないみたいだな」

「なんじゃその言い草は!」

「俺の奴隷なんだから、このくらいは受け入れる器量を見せてもらわないとな」

「皮肉を受け入れるのに奴隷は関係ないじゃろうが!」


 大きな声で笑う。

 リンネが恨めしそうな表情をしていたが、次第に笑みに変わっていった。


「さぁ、いい加減寝るぞ」

「そうじゃな」


 おやすみ、と声を掛け合い、ベッドに横になるのだった。

次回は12/15(火)です。

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