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3.酒場の一幕~勇者来店~

「やっと抜け出せた……」


 王都の中央区画。そこにひしめく観客の波から抜け出したショウは、大きなため息を吐いた。抜け出す過程で踏んだり蹴ったりにされてしまったため、体中が痛いのである。


 そのため、後で湿布を貼らないといけないな、と自身を気遣った。冒険者は体が資本だからだ。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 声を掛けられたため、腕に組みついているニーナを見る。見た感じ無傷のようだ。同じ人混みを歩いたはずなのに、どうしてこうも違うのだろうか。理不尽極まりない。だが、ニーナが無事でなにより、と安堵(あんど)してしまうのだった。


「大丈夫だ。それより、パフェを(おご)る約束だろ。いつものところに行くぞ」

「うん!」


 ニーナを腕に抱きつかせたまま、ショウは西区画の裏通りを目指して歩く。そこに行きつけの酒場、『フルール』があるからだ。


 なぜ行きつけかと言えば、マスターの人柄がよいからである。魔法を使えないからという理由で差別することがなく、あまつさえ働かせてくれたこともあったのだ。


 また、マスターの人柄が良いことが関係しているのか、フルールに集まるお客達の人柄も良い。魔法が使えないからといって、嘲笑(ちょうしょう)するような者は非常に少なかった。要は居心地がいいのである。


 だから、ニーナに食事をご馳走する際はいつもフルールだ。料理も絶品ため、言うことなしである。


 しかし、到着した先に待ち受けていたのは――。


「いいところに来た! 金は出す、手伝ってくれ!」


 客で(あふ)れ返るフルールと、まるで救世主が現れたかのように見つめてくるマスターだった。そう、勇者凱旋の余波は、飲食店に直撃していたのである。




 それからしばらくして――。




「一番卓、エール六本追加。四番卓、野菜の盛り合わせとオーク肉の丸焼き。七番卓、サラマンダー鍋!」


 お客からのオーダーを取ったショウは、陽気に盛り上がるお客に負けないよう、大声で内容を読み上げた。すると、厨房から大声が返ってくる。


「あいよ! それと、そこにできた分があるから持って行ってくれ!」

「わかりました!」


 マスターの返事に了承し、並べられている料理を手に持つ。そして、落とさないように注意しながら、早足で客席へと向かった。


「お待たせしました。こちら、コカトリスの卵焼きになります」


 アツアツの卵焼きを客席に置く。少し半熟気味になっているところがおいしそうだと思った後、意識を別の客席に移した。店員を呼ぶベルがひっきりなしになっているからである。


「少々お待ちください!」


 (せわ)しなく体を動かす。手伝い始めて以来、ずっとこの調子だ。客足は途絶えることを知らず、入れ代わり立ち代わりで満員を維持している。


「お兄ちゃん! 空きそうな席あるかな!」

「一席だけならある!」

「わかった!」


 (のど)も枯れそうだ。ニーナも同様だろう。店内にいるお客たちは、例外なくお祭り状態だ。大声で笑い合うため、言葉を伝達するためには叫ばないといけない。


「ショウくん。おしぼりを頂けないかのう」

「わかりました。少々お待ちください」


 顔馴染みの常連客に頼まれ、奥へ取りに行く。そして、すぐさまおしぼりを(つか)んで戻った。


 ちょうどその時である。ニーナが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん! どうしよう! どうしよう!」

「落ち着け。何があった」

「レヴァン様が、レヴァン様が……」


 かなり取り乱している。この様子なら直接対応した方が早いと判断し、ニーナの背中を押して現場に向かう。着いた先――店の入り口にいた人物を見て、目を丸くしてしまった。


 金髪碧眼(へきがん)。端正な顔立ちに整った装備。その姿は、日中に見物した人物そのものだ。


「……勇者レヴァン様。ようこそフルールへ。お食事でしょうか」

「ええ。あまり長居はしないつもりですが、よろしいでしょうか」

「構いません。お一人様でよろしいですか」


 (うなず)くレヴァンを見て、頭の中を切り替える。たとえ勇者であろうと、今は一人のお客に過ぎないのだから。


「ニーナ。カウンター席が一席空いていたはずだから案内しておいてくれ」

「う、うん」


 若干心配だったが、ニーナに任せて客席へ急ぐ。レヴァンの対応をしているからといって、他のお客たちがオーダーを止めてくれるわけではないのだから。


「順次対応いたしますので、少々お待ちください!」


 そうは言いつつも、果たして対応できるのだろうか、と心の中で呟く。なにせ、勇者レヴァンが来店してしまったのだから。


 ショウは大きな不安を抱く。その不安は、すぐに現実となるのであった。


「あれ、もしかして勇者様じゃ……」

「本当だ。そっくりだ……」


 お客たちが騒ぎ始める。そして、店内がざわざわとしだした。すると、レヴァンが立ち上がる。


「魔王は私が倒しました。その影響で、地方では魔族が暴れ回るなどの現象も起きていますが、必ず鎮圧してみせます。ですので皆さま、どうか安心してください。オルテニシア王国は長き平和を得ることでしょう。その平和の始まりが今日です。そのことを祝し、盛大に飲み明かしましょう!」


 店内に割れんばかりの歓声が響く。ショウは、なんてことをしてくれたんだ……、と気が遠くなってしまった。しかし、一度ついた火は収まらない。覚悟を決め、仕事に専念するのだった。




 その後――。




 激動の業務に追われたショウは、注文が落ち着いてきたところで休憩に向かう。そのタイミングで、ニーナとレヴァンが歓談している姿を見つけてしまった。


 ――何を話しているんだ。


 その思いから、聞き耳を立ててしまう。すると……。


「あっ、お兄ちゃん!」


 ニーナが嬉しそうに手招きをしてきた。どうやら会話させたいようだ。休憩を優先したい気持ちもあるが、他でもないニーナの招きなので移動する。


「こちらがお兄ちゃんです」

「どうも。兄のショウ・リベリオンです。お会いできて光栄です」


 手を差し出す。だが、握ってもらえない。それどころか、頭のてっぺんから足の爪先までじろじろと見られる。


「もしかして、魔法を使えないのではないでしょうか」


 心臓がチクリと痛む。幾度となく言われたことがある言葉だ。だが、慣れるということはない。だから、ほんの少し顔が歪んだ。


「あっ! 申し訳ない。馬鹿にするつもりはなかったのです。ただ、ニーナさんには魔力を感じたものですから、少々意外でして」


 レヴァンが慌てたように手を握ってくる。


「……よく言われます。実は義妹なのですよ」

「そうなのですか。でも、すごく仲がよさそうです。羨ましい。私は一人っ子なので、よく兄妹に憧れたものです」

「ははっ。現実はいいことばかりでもないですよ」


 そう言ったところで、背中をニーナにつねられた。社交辞令を言っただけなのだが。


「ふふっ。さて、私はそろそろお(いとま)しましょう。楽しいひと時でした。またお会いすることがあれば、ぜひ声をかけてください」

「わかりました。では、お会計あちらになります」


 レヴァンを連れて、入り口にあるカウンターへ行く。そこで、飲食した分の代金を支払ってもらった。


「またのご来店をお待ちしております」

「ええ。今度は旅の仲間や友人を連れてきます。では」


 レヴァンがドアを開けて外に出る。ゆっくりとドアが閉まっていった。そして、もう少しでドアが閉まり切るという時である。


「――本物だ」


 微かな声だが、レヴァンが呟いた。


 ――えっ?


 心の奥底に、言いようのない不安が残るショウであった。



 ◇◆◇



 フルールの二階。深夜まで働いた従業員を泊めるため部屋。酒場での手伝いを終えたショウは、そこで一人、ベッドに座って物思いにふけっていた。ちなみに、着替えるのが面倒だったため普段着のままである。


 ――『見つけた』。『本物だ』……か。


 レヴァンの言動が頭に浮かぶ。だが、言葉の真意は分からない。わかることと言えば、せいぜいレヴァンが何かを探していて、見つけることができたというくらいだ。


「もしかしてニーナを探していた。……まさかな」


 凱旋パレード時の違和感を思い出し、すぐさま打ち消す。知る限り、ニーナとレヴァンに接点はないからだ。


 また、ニーナがレヴァンに探されるほど、大層な人物ではないとも考える。別段特別な力など持ってなどいない。勇者が身を投じるような戦いなどもってのほか。どこにでもいる一般人なのだから。


「……わからないことを考えるのは止めるか」


 思考することを止め、カバンの中から古びた本を取り出す。タイトルは『禁じられた秘術』という怪しげなものだ。


 なぜこんな物を持っているかと言えば、とても単純な理由である。自身のコンプレックス。魔法が使えないというコンプレックスを解決するための方法を探しているからだ。


 ある意味ではそのために冒険者となったとも言える。


 もちろん生活費を稼ぐことが一番の理由だ。だが、ついでに各地を巡り、手掛かりを探す。そうすることで、いつの日か魔法を使える可能性があるのではないかと考えているのだ。


「今回は当たりであってくれよ」


 独り言を呟きつつ、目を走らせていく。幾度となく繰り返してきた行為だ。物心がつき、魔法が使えないことに絶望した日からずっと。冒険者となり、手掛かりを探し始めてきてからずっと。


 ――違う。これも違う。見たことがある内容ばかり……。


 もの凄い勢いで読み進める。しかし、どれもこれも見たことがある内容――役に立たない情報ばかりだった。


 それ故に、徐々に意気消沈し始める。今回もハズレか……、と。




 しかし――。




「『魔力共有マギカコンパラティ』。なんだこれは……」


 記憶にない単語が見つかる。そのため慌ててページをめくった。


 理解できる内容はとても少ない。『禁じられた魔法であること』『魔法使用者の魔力を、対象者に分け与えることができること』。ただそれだけ。


 それ以外はわからない。残念なことに、必要な部分が破り取られ、先を知ることができない状態になっていたからだ。


 ――この魔法、もしかすると。


 しかし、希望が芽生え始める。幼いころ、魔道院で検査してもらった時にこう言われていたからだ。


 『貴方は魔力を宿していません』


 と――。


 つまり逆を言えば、『魔力さえあれば魔法を使える』と言うことだ。そして記載されている魔法は、協力者さえいれば魔力を分け与えてもらえるのと同義である。


「後は詳細を調べないとな」


 漏れる声に喜びが乗る。ついに念願が叶う時が来るかもしれないのだ。苦労が報われる時が来るかもしれないのだ。


 そう思った直後――。


「お兄ちゃん。入っていいかな」


 ノックと共にニーナの声が響く。

 そのため、ショウは慌てて本をカバンの中に隠すのだった。


月曜日から金曜日の投稿なのですが、以下のスケジュールとさせてください。

月曜日:夜六時半ごろ

火曜日:夜七時半ごろ

水曜日:夜八時半ごろ

木曜日:夜九時半ごろ

金曜日:夜十時半ごろ


仕事に合わせ、無理なく投稿できる時間を事前に把握しておきたいと考えています。

申し訳ありませんが、なにとぞご理解のほどよろしくお願いいたします。

(以降は、夜の十一時で固定させていただきます)

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