27.天翔ける救出作戦~後編~
二つ目のゴブリンの巣は、一つ目の巣とまったく同じ方法で救出が行われた。一つ目の巣と同じく洞穴であり、規模がほとんど同じであったためだ。
そのため非常にスムーズに救出に成功し、アイリスではない方の女性の救出に成功する。つまり、残りはアイリスを救出するだけと言うことだ。
そんな状況下で、ショウと長老は並び立ち、目の前に鎮座する最後の巣を睨んでいた。
今までとは違い遺跡を利用した巣である。古めかしい外観だが、作りがしっかりしているためか、崩れ落ちているというようなことはない。雨風をしのぐには申し分なく、ゴブリン好みの場所だ。
――さて、そろそろか。
ショウは睨むのをやめ、意識を切り替える。後ろで隊列を組んでいたエルフの戦士達が足を止めたからだ。どうやら突撃の準備が整ったようである。
「長老、アイリスさんもきっと大丈夫ですよ」
緊張した面持ちをしていた長老に言葉を投げる。すると、長老の表情がほんの少しだけ和らいだ。
「申し訳ない。気を遣わせてしまったのう」
「いえ、長老の身であれば当然の事ですよ」
「……ショウ殿。感謝を申し上げる」
長老が頭を下げてくる。礼をされるとは思っていなかったので、どう返そうか迷っていたところ――。
「ショウよ。『単一方向魔法障壁』の準備ができたぞ」
遺跡の入り口で、単一方向魔法障壁の準備を終えたリンネが声をかけてきた。
「そうか。なら行くとしよう」
遺跡の入り口に移動する。それからリンネの後ろで剣を構えた。
そして、首だけを振り向かせてエルフの戦士達にアイコンタクトを送る。連戦にも関わらず士気は落ちていないようで、早くしろと言われたような気がした。
「――突撃!」
号令をかけて一斉に遺跡へと突入する。
中は廊下らしき通路が続いていた。
石造りで足音が大きく響くものである。すなわち、ゴブリン達に侵入を悟られてしまうということだ。
――奇襲はできないか……。いや、今は早さを優先すべきだろう。
そんなことを考えつつ、前へ前へ進んでいく。
すると――。
「ショウ殿、おそらくこの先は広間だ! 風の流れが停滞しておる!」
歳を感じさせない動きで、隣を走る長老が声を上げる。内容は非常に重要なものだ。少し先に見える廊下の出口で、戦闘になる可能性が高いことを示しているのだから。
「リンネ、聞こえていたな! 出たら障壁を半球状に変えて、支援部隊と共に陣を張れ!」
「うむ! 突撃は任せたぞ!」
意図を汲んでくれたであろうリンネが廊下の出口から出る。同時に、待ち伏せをしていたゴブリン達が飛び掛かってきた。が、障壁に跳ね返されていく。
「この辺りじゃろ。『半球状化』」
『単一方向魔法障壁』が形を変えていき、リンネを中心とした半球状の障壁に変化する。リンネの事なので、人数が収まるように十分な大きさを確保してくれているだろう。
「支援部隊の皆さんは障壁内に構えるようにしてください!」
指示を出しつつ、廊下の出口を抜ける。想像以上に広く、巣の外観から察するに、この一間しかないであろうことが推測できた。
「さぁいくぞ!」
百体はいようかというゴブリンがうかがえるが、構わず突っ込み、奥を目指す。視界に映っているゴブリン達は、すぐに後方部隊の弓矢で縛り上げられていくことになるからだ。
「打てぇぇい!」
長老の号令と共に弓矢の雨が降り注ぐ。ゴブリン達が根こそぎ捕縛されていった。その横を通り抜けて先に進む。そして、柱の陰になっているところに回り込み、隠れているゴブリンの腕を切り落とした。
後から走り抜けてきたエルフ達も同じようにしている。隠れていようとも、制圧は時間の問題だろうと考えた。
その時――。
「この女がどうなってもいいのか!」
声が響く。発したのは、部屋の奥にいる大柄なオークだ。左手でアイリスを抱え、右手に持つ片手斧でアイリスの首を切り落とすようなそぶりを見せている。
ゴブリンが妙に秩序だった動きをしていた原因はアイツか。思いつつ、身動きが取れなくなってしまった。アイリスに手を出されてはたまらないからだ。
「孫娘!」
長老が悲痛な声を上げる。直後、オークがにやりと笑った。
「大人しくしろ! さもないとこの女の首が飛ぶぞ!」
エルフ達の動きが一斉に止まる。卑怯だがとても有効な戦法だった。人質の命を天秤にかけられると、こちらは成す術がない。目的である救出を果たせなくなるからだ。
まずいと考え、解決策を求めてリンネの方を見やる。青い表情で息を上げていた。さらに、『単一方向魔法障壁』が解除されていく。
――魔力切れ!
リンネの様子がおかしいことから。共有されるはずの魔力をほとんど感じないことから、そう判断する。だが、考えてもみれば当然の事だった。
この救出作戦において、リンネは常時『単一方向魔法障壁』を張り続けてきたのである。しかも、エルフが寄り集まって作る『風の滑り台』を、たった一人で生み出したのだ。人一倍魔力を消費していてしかるべきなのである。
「……どうする」
口だけを動かすようにして小声で言う。その間にも、刻一刻と事態は進展していた。
「まずは手下共を解放してもらおうか」
オークが要求しながら歩き出す。目は長老の方を向いていた。
――意識が長老の方に向いている。なら……。
極小の『光』の魔法陣を目の前に展開する。そして、わからないなりに魔法陣に魔力を込めようとしてやめた。
その後、リンネに軽くアイコンタクトを送る。どうやら気づいてくれたようだ。瞳が小さく動いたことが何よりの証拠である。
「後はリンネを信じるだけだ」
小さく呟き、タイミングを見計らう。オークとの距離が十歩ほどで詰められる距離になった瞬間、オークの顔目掛けて見えない剣を投げつけた。
すると、手を離れたことにより剣が実体化していく。オークから見れば、何もないところから突如出現したように見えただろう。
「――ガァ!」
恐るべき反射神経で、オークが剣を打ち払う。だがその隙――アイリスの首元から斧が離れれば十分だった。オークの眼前に白く強い光が輝く。
「グアァァ!」
オークが声を発したと同時に、距離を詰めようと足を動かす。しかし、すぐに必要ないと気付いた。リンネがオークとの間合いを詰め切っていたからだ。本来の姿に戻っていて、コウモリのような翼をはためかせている。
「終いじゃ」
リンネがオークの腹に蹴りを入れた。そして、オークが泡を吹くようにして崩れ落ちる。
「アイリス。大丈夫じゃったか」
「……ぅ……ぅ……リンネちゃん……」
無事、アイリスを救出することに成功するのだった。
「長老!」
「――ッ! 皆の者、捕縛を急げ!」
声に反応し、エルフ達が一斉に動き出す。やがて、オークも含め、すべてのゴブリン達が捕縛された。
こうして、救出作戦の幕が閉じたのである。
◇◆◇
救出作戦の帰り道。エルフの戦士達の後に続いて、ショウはリンネを背負って歩いていた。遺跡から出た瞬間、リンネが力尽きるようにして倒れ、眠ってしまったからだ。
「んっ。んん~」
「おっ、起きたか」
そして今、リンネが目を覚まし驚いている。さらに、何度も瞬きを繰り返し、小さく口を開けて固まってしまった。
「お前、意外と重いな」
「レディに向かってなんてことを言うのじゃ!」
「ははっ、冗談だ。正直軽くて驚いたぞ。もっと飯を食わないとな」
笑い返す。拗ねたような表情でそっぽを向かれてしまった。
「魔力が切れかかっているところに無茶な注文をしおって……」
「いい『光』だった。その後の蹴りは意外だったがな」
「ふん。魔王たるもの、格闘技の一つや二つは朝飯前じゃ」
「そうか。まぁなんにせよ、うまくいってよかった」
言い終えたところで、リンネが慌てた様子で口を開く。
「アイリスはどうなったのじゃ!」
「長老と一緒に先に帰った。別状はなかったから、安心していいぞ」
「……そうか」
優しい目つきで、リンネが一息ついた。普段はアイリスに対し不満を言ってばかりだが、実のところ仲がいいのだろう。そう感じさせるのに十分な表情だ。
「他人の事より、お前の方はどうなんだ」
「うむ。まだ魔力が戻っておらぬが、体調に問題はないかの」
「こっちも一安心だな。なら、そろそろ降りてくれ。八時間ほど背負いっぱなしなんだ」
「……嫌じゃ。エルフの森まで背負って行け」
「お前なぁ……」
呆れ顔で見つめると、いたずらっぽく笑い返された。
仕方がないのでこのまま背負っていくことにする。口には出さなかったが、よく頑張ったと褒めるのだった。
その後、和やかな会話をしながら、二時間ほど歩いてツリータウンの前まで進む。すると、アイリスが手を振りながらで走ってきた。
「お帰りなさい、皆さん!」
元気な様子を確認し、リンネと、エルフの戦士達と共に笑い合う。皆、道中ですっかり仲良くなってしまったのだ。
「ただいま戻りました」
「戻ったぞ、アイリス」
アイリスがにこやかに笑う。
「食事を用意しておいたので、上に急いでください。食べ終わりましたら、ゆっくり体を休めてくださいね」
その一言で、全員が歓喜に沸くのだった。
次回は11/25(水)です。




