21.魔力共有
リンネとの話し合いを終えた後。ショウはリンネと共にアイリス宅へと戻る。そして、玄関のドアを開けた瞬間、おいしそうな匂いが漂ってくるのを感じたのだった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい。ちょうどよかった。もうすぐクッキーが焼きあがるので、そこの椅子にかけていてください」
「わかりました」
奥の部屋に向かおうとしていたアイリスに返事を返し、椅子に座る。すると、リンネがそわそわとした様子で口を開いた。
「ショウよ。クッキーとは何じゃ。よくわからぬが、食べ物なのであろう」
「焼き菓子だ。説明するより見た方が早いから、大人しく待て」
リンネがうきうきとした様子で隣に座る。足を前後に揺らし、今か今かと待つ様子は、子供以外のなにものでもない。
――妹もこんなふうにしていた時があったな……。
その姿で、遠い日の思い出を思い浮かべて寂しさに浸る。ちょうどそんな頃合いだった。アイリスが出来立てのクッキーを持って戻って来る。
「お待たせしました。さぁ、どうぞ」
クッキーは、見た目からプレーンクッキーであることが想像できた。星型やハート型のものが混じっているあたり、女性の手作り感が凄い。だが、どれも綺麗に焼き跡が入っている。焼きムラはなさそうだ。
「では失礼して」
クッキーを一つ手に取って口に運ぶ。サクサクとしつつ、滑らかな感触が素晴らしい。また、甘めな味から砂糖を多く入れているとを判断できた。しかし、決して甘すぎることなく、絶妙なバランスを保っているのである。
「アイリスさんは料理上手ですね。お見事です。こんなにおいしいクッキーは初めて食べましたよ」
「もう。ショウさんったら、お世辞が上手なんですから」
満更でもない様子のアイリスが、リンネに視線を移す。きっと、リンネに食べてもらいたいがために作ったのだろう。雰囲気から、期待感が違うように感じられた。
「ふむ。そういうふうにして食べるものなのじゃな」
リンネがクッキーに手を伸ばし、口の中に入れる。そして、何度か噛んで呑み込むと、無言で二枚目のクッキーを手に取った。さらに、このクッキーなるものは全部妾の物だ、と言わんばかりの表情で見つめてくる。
要は、よほどおいしかったのだろう。
「リンネちゃん。どうかしら? おいしい?」
リンネがクッキーを頬張りながら何度も頷く。なんとなくだが、おいしすぎて語彙力を喪失しているのではないかと思えた。
「うふふ。よかった」
アイリスが満足そうな表情でリンネ見つめる。そんな二人を眺め、暖かい気分を味わうのだった。
◇◆◇
和やかな時間が過ぎ、夜がやってくる。昨日の約束通り、ショウ、リンネ、長老の三人が、二階にある一間に集まっていた。
「『沈黙する風の部屋』」
長老が呪文を唱える。その横で、ショウは一足先に椅子に腰かけ、隣の椅子にリンネを座らせるのであった。
「さて、これで準備ができたわい。それで、今宵は何が飛び出すのだ」
悟りでも開いたかのような表情で、長老が椅子に腰を掛ける。
「今日は大した内容ではありませんよ」
「だといいがのう。それで、具体的には?」
「『魔力共有』について教えてほしいのです」
長老がものすごい勢いで咳込んだ。
「大丈夫ですか!」
「ゲホッ、ゲホッ……大丈夫なわけないわ! 禁じられた魔法ではないか!」
長老の言葉に、本当だったのか……、と心の中で呟く。そしてちょうどその時、リンネが興味津々といった様子で身を乗り出した。
「ショウよ。その『魔力共有』とはいかなる魔法なのじゃ」
「魔法使用者の魔力を、対象者に分け与える魔法だ」
「ふむ。なかなか便利そうな魔法ではないか。じゃが、それだけではなぜ禁じられた魔法と呼ばれるかわからんぞ。説明せい」
――知らないのか。
そんなことを思いつつも、口を開く。
「長老、なぜなのか教えていただけないでしょうか。私も古書に載っていた一文を見ただけなので、そこまで詳しくはないのです」
長老が思わず漏れたという感じで、「わからずに言っておったのか……」とこぼし、額に手を当てる。さらに大きなため息をついた。
「……拒絶反応が出るからだ。この魔法は、使用者の持つ魔法属性と、対象者の持つ魔法属性が一致している必要がある。不一致の場合は、両者とも高確率で死に至る。また、仮に魔法属性が一致したとしていても、個々人での微妙な差は避けられない。つまりどうあがいても拒絶反応が出て死に至る。故に禁じられた魔法なのだ」
「なるほど……」
一旦冷静に考える。幼き頃の検査結果――『貴方は魔力を宿していません』を信じるならば、『魔力共有』を使用しても問題が無いように思えたからだ。
しかし、再確認する方が無難であるとの判断を下す。成長したことで、何か変化している可能性がないとは言い切れない。死ぬ可能性がある魔法を、確認なしで使用するなどあり得なかった。
「ショウよ。魔法属性というのは四大元素のことで合っておるか」
「合っている。より正確に言うと、『火』、『土』、『水』、『風』、『その他』だな。主属性と呼ばれる四属性に属さないものは、何であろうと『その他』と分類されている。たぶん一番個人差が大きいところだろう」
リンネが小さく二度頷く。
その様子を確認してから、長老に向き直った。
「長老。魔力の有無を簡単に確認してもらえないでしょうか」
長老が目を見開く。こちらが何を考えているかなど、言わなくてもわかるだろう。昨日の話と今の話。合わせれば自明のことだ。
「いや、ショウ殿。今この世に魔力を持ち合わせていない者など――」
逆接が続き、長老が何か反論を続けようと口を動かす。
しかし――。
「ショウよ。なぜわざわざ確認などする必要がある。そんなこと必要なかろう」
リンネが不思議そうな表情で口を挟んできた。
「どういうことだ」
「お主は『純粋な人』ではないか」
長老が驚いた表情で見つめてくる。
「ショウ殿、それは本当か!」
食いつき具合に、少々驚いてしまう。そのため、少しの間呆然と固まってしまった。が、ゆっくりと口を開く。
「申し訳ないのですが、『ただびと』とは何なのですか」
「ショウよ。お主、そのようなことも知らずに魔法について語っておったのか。聞いて呆れるぞ」
「知らないものは仕方がないだろう。それよりリンネ。説明しろ」
リンネがため息をこぼし、嫌々というような顔を向けてきた。
「ショウよ。魔法を使用するための条件は何じゃと思う」
「魔力を生まれ持っていればいいんだろう?」
「そうではない。もっと根本的なところじゃ」
あれこれと考えてみる。しかし、答えは浮かばなかった。
「わからん」
「そうか。ならば答え合わせといこう。正解は、魔族の血を引いていることじゃ。魔族の血こそが、魔力の源なのじゃ」
「は?」
驚きのあまり目を丸くしてしまう。言っていることの意味がまったく理解できなかったからだ。
「いやいや、それだとほとんどの人間に魔族の血が混じっていることになるぞ。そんなわけないだろう」
「ショウ殿。続きはワシが引き取ろう」
「長老……」
間に入ってきた長老が、ゆっくりと口を開く。
「昨日話した通り、人間と魔族は共存していた歴史がある。当然、人間と魔族の子が生まれることもあった。そして、人間と魔族から生まれた子が子を成してきたのだ。むしろ当然の結果だと思わぬか」
「……確かに」
至極まっとうな説明に、思わず声が漏れてしまう。千年。いや、それ以上の歴史が紡がれてきたとするなら、反論の余地などない。
「もちろん。代を重ねるごとに血は薄まってきておる。その結果、魔族としての特徴はほぼ残ってはいない。ほとんど人間と変わらぬ。故に、人間たちの歴史から忘れ去られてしまったのだろう。だが、わずかながら血が流れておる。そして、それがあるからこそ魔法が使えるのだ。そのことに関してはエルフも、いや、生きとし生けるものに例外はない」
「それでは、『純粋な人』というのは……」
「察しの通りと思うが、魔族の血を引いていない純粋な人間ということだ」
あまりに衝撃的な内容に脳が混乱する。だが、思い返してみれば父も母も魔法が使えなかった。すなわち、今の話に間違いはないのであろうか。そんなことが脳裏をよぎる。
「ショウよ。お主の両親が言っておったではないか。『もうこの国には、この血筋を継がせられる相手がいないのだから』と」
「……そうだ。確かに言っていた。……ん?」
リンネの方を向いて睨む。すると、視線を逸らし、誤魔化すようにして窓の外を見た。
「お前、俺に何をした」
「な、何もしとら――うっ……」
リンネの顔が青くなっていく。それは当然の事だ。奴隷契約時に、悪意ある嘘をつくことを禁じているのだから。
「――夢をちょこっとだけ覗き見したのじゃ」
「ほほう。詳細は後で聞くとして、とりあえずアイリスさんによる巻き尺の刑を言い渡しておく」
「ま、待て。それは巻き尺で体の隅々まで測られるというアレの事か!」
「当然だろう。もちろん拒否権は無いからな」
魂が抜けるかのように口を開け、リンネが真っ白になるのだった。
「すみません。茶々が入りました」
そう言って、一度頭を下げる。そして、真剣な表情で長老を見つめた。
「最初の話に戻させていただきます。私に『魔力共有』をお教えください」
「……仕方あるまい。明日伝授するとしよう」
「ありがとうございます」
礼を述べ、明日に期待を膨らませるのであった。
次回は11/13(金)です。




