表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/70

18.遠い日の歴史~前編~

 沈黙が支配する部屋の中、ショウは無言で長老を見つめていた。長老が何かを決意したように口を結び、投げかけた言葉の返事を返そうとする様子を。


「……今日より先。この森と、この森の住民に手を出さぬと保証してくれるか」


 長老の視線がハッキリとぶつけられる。覚悟を決めたは間違いないであろう。なら、条件付きで保証すればいい。そう考え、口を開こうとした。だが、リンネが待ったをかけるように口を開く。


「では聞かせてもらおう。なぜそのような条件を(もう)けた。返答次第では、妾はその契約を結ばぬ」

「リンネ、お前――」


 横やりを入れたリンネから、凍り付くような威圧感が放たれる。まるで空間を()み込むかのようなそれは、先の言葉を発することを許してくれなかった。


「ショウ。お主には聞いておらぬ。これはそこなエルフと(わらわ)の問題じゃ」


 貴様の出る幕ではない。暗にそう言われた。つまり、勝手に決める権利はないということだ。たとえ奴隷契約を結んでいたとしても。


「答えよ」

「……エルフの長として、守るべきは我らが故郷と子孫。この先、どのようなことがあろうともそれだけは変わりません。ですので、いかなることがあっても安全が保障されるようにする。こちらがカードを持って交渉できる内に。それがリンネ様に対する畏怖であり、生き残るためであり、未来に繋ぐことであると考えます」


 リンネが長老を見つめ、まるで覚悟を問いただしているようだ。それこそが上に立つ者の証明であり、リンネが魔王であると証明しているように思えた。


「……いいじゃろう。魔王、リンネ・ローゼンクロイツは、今後一切エルフに手を出さん。お主がその心意気を忘れぬ限りはな」


 威圧感が消えてなくなる。リンネが手に余る存在だということを痛感する場となってしまった。だが、それでも御さなければならないと思う。勇者(レヴァン)を殺すためには、力ある者を利用しなければ届かないのだから。


 ――今は切り替えろ。


 リンネに対する認識を改め、頭の中を元の話に戻す。


「……長老。私からも一つ。今後、私、及びリンネに関することは他言無用でお願いします」

「わかった」

「ありがとうございます」

「なんの。こちらこそだ。これで、勇者の奇行に専念するだけでよくなったのだからの」


 つかの間の笑みを漏らし合う。ここから先の本題を迎えるに当たり、平穏を味わっておきたかったからだ。


「……長老。そろそろ本題に移りましょう」

「そうするとしようか」


 長老と頷き合う。同時に、リンネが一度だけ足で床を鳴らした。口には出さないが、やはり気になるものなのであろう。若干だが、部屋の気温が下がったように感じた。


「……今より千年ほど前。この国が建国される前の事だ。当時、リンネ様は『死を呼ぶ薔薇(ばら)』と恐れられていた。他を寄せ付けない圧倒的な力と、歯向かうものはすべて殺すというその残忍性で」

「待て。歯向かうものはすべて殺すというのはどこから出てきた。妾はむやみに命を奪ったりはせんぞ」

「リンネ。話の腰を折るな」


 不機嫌そうに鼻を鳴らし、リンネが視線を逸らす。気に入らないらしく、しきりに指を動かしている。


「すみません、続けてください」

「うむ。なぜそのように思われるようになったか。それは、リンネ様が姿を現してから、わずか数日で『四魔将』を配下に加えたことが起因している」

「四魔将、ですか。それはいったい……」

「四魔将とは、炎獄竜『アグヴィル』、暗黒騎士『デュラン』、盲目の水精『クリスタ』、世界樹の番人『ブランシェル』のことを指す。オルテニシア王国が生まれる前のこの地では、この四体の魔族が覇を競っておった。実力は伯仲していて、毎日が戦争だったのう」


 長老が言葉を止めた。おそらく、何か思うところがあるのだろう。どこかぼんやりとした様子に見える。まるで、どこか遠くを眺めているようだ。


 その裏で、想定していたよりずっと大きな規模の話になりそうだと考える。まさか建国前の話をされるとは思っていなかったからだ。


「……ちなみに、その四魔将の実力はどのくらいだったのでしょうか」

「ワシの主観だが、先日勇者が倒した魔王より間違いなく強い。なにせ、どこにいてもその魔力を感じるほどだったからのう」

「――っ」


 驚きながらリンネを見つめる。まんざらでもないといった表情で、幾分か機嫌が戻ったように見えた。


「話を続けてもよいか」

「……お願いします」

「うむ。そんな四魔将が争う中、ある日唐突に現れたのがリンネ様だ。そして、各地で戦闘を繰り返し、生きとし生けるものをすべて殺しつくしたという。だが、そんなことをすれば四魔将とぶつかるのは必然。すぐに四魔将との戦争が勃発(ぼっぱつ)した」

「なるほど。それで、結果はどうなったのでしょうか」

「リンネ様が勝利を収められた。その時をもって、リンネ様は四魔将を配下に加え、魔族の頂点に立つ。同時に、かつてのこの地はリンネ様に統治されることとなった」


 リンネが盛大にため息を吐く。そして、おもむろに口を開いた。


「確かに、四魔将(あやつら)を配下に加えもしたし、この地を支配下に置きもした。じゃが、妾は誰も殺してはおらん。信じられないのであれば、妾の記憶を見せてもよいぞ」


 長老が、どこか信じられないといったような表情をしている。その表情こそが、当時リンネがいかに恐れられていたかを表していると思えた。だからこそ、リンネと長老の溝を埋める必要があると考える。双方の視点から紐解いた方が、より正しい事実を理解できるからだ。


「リンネ。当の本人からしたら腹立たしい限りだろうが、論点からずれている」

「ずれているじゃと! どこが!」

「お前は主観を語っているだけだろ。物事が大きく動くときは客観が大切だ。今長老が話した内容こそが、世間一般のリンネ・ローゼンクロイツであり、お前が恐れられていたという証拠だろうが」

「……」

「一旦落ち着け。今は感情抜きで事実を整理する時だ」


 リンネがムスッとした表情で腕を組む。どうやら少し反省したようだ。若干だが、唇を尖らせるようにして拗ねている。


「長老。先にリンネの話を聞いてもよろしいでしょうか。このまま進めるより、食い違いを埋めながらの方が話がまとまりそうなので」

「確かにそうかもしれぬのう」


 長老が頷く。まだ少し驚きの残る表情は、まだ落ち着き切っていないのかもしれない。そのせいか、しきりに髭をいじっている。長老の身になって考えれば当然のように思えた。


「リンネ、お前だけが知る事実を教えてくれ。どうして四魔将の下に現れたのか。その後、どのようにして四魔将を従えたのかを」

「……わかった」


 組んだ腕を解き、リンネの表情が真面目なものに早変わりする。その後、ハッキリとした声で語りだした。


「父の仇を討った妾は、何をするということもなく平穏に過ごしておった。じゃが、ある日突然戦いに巻き込まれることになる。それが四魔将配下の魔族の抗争じゃ。大方、地位と名声に目がくらんでいたのであろう。理由なく襲い掛かってきおったわ」

「なるほど。それでお前はどうしたんだ」

「当然のしてやった。言うておくが、誰も殺してはおらんぞ」

「……わかった。続きを頼む」

「うむ。その一件を境に、妾は四魔将配下に付け狙われることになる。朝から晩まで鬱陶(うっとう)しいくらい戦いを挑まれ、その都度追い返しておった。平穏を求めて場所を変えようが何をしようが、なりふり構わずじゃったからたちが悪かったのう」


 リンネが当時の事を思い出したのか、疲れたようなため息をこぼす。


「そんなことが続いたある日、四魔将がそろい踏みで妾に会いに来てのう。戦いを挑んできおった。気が立っておった妾は、何も考えず説教のつもりでのしてやったのじゃ。思えばあれが失敗じゃった。その後、あれよあれよという間に魔王に祭り上げられてしもうた……」


 二度目のため息がリンネの口からこぼれる。同時に、事の顛末(てんまつ)を理解することができた。


「……長老。案外こういうことなのかもしれませんね」

「そうだの……」


 長老と共に苦笑いこぼし合う。


「リンネ、説明ありがとう。事情はわかった。要は、(うわさ)に尾ひれがついて広まってしまったというわけだな。事実が事実だっただけに」

「……妾としては少々納得いかんがの」


 リンネのそっぽを向く様子に、小さく笑う。そして気を引き締めなおした。ここからが本題だからだ。


「長老。先に進みましょう。本当に知りたいのはここから先なので」

「うむ」


 長老が頷く。そして、ゆっくりと口を開いた。


「では、リンネ様が封印された経緯について話すとするかの」


 その言葉を聞いて、今夜は長くなりそうだと思うのだった。

次回は11/7(土)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ