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17.長い夜の始まり

 魔剣を譲り受けたショウは、再びリンネと共にツリータウンの中を練り歩く。リンネが、色々なものを知りたいとせがんだためだ。


 そして、いつの間にか十七時を回っていた。赤い日が木々を照らし、茜色の風景を作り出す。橋の上には、二つの影が仲良く並んで動いていた。


「なぁ。今更なんだが、壊した時計を魔法で直せばよかったんじゃないのか」

「最初はそうしようと思ったのじゃが、魔法陣に書いてある内容が読めなくての。直すことができんかったのじゃ」

「ふ~ん」


 とりとめのない会話をしながら歩く。今日一日で随分(ずいぶん)と良い関係を築くことができていた。


 ――案外相性がいいのかもしれないな。


 スッと脳内に言葉が浮かんでくる。理由は、隣にいて不快感を覚えることが無かったからだ。


「……今日一日、満足できたか」

「大満足じゃ! 食べ物もおいしかったし、次から次へと見知らぬ物を見物できた」

「そうか。なによりだ」


 興奮冷めやらぬと言うようにするリンネが、嬉しそうに微笑む。その姿に、(ニーナ)の影を重ね、少しだけ寂しくなった。


 夕日のせいだろう、と心を誤魔化そうとしてみるがうまくいかない。感情を制御するのは改めて難しいと思うのだった。


 そして、そんなことをしている内に、アイリス宅までやってくる。静かに玄関を開け、並んでいる靴を確認した。昼に出るときにはなかった靴が一足並んでいる。どうやら長老が帰ってきているようだ。


「ただいま戻りました」

「アイリス。戻ったぞ」

「ショウさん、リンネちゃん。お帰りなさい。どうでした、この森は」

「説明していたら一日終わりました」

「楽しかったぞ」


 アイリスが、顔を見比べるようにして眺めた後、小さく首をかしげた。だが、リンネの楽しそうな表情に満足したのだろう。


「楽しかったこということですね」


 そう、締めくくったのだった。


「そうだ。ショウさん、おじい様が帰ってこられました」

「そうなのですか。では、すぐにお会いしたいのですが」

「いいですよ。ついてきてください」


 二階の一間(ひとま)に通される。そこに、尖った耳を持ち、薄い灰色の髪と髭を伸ばす老人が座っていた。エルフの森の長老その人である。


「ショウ殿。よくぞ生きておられた!」


 長老が細い目を目一杯見開き、椅子を降りて近づいてくる。実に嬉しそうなものだ。


 しかし、そんなことはどうでもよかった。長老の言い回しが正しいのであれば、灰に満ちる村を見てきたと判断できるからだ。


「そうおっしゃるということは、見て来られたのですね」

「――何があったのだ」

「……人払いをお願いします。長老と私。そして、そこにいるリンネだけで話させてください」

「わかった。だが、話が長くなりそうだのう。晩御飯の後にせんか? この老いぼれは腹がすいていてのう」

「わかりました」

「では、晩御飯とするかの。アイリス、頼むぞ」

「はいはい」


 全員で一階へと向かう。その最後尾にいた長老が、「リンネ……まさかそんなことはあるまい」と呟きながら、赤く揺れるリンネの長髪を眺めるのだった。



 ◇◆◇



 アイリスによるシチューが振る舞われた後、ショウ、リンネ、長老の三名は、再び二階の一間に戻って来る。そして、重苦しい雰囲気の中、話し合いが始められようとしていた。


「『沈黙する風の部屋(サイレントルーム)』」


 長老の詠唱と共に、緑の魔法陣が浮かび上がり、部屋の中に風が吹く。その風は部屋を覆うように流れ、やがて薄緑の膜となった。


「これで声は漏れまい。さて、始めるとするかの」


 長老が椅子に腰を掛ける。その動き合わせ、ショウは机越しにある椅子に腰を下ろした。隣にはリンネが座る。まるで始まったと言わんばかりに、小さく笑っていた。


「まずはタルマ村の話を聞かせてもらう方がいいかのう」

「そうですね。そうしましょう」


 表情を真剣なものに作り替える。同時に、長老の表情も柔らかいものから厳しいものへ変化した。


「ですがその前に、長老がどうしてタルマ村に(おもむ)いたのかを教えていただけないでしょうか」

「わかった。まず、ワシがタルマ村に行った動機だが、タルマ村から逃げてきた鳥たちの話を聞いたからだ」


 合点がいく。エルフは生まれつき、動物たちと会話ができるからだ。


「タルマ村が焼けたことを知ったワシは現地に急いだ。ショウ殿の事が気がかりだったこともある。が、なによりもこの森を守るために情報が必要だった」

「なるほど。そして見たのですね。あの惨状を」


 長老が、ゆっくりと深く頷く。


「何もかも焼けて灰しかない。あまりにもむごい光景だった」

「……」

「誰も生き延びていないということも聞いた。たまたま、現地調査中の王国騎士団に鉢合わせての。その時にショウ殿についても教えてもらった。もしかしたら帰省していたかもしれないと」


 射抜くかのような視線が浴びせられる。


「失礼を承知で聞かせていただく。ショウ殿、どうして生きておられるのだ」


 その問いに、しばしの間沈黙を返した。


 重苦しさを表すように、窓の外の月が雲に覆われていく。まるで、波乱の幕開けを告げているようだった。


「……俺は、村で一度死んだ」


 噛みしめるようにして声を出す。丁寧な言葉遣いはしなかった。いや、できなかったと言った方が正しい。心が怒りに(むしば)まれていたからだ。


「……では、どうしてここにおられる」

「簡単な話。蘇った。ただそれだけのこと」

「蘇った!? どういうことだ。死人が蘇るなどありえん!」

「リンネ。お前の本当の姿を見せてやれ」


 リンネが待っていたと言わんばかりに、芝居がかった動作で立ち上がる。そして指を鳴らした。


 左右対称の角、コウモリのような翼、先がハートの尻尾。それらが姿を現し、リンネ本来の姿を形作る。


「……ぁ、……ぁぁ……そ、その姿は……」


 長老が(うめ)く。

 椅子を引き、全身を震わせながら。


「リ、リンネ。……ローゼンクロイツ!」

「いかにも。魔王、リンネ・ローゼンクロイツとは妾のことよ」


 リンネが翼をはばたかせ、尻尾を動かしながら上機嫌を表す。


「……うっとうしいから消せ。それと座れ」

「なっ! お主が見せよと言うたのであろうが」

「役目は十分に果たしたからな。無駄に威嚇(いかく)しても仕方ないだろう。……言っておくが、命令だからな」


 ぶつくさ言いながら、リンネが人間の姿になる。その表情は、明らかに()ねているものだった。


「長老。成り行きは省きますが、私はリンネに蘇生させてもらいました。信じていただけるでしょうか」

「――」


 極力優しい声を出したつもりだが、長老から反応が返ってこない。


「リンネ。お前何をしたんだ?」

「これといって何かした覚えはないがの」

「ならなんでこんなに(おび)えているんだ」

「……わからん」


 わからんってお前。そう(あき)れ、大きくため息をつくのだった。


「まぁ、今は置いておこう。長老、話を進めてもよろしいですか」

「……ぅ……ぁ……」

「……リンネ。俺の前にひれ伏せ」

「はぁ!?」

「いいからひれ伏せ。命令だ」


 リンネが苦悶(くもん)を浮かべながら、椅子から降りてひれ伏す。体が小刻みに震えていて、嫌で嫌で仕方がないことがうかがえた。


「この通りです。リンネは私の命令に絶対服従の奴隷でしかありません。長老、ひいてはこの森に危害を加えることは決してありません」

「……その言葉、信じてよいのだな」


 長老が声を絞り出す。それに黙って頷いた。


「……ではショウ殿。この老いぼれに何を聞きたいのだ」

「リンネがどうして封印されたか。またどのようにして封印されたかを教えていただきたい」

「それを知ってどうする。いや、何を成そうとしておるのだ」


 問いに対する答えを思い浮かべ、狂気が湧き上がってくる。


勇者(レヴァン)を殺すのですよ」

「レヴァン!? それは勇者の事か!」

「他に誰かいますか」


 長老が言葉を失う。

 同時に、禍々(まがまが)しい雰囲気が部屋を満たした。


「アイツは必ず殺す」


 瞳で語ってみせる。

 早く言え。さもなければ殺すと。


「――なぜだ。……なぜ……」

「俺を殺し、村を燃やしたのがヤツだからですよ――」


 凄みを利かせた声を出し、間を作る。

 静寂が支配した後、口を開いた。


「俺から妹を奪ったのがヤツだからですよ!」


 絶望の乗った怒号が響く。

 長老が凍り付いた。いや、部屋全体が凍り付いた。


 声を発するのみならず、指一つ動かすことをためらう空気が流れる。

 しかし――。


「……ショウよ。妾は一体いつまでこうしておればよいのじゃ!」


 そんなことを意に介さないヤツが一人いた。


「すまん、完全に忘れていた。普通にしていいぞ」

「ショウ。お主ふざけるのも大概にしろ! なぜ妾がこのような屈辱を味あわなければならぬ!」

「それは俺の奴隷になったからだな。軽々しく口約束をすると、痛い目を見るという教訓になったからいいじゃないか」


 リンネが恨めしそうな表情でぷるぷると震える。それがおかしかったのか、はたまた緊張が緩んだことで漏れてしまったのか、長老が小さく笑った。


「何を笑っとるかキサマァ!」

「リンネ、自分の頬を自分で全力ビンタ。命令な」

「は? ちょっと待て、何を意味不明な命令を――うっ……」


 リンネの顔がみるみる内に青くなっていく。おそらくまずいと感じたのだろう、リンネが自身の頬を全力でビンタした。


 乾いた音と共に、リンネが床とキスをする。頬は赤く腫れていた。


「お、覚えておれよ、ショウ」

「もう忘れた。それより、大人しく席に着いていろ」


 適当にあしらい、リンネを席に着かせる。


「さて、話を元に戻しましょうか」

「そうだの。だがその前に、レヴァン殿がタルマ村を燃やした件。ワシにはにわかに信じられん。何か証拠となるようなものはないのか」

「……リンネ。俺の記憶を長老に見せることはできないか」

「……」


 まったく反応を返さない。完全にへそを曲げさせてしまったようだ。


 仕方がないので、奥の手を使うことにする。日中、ツリータウンを見回っていた時に思いついていたことだ。


「アイリスさんに巻き尺の使い方を教えてもらおうか、リンネ」

「ん? 嫌な予感がするぞ。どういう意味じゃ、ショウよ」

「簡単なことだ。巻き尺を使って、アイリスさんに体の隅々まで大きさを測ってもらう。ただそれだけだ」


 リンネが顔を青くする。その様子ときたら、先ほどの比ではない。


「ショ、ショウ。た、頼む。それだけは勘弁してくれ!」

「ならどうすればいい」


 言葉を聞いたリンネが、床一面に真紅の魔法陣を浮かび上がらせる。


「妾が蘇生させる少し前辺りの記憶でよいな」

「ああ」

「ではゆくぞ――『記憶接続(メモリアコネクト)』」


 そして、呪文を唱えた。


 記憶の中で、勇者(レヴァン)に殺されるまでの光景が鮮明に映し出され、長老にそのまま伝わっていく――。


「こ、こんなことが……」


 現実に引き戻された瞬間、長老がわなわなと口を震わせた。その様子が、理解が追い付いても理性が追い付かないことを示しているように見える。


 だから、長老に構わず口を開く。


「長老。リンネがどうして封印されたか。また、どのようにして封印されたかをお教えください」


 長老と視線がはっきりと交差する。


「リンネの過去を私にお教えください」


 訴えかけるショウであった。

次回は11/5(木)です。

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