16.見えない魔剣
再びツリータウンへと出かけたショウは、小さく腹を鳴らす。そろそろ十二時になろうかという頃合いであったためだ。
「ショウよ。妾も腹が減ったぞ。何か食べんのか」
リンネがキラキラとした瞳を向けてくる。存外食いしん坊なヤツなのかもしれない、と心の中で呟いた。
「そうだな。いい時間だし、アレを食べに行くとするか」
「なんじゃ、アレとは」
「『兎の腿肉揚げ』だ。ついてこい」
リンネを引き連れ、屋台が出ているツリーハウスの前まで移動する。盛況していて、幾人ものエルフが並んでいた。
さらに、おいしそうな匂いが漂ってくる。リンネがしきりに鼻を鳴らし、まるで子供のようだ。
「少しは落ち着け」
「すまぬ。じゃが、この香ばしい香りがたまらんのじゃ」
「……そうか」
そわそわと楽しそうにしているリンネに、茶々を入れる気になれなかったので、そのまま放置した。そして、子を見守る親の気分で待っていると、順番が回ってくる。
「ショウくん。いつも世話になってる。おかげで繁盛しているよ」
「いえいえ、油を運んでいるだけですから。それより、二セットお願いします」
「あいよ」
店主が、粉がまぶされている兎の腿肉を十本油の中に入れる。同時に魔法陣を展開し、『魔法障壁』と『着火』を唱えた。
魔法障壁で蓋がされている中、着火の炎で油が一瞬で加熱され、兎の腿肉が揚げられていく。加えて言うと、徐々に狐色に変わっていく様が異様なまでに空腹を誘ってきた。
そして揚げ終わった瞬間、店主が『瞬間冷却』で油を冷まし、魔法障壁を解除する。揚げたての兎の腿肉揚げの完成だ。
最後に、木製のトレイに盛られて、野菜煮調味料の小鉢が添えられる。目の前で調理するパフォーマンス込みで、非常においしそうだ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます。これでお釣りはありませんので」
「毎度あり!」
トレイを受け取り、リンネと共に近くのベンチに腰を掛ける。目の前にはシルフの大樹が聳え立ち、日の光が零れてきていた。
「ショウ! 早う食べてみたいぞ!」
「焦るな。まずは正しい食べ方を見せてやるから」
一本手に取り、野菜煮調味料をつけて口に運ぶ。サクサクとした衣に絡みつく野菜煮調味料。柔らかく噛み切れる肉が絶品である。
「旨い!」
「どれ、妾も……」
リンネが真似をして口に運ぶ。
「な、なんじゃこれは……。いくらなんでも美味しすぎやせぬか」
どこか打ち震えるようにした後、再びかぶりつく。その時の幸せそうな表情は、見ている側まで嬉しくなるようなものだった。
食事を終えた後――。
二人は木製のトレイを返却し、ショーウィンドウに武器が飾られているツリーハウスの前に移動した。
「むっ。ショウよ、武器が必要なのか」
「ああ。勇者――お前が知るところの『金髪の小僧』との戦いで、剣を破壊されてしまってな」
そう言いつつ、武器屋の中に入る。そして、お目当てである剣を探した。ちなみに、リンネは好き勝手に中を見回っている。
「……やはり品揃えがよくないか」
剣が並べられている商品棚を見つけて、小さく愚痴る。種類が少ない上に、上等なものは売っていなかった。
だが、これは当然の事だ。エルフは弓兵としての適性が非常に高い。目や耳がよく、風を読む力に長けているからだ。
また、あまり筋力がつかない体質のため、前線に出て戦うのに向いていない。そのため、戦闘を行うエルフのほとんどが弓兵である。だから、剣などの装備を取り扱う意味がほとんどないのだ。
「せめて弓の半分でもいいから品揃えがあれば……」
そう言いつつ、弓の商品棚を見てみる。近距離用のクロスボウから、超長距離用のロングボウまで、幅広く取り揃えられていた。また、魔力が付加された弓矢、手に負担がかかりにくい弓弦、弓懸。矢筒や、飾り用の紐まで置いてある。
「……ない物ねだりしてもしょうがないか」
呟きつつ、比較的よさげなロングソードを手に取った。
どうにもしっくりとこない。
「ショウよ。それを買うのか」
「いや、買わない。手に馴染む感じが無いからな」
いつの間にか寄って来ていたリンネにそう答え、このあとどうするかを迷う。勇者と戦うに当たり、どのような装備が必要か見当もつかなかったからだ。
「……のう、ショウよ。一つ提案があるのじゃが」
「なんだ」
「妾の持っている剣を譲るというのはどうじゃ。その代わり、兎の腿肉揚げか時計の貸しをどちらか返したことにしてほしい」
「兎の腿肉揚げを貸しにした覚えはないが」
「じゃが、金を使っておったろう。しかも妾も食べたのじゃ。これはれっきとした貸しじゃ」
恐ろしく律儀なヤツだ。そう思いつつ、なんだかいたたまれない気分になってくる。まるで自分が、リンネを騙す金貸しのように感じられたからだ。
「……とりあえず見てから考える。それでもいいか」
「構わぬ。では、人気の無い場所に移るとしよう。おおっぴらにしたくはないのでな」
「わかった」
了承し、リンネと共に武器屋を出るのであった。
その後、エルフの森の入り口近くまで移動する。エルフ達は基本的に外に出ないため、入り口周辺は人気が少ないからだ。
「『収納箱』」
リンネが呪文を唱え、魔法陣の中に手を突っ込む。そして、一振りの剣を取り出した。
「なんとなくじゃが、ショウであればこれを振るえるような気がするのう」
「そういう言い方をすると言うことは、お前は振るえないのか」
「うむ。この剣は『魔剣』じゃ。魔剣は持ち主を選ぶ。選ばれた持ち主以外は真の力を解放できぬ。故に、まともに振るうことが叶わん」
「……そういうものなのか。まっ、とりあえず振ってみればわかるだろう」
軽い気持ちでリンネから剣を受け取り、鞘から引き抜いた瞬間だった。目の前が真っ暗となり、脳に直接声が響く。
(汝、復讐に何を求める)
(……剣が、しゃべった!?)
(汝、復讐に何を求める)
繰り返される問に、どう回答するか迷う。間違いなく選定の問いだということを理解からだ。また、問われている内容に対し、正答と呼べるべきものがない。そのことが、まるで覚悟を問われているように感じられた。
(俺は……)
自身に問いかける。復讐の先に求めるものを。欲しているものを。
(俺は安らぎを求めている。心の中で煮えたぎる怒りを冷ましたい。そして、誰かに断罪してもらいたい。すべてを成し遂げ上で、復讐という行為すべてを否定してほしい)
(見果てぬ虚無を望むか。なれば、己が行いが過ちと知り、なぜ進む)
(それが俺という人間の感情だからだ。理性ではどうにもならない心の在り方だからだ)
(稚拙なり)
(……その通りだ)
心の中で自嘲する。殺されたから殺す。とても単純で身勝手な考えに、そうする他なかった。
さらに、自身の行いを他人に裁いてもらいたいという甘さに、思わず反吐が出そうになる。本気で悔いるつもりなら、自分自身を裁けばいいのだ。他人に委ねるまでもない。
(……なぜ我が娘はこんな弱い男を気に入っているのだ)
(は?)
(『忘れろ』。……せいぜい使いこなして見せよ)
唐突に視界が戻り、眼前にリンネの顔が映し出される。
「……近い。離れろ」
「おおっ、よかった。青い顔で汗を流し始めた時はどうしようかと思ったぞ」
「そうか……ん?」
べっとりとした汗につられ、手元を見て気付いた。剣が見えないことに。だが、握っている感触は確かにある。
「なんなんだこの剣は……」
「言うたであろう。この剣は魔剣じゃ。選ばれた持ち主は真の力を解放できる。おそらく、見えないことこそがこの剣の力なのじゃろう」
「……見えない剣」
狐につままれたような気分だ。だが、魔剣には一応認められたのだろうと気を取り直す。そして、気になっていたことを聞くことにした。
「リンネ。お前はなぜこんな剣を持っていたんだ」
「その剣は父の形見じゃ。妾が逃がされる前に、父がこっそりと忍ばせてくれたのじゃ」
「は? なんでそんな大事なものを俺に渡すんだ」
「むぅ。その、じゃな。なぜかその剣が、しきりにショウに持たせよと言っておったような気がするのじゃ。気のせいかもしれぬが」
反応に困る回答が返ってくる。しかも、先ほどの問答の中で、剣が何か引っかかるようなことを言っていたはずなのだが思い出せない。
ほんの少し前の事を忘れたりするだろうかと首をかしげるが、思い出せないものは思い出せなかった。
「のう。結局、その剣を受け取ってもらえるのかの」
「……受け取ろう。あと、約束通り、兎の腿肉揚げの分の貸しは無しだ。それと――」
剣に問われたことで脳裏に浮かぶ。己の弱さを見つめ、向き合った方がいいと。同じような復讐を行ったリンネには、必ず見習うべきところがあるはずだと。
だから、これから勝手に手本にさせてもらうという意味も込めて、今できることをすることにした。
「これから先、お前にかかる金はすべて俺が払う。ただし、時計の件みたいな自責は除くがな」
「……それはありがたい申し出なのじゃが、妾としては心苦しいぞ」
「奴隷は黙って命令を聞いておけ。それに、お前の力に頼る時がすぐ来るかもしれないからな」
笑顔を返す。リンネには口が裂けても弱さを見せたくなかった。
次回は11/3(火)です。