15.世間知らずな魔王~後編~
ショウはリンネを引き連れて、シルフの大樹と周辺の木々を繋ぐ橋の上を歩く。そして、雑貨屋の表札が出ているツリーハウスの前で足を止めた。
「ここだな」
ドアを開ける。中には、珍妙な置物から生活雑貨まで幅広いものが取り揃えられていた。
それが物珍しいのか、リンネがしきりに辺りを眺める。時々「おぉ」と小さく歓声を上げ、どことなく楽しそうだ。
「リンネ、この中から選ぶぞ」
「これが全部『とけい』とかいう魔道具なのか?」
「そうだ」
リンネが目を丸くする。そして商品棚から、薄いガラスに包まれている円盤を手に取った。表面には零から二十三まで数字が刻まれていて、裏面には魔法陣が描かれているものだ。
「ちなみに、時計の説明は必要か」
「頼む。何をするものかまったく想像がつかんのじゃ」
「わかった。だが、その前に一つ聞いておきたいことがある。時計の盤面に書いてあるものがなんだかわかるか」
リンネが手に持っている時計を見つめ、少し考え込むようなそぶりを見せる。
「……おそらく数字ではないかと思うのじゃが」
「『おそらく』とはどういうことだ」
「妾が知っておる数字とは形が微妙に違うのじゃ。して、合っておるかの」
「ああ、合っている。ちなみに、いくつからいくつまで書かれているかわかるか」
「零から二十三までじゃな」
「正解だ。なら本題である時計の説明に入るぞ……と言いたいところだが、その前に時計を商品棚に戻せ。落としたらそれも弁償しないといけないぞ」
リンネが慌てるようにしながらも、慎重に元あった位置に戻す。若干ビクビクとしている様子が、おかしくてたまらなかった。
「よし、あれを見ろ」
店内の壁に掛かっている時計を指さす。実際に使用中の物で、ガラスの中にはいくらかの水が溜まっている。さらに、十の数字が発光していた。
「今は十時だ。なぜだかわかるか」
「十の数字が光っておるからかの」
「その通りだ。ちなみに、『時』が何を指すかはわかるか」
リンネが首を振る。つまり、『時間』の概念を知らないということだ。
――普通なら知っているべきものを知らない。数字は若干違う。だが言葉は通じる。そうなると、遥か昔に生きていたと仮定できなくもないか……。
頭の中を回し、一つの結論に達する。そして、もし推測が合っているならば、長老と話せば何か見えてくるはずだと期待を抱いた。
「ショウよ。『じ』とはなんなのじゃ」
「時というのは、一日を二十四等分した時のことを指す。つまり、時計は一日がどのくらい進んでいるかを計るための魔道具ということだ」
リンネがどこか感動するかのようにして、時計をじっと見つめる。その姿が、なおさら推測が当たっていることを確信させた。過去から未来に来て、未知の物に出会えばそうなるだろうと想像できたからだ。
「のう。どういう仕組みで動いておるのじゃ」
「時計の裏に魔法陣が描いてあっただろ。あれが一定の速さで水を増やし、ガラスの中が満杯になると空にする。そして、空にした際に次の数字を光らせるように制御しているんだ」
「なるほど……。のう、二つばかり質問してもよいかの」
「いいぞ」
リンネが、質問を自分の言葉にするかのように、少しの間考え込む。その後、ゆっくりと口を開いた。
「一つ目じゃ。一日の始まりが零時ということで合っておるかの」
「合っているぞ」
「よしよし。では二つ目じゃ。妾は、一日の長さは日によって違うものと認識しておったのじゃが、その辺はどういうふうに計算されておるのじゃ」
「……それは、一日の始まりが日の出で、終わりが日の入りと考えていた。ということで合っているか」
「うむ」
どこか期待に満ちるような視線が向けられる。意外と知識欲が旺盛なのかもしれない、と思った。
「俺も詳しくは説明できないが、日の出日の入りには周期がある。それを加味した上で、昔の学者が設定したのがこの値らしい。だから、同じ時間でも日が出ていたり、沈んでいたりする」
「ふむ。周期を考えた上で定量的に時を計っているということじゃな」
「そういうことだ。ちなみに、四百日で一年というまとめ方にもなっている。日の出日の入りの周期が、四百日単位で一周するからだそうだ」
リンネが、「ほぉ~」と声を上げた後、商品棚に視線を移す。そして、何種類もある時計を値踏みするように凝視し始めた。
「ショウよ。どれを選んでもよいのか」
「構わんぞ。弁償するにあたり、一番いいと思うものを選べ」
そう言うと、リンネがすかさず一つの時計を手に取る。最初に手に取った時計だった。
「これがよい」
「そうか。なら、それを持ってついてこい」
「うむ」
リンネを引き連れて、入り口際にあるカウンターへと移動する。そして、店員に時計を渡し、カバンからいくらかの銅貨を取り出した。
その瞬間、リンネが食い入るようにして銅貨を見つめてくる。大人っぽい見た目に反した行動のため、少し滑稽だと思ってしまったのは内緒だ。
「毎度ありがとうございます」
会計が終わり、店員から時計が手渡される。それを、さらにリンネへと手渡した。すると、大事そうに抱きしめる。
「ショウよ。その……ありがとう」
「貸しにしただけだ。別にかしこまる必要はないぞ」
「そう言ってくれるのはありがたい。じゃが、礼を失するわけにはいかん」
「……どういたしまして」
言葉を返すと、リンネが嬉しそうに微笑むのだった。
その後――。
雑貨屋を出てアイリス宅へと歩みを進める。その途中、リンネが少し不思議そうな表情で口を開いた。
「のう、ショウよ。気になっていたことを聞いてもよいか」
「いいぞ」
「お主はなぜエルフと親しげなのじゃ。妾の知るエルフは、エルフ以外の種族とは馴れあわない種族だったのじゃが」
「そのことか。……まず先に、エルフの価値観はお前の言った通りで合っている。それを前提で話すぞ」
リンネがこくりと頷く。
「俺がエルフと知り合ったきっかけは、人間の作った生活用品をここに運んでほしいという依頼だった。例えば、今買った時計なんかも俺が運んだものだ」
「ほう。そうなると、エルフの方から人間の作ったものを使いたいと言ってきたわけじゃな」
意外そうな表情をしつつ、リンネが先を促してくる。なので、「そうだ」と言葉を続けた。
「ただ、運ぶに当たり、魔法が使えないことが条件だった。勝手な想像だが、魔法で情報収集されたり、『大樹の加護』に工作されることを疑ったんじゃないかと思っている。つまり、部外者と必要以上に馴れ合いたくはないということだな。だから、魔法の使えない俺に白羽の矢が立ったわけだ」
「なるほどの。じゃが、きっかけさえできてしまえば、付き合っていくうちに信頼関係できるのは自明じゃ。それで親しかったのじゃな」
「その通りだ。最初の付き合いから、もう五年は経つな」
懐かしさで目を細める。と、その時だった。上空からエルフの子供たちが、橋にぶつからないようにして急降下していく。
「ショウよ、あれはなんなのじゃ」
「『風の滑り台』だ。魔法で風の坂を作り、滑り落ちる遊びだ」
「ん? それは面白いのか?」
「そう思うのは、お前が空を飛べるからだろ。飛べない種族からしたら、高いところから落ちる感覚はなかなか味わえないからな」
リンネが納得したように小さく頷く。そして、子供たちの楽しげな姿を眺めるのだった。
その後、これといった会話もなく歩く。そうするうちに、アイリス宅まで帰って来ていた。
「アイリスさん。戻りました」
「あら、ずいぶんと早いですね。もっとゆっくり見てきてもらって構わないのですよ」
「リンネの用が済んだら、また外に出るつもりです。ほら、渡してしまえ」
背中を押してやると、リンネがおずおずと進み出る。
「これが弁償の品じゃ。すまんかった」
アイリスが微笑む。そして、時計を受け取り、リンネをぎゅっと抱きしめた。
「……ありがとう。リンネちゃん」
その光景が仲の良い姉妹に見え、少し羨ましく思う。同時に、小さく微笑むのだった。
舞台内での時間を定義したので、今後は時間表記を文章内で使用します。
(現実と同じく、二十四時間表記です。ただ、分や秒の概念はありませんのでご注意を)
次回は11/1(日)です。