12.情報整理
アイリスに連れられ、ショウは数あるツリーハウスの中でも、一番立派ものに案内された。
「どうぞ」
「では、お邪魔します」
頭を下げながら玄関をくぐる。中はいたって普通の一軒家だ。ただ、一つだけ特出するところがあるとすれば、天井から床、家具に至るまですべて木造だということである。森と共に生きるというのは、まさにこういうことであろう。
「……邪魔する」
「よかった。ちゃんと話せるのね」
リンネが不服そうな表情をする。おそらく、アイリスの子ども扱いするような雰囲気が癇に障ったのだろう。だが、それは仕方のないことだ。
エルフは長寿である。見た目が若くても歳はわからない。だから、アイリスから見れば、リンネは子供のように映るはずだ。自ずとそれらしい対応をしてしまうのが自然である。
「ではお二人とも、そこの椅子にでも腰かけていてください。温かいものを作りますので」
アイリスが奥の部屋へと移動していく。その後ろ姿に頭を下げ、「ありがとうございます」と礼を述べたのだった。
「ふぅ。やっと一息つける」
アイリスが奥の部屋に消えた後、椅子に座る。倣うようにして、リンネが対面の椅子に座った。そして、不機嫌そうな表情で見つめてくる。
「わざとじゃな」
「なんのことだ」
「しらを切るつもりか! なぜ妾があのような憐れみを向けられねばならんのじゃ」
「それが自身の選択だろ。俺は選択肢を与えたはずだ」
「露骨に誘導したろうが!」
「それに乗ったのはそっちだ。大方、俺に恥をかかせられると喜んでいたんだろうが」
「うぐぅ……」
リンネが口をつぐむ。正直なヤツだ、と心の中で呟いた。ちょうどそのタイミングで、アイリスがトレイにカップを乗せて戻ってくる。
「あらあら、何を話していたのですか」
「生まれはどこなのか、みたいなことをあれこれ聞いていたのですが。まぁ、この通り拗ねられてしまって」
アイリスが「ふふっ」と笑い声を漏らし、カップ前に置く。中は、透き通る液体と、細かく刻まれた野菜が少々浮かんでいた。
「いただいていいですか」
「どうぞ」
アイリスの許可をもらい、カップを口につける。口の中に柔らかい暖かさと旨みが広がっていった。
また、野菜だけではなく山菜らしきものが混じっていることにも気付く。少し噛んでみると、やや弾力しつつ、ほのかな苦みを感じた。しかし、それがまたスープ全体の味を調えているのである。
「はぁ~おいしかった。ごちそうさまです」
「お粗末様です」
飲み終えたところで、無言でこちらを見つめていたリンネが、カップを手に持つ。そしてゆっくりとした動作で口につけ、徐々に傾けていった。
アイリスがその様子をニコニコとした表情で見守る。まるで、妹を見つめる姉のようだ。今にも鼻歌を歌いだしそうである。
「……うまい」
「よかった。お口に合ったみたいで」
花が咲くようにしてアイリスが笑う。そんな中、リンネが気恥ずかしそうにしながらスープを飲み干すのだった。
「……ごちそうさま」
「うん。お粗末様」
そう言うと、アイリスがリンネの隣に座る。さらに、リンネの体を隅々まで眺めだした。
「な、なんじゃ……」
「ん~、私よりちょっと背が高いかな。胸は比べるまでもないくらい大きいけど、たぶん大丈夫」
アイリスが立ち上がる。とてもうれしそうな表情をしていた。
「私のお古ですが、何着か服を用意します」
「いいのですか」
「ショウさんには普段からお世話になっていますから」
「……すみません。では遠慮なく」
「はい、任されました。それじゃあリンネちゃん。一緒に二階に行こう」
『行こう』と誘ってはいるものの、既にリンネの手はがっちりと握られている。アイリスの表情は、まるで獲物を狙う肉食獣のようなもので、絶対に逃がさないと言っているようだった。
――何をされるかはわからんが頑張れよ。
心の中で呟き、リンネが連れられて――もとい、連れ去られていく様を見送るのだった。
その後――。
一人取り残されたショウは頭の中を切り替える。がらりと雰囲気が変わり、睨みつける様な鋭い目つきとなった。
「さて、今のうちに情報整理といくか」
淡々とした口調で告げ、腕を組む。
その瞬間。
「や、やめろ。胸をさわるでない!」
「減るわけでもないし、いいじゃない」
「や、やめ――」
二階から大きな足音と共に、二人が騒ぐ声が聞こえてくる。一体何をしているんだ、と呆れてため息を吐いた。
「……情報整理だ」
独り言を呟き、脳内を巡らせ始める。最初に考え始めたのは、なぜ勇者が村の近くの森にいたかということだった。
出来事を順序立て、組み立てていく。ニーナを狙っていたのではないかという結論落ち着いた。決め手は、森の中でレヴァンに出会った時に、ニーナについて聞かれたこと。そして、『余計な事を』と呟かれたことだ。
ニーナが狙われる理由があるはず。心の中で呟き、思考を繰り返す。だが、何も思いつかなかった。情報が不足している、と諦める。
「……理由次第ではニーナが生きている可能性も――いや、そんなことは考えるな」
生存の可能性を切り捨てた。希望に縋れば縋る程、現実を知った時の痛みが増してしまうからだ。
なら、最初から死んでいるものとした方が負担が少ない。なにより、ニーナが生きていたところでやるべきことは変わらない、と脳が叫んでいた。
「……一旦落ち着け。冷静になれ。わかるところから一個ずつ潰していくんだ」
両手で頬を挟むようにして叩き、頭の中をリセットする。その後、レヴァンがどのようにして森まで追ってきたかについて考えた。
これに関してはすぐに考えがまとまる。おそらく、酒場でニーナから出身地を聞き出しておき、移動経路を見張っていたのだろう。転移列車の購入履歴辺りを手に入れられれば、追跡は容易であるからだ。
さらに推論を重ねる。村に帰るところを狙われていたのではないかという疑いが浮かんできた。
なぜなら、イルネミアは田舎であり、もともと魔族が出現する場所である。世情を考慮すれば、危険な魔族がたまたま現れていたとでも言えば、村ごと消したとしても世間から追及を受けることはない。つまり、難なく証拠隠滅できるのだ。
「……そう仮定したとして、なぜそうする必要があったんだ。ニーナが狙いなら、略奪みたいなことをしなくても、理由を話してニーナを引き取る手もあったはず。国からの信頼が厚いレヴァンなら、多少の無理は利くはずだ」
ぶつぶつと呟き、頭をかきむしる。考えが発散しすぎて、まとめきれなくなってしまったからだ。
ため息を吐く。さらに、今の独り言であることに気が付いてしまった。レヴァンを相手取るということが人間を。ひいては、国を相手取ることと同義だということに。
――無謀かもしれない。でも俺は……。
そう心の中で呟いた時だった。二階からの足音が近づいてくる。終わったようだと思い、表情を普段通りのものに戻す。
しばらくすると、笑顔のアイリスと、疲れ切った表情のリンネがやって来た。
「ショウさん、どうです。リンネちゃん可愛いでしょう」
「おお、似合っているな」
露出が減り、まともな格好になったリンネを見て、素直に答える。若干胸元がきつそうだとは思ったが、セクハラ発言と取られてはたまらないので言わなかった。
「……」
リンネがムスッとした顔のまま、反応を返さない。すると、アイリスがリンネを見つめて口を開いた。
「もう、男の人に褒めてもらったら、笑顔を返さないとダメよ。リンネちゃん」
アイリスが少しづつ距離を詰めていく。じりじりと下がるリンネが少し不憫に思えてきたので、助け船を出すことにした。
「アイリスさん、その辺にしておきましょう。リンネも疲れているでしょうし」
「……そうですね。ごめんね、リンネちゃん」
「……この服は可愛いぞ。ありがとう」
もごもごと呟くリンネがツボにでもはまったのか、アイリスがリンネを抱きしめる。
「ああっ、なんてかわいいの!」
「なっ、ちょ、は、離せ!」
抱きしめられるリンネが、少し涙目になって助けを求める様な視線を送ってきた。しょうがないので、口を挟むことにする。
「……そうだ、アイリスさん。長老はおられますか」
「すみません、おじい様はショウさんたちが来る少し前に出かけてしまいまして」
「入れ違いになってしまいましたか……」
困ったようにしてアイリスを見つめた。すると、アイリスがリンネを離し、こちらに向き直る。
「おじい様に用があるのですね。でしたら、ここに泊まっていってください。この森だと、他に泊まれるような場所もないですし」
「……何から何までありがとうございます」
「どういたしまして。それでは、早速部屋に案内します。ついてきてください」
アイリスの後に続き、一階にある客室に通された。
「ショウさんはここを使ってください。リンネちゃんは私の部屋で一緒しようね」
リンネがビクリと肩を上げた後、涙目で助けを求めてくる。一体二階で何があったのだろうか、と少し気になってしまった。
「アイリスさん。リンネもこの部屋ではだめですか」
もの凄い威圧感が襲ってくる。思わず一歩後ずさってしまった。
「あら、どうして」
「リ、リンネを拾ってからゆっくりできるタイミングがなかったので、今後の事を含めて少し話したいと思いまして」
「そうなのですか。でも、男女同室はよくないわ」
「手を出すつもりはありませんよ。それに、最初に話した通り、色々訳ありでして……」
恐怖の笑顔で見つめてくるアイリスとしばらく対峙すると、仕方ありません、と呟くようにため息を吐かれる。
「では、リンネちゃんもここに泊まってください」
「すみません。ありがとうございます」
「代わりに、一緒にお風呂する権利は譲ってもらいますよ」
「どうぞどうぞ」
リンネが後ろで、「おふろとはなんじゃ……」と小さく問いかけてきたが無視した。これ以上付き合っていたら、身が持たないと感じたからである。
「では、お風呂が沸きましたらお呼びしますので、少々お待ちください」
アイリスが部屋を出ていく。二人で顔を見合わせて、ホッと一息つくのであった。
次回は10/26(月)です。