第96話 迎えの使者
ーー昨日見たこと、話すべきだろうか。
ケルンとライカの両名と飲んだ翌日。ミナギは思案しながら、そのゆっくりとした足取りでかの遊園地へと向かっていた。
昨晩、ケルンの部屋で目についた資料。そしてそれから連想されるようにして見た夢の内容。そのどちらもがあの園長に事の次第を伝えるべきだとミナギ自身に示唆しているように思えたのだ。
だが、どうして自分が彼らの関係に踏み込む義理があろうか。所詮赤の他人じゃないか、放っておいたところで、いやむしろそのほうが自然な関係じゃないか。そんな思考の渦が今も頭の中で絶えず回り続けている。
「当局に許可もなく、勝手なことをしてもらっては困るね」
遊園地の正面入口が見え、向かおうとしていたところに何やら訓戒らしき物言いが裏の方から聞こえてきた。
回り込むと、そこにはクルムとヨークが、見知らぬ者達数名と向かい合って立っていた。
その者達はみな制服と思しきロゴマーク入りのベストを着用し、腰に警棒を備えている。あれが昨夜、ライカの言っていたヨークの身柄を引き取りに来た搬送係ということだろう。それにしてもクルムとヨークに対してはやけに高圧的な態度が気にかかるが。
「はいはい、悪うございましたよ」
「拘留中、そいつが何かしでかしたら我々にまで火の粉は降りかかるんだ。わかっているのか?」
「そういうことなら、容疑者の処遇についてはずっとウチらの管理下に置いてたよ。まだ裁判で有罪も決まってないこいつを、あんたらが迎えに来るまでの期間、部屋に閉じ込めておいたって可哀想だ。現にトラブルも……まあ、起こしちゃいない。問題ないだろ」
「物は言いようだな。まったく、面倒は勘弁願いたいよ。どうせそのブルータルズのろくでなしは、お前らがどう目を掛けてやろうが、変わらんよ」
何を言われてもクルムは口元をジャージの裾に埋め、目線を落として我慢強く耐えるつもりのようであったが、次の一言は耐え難い侮辱だったらしい。
「お前たちのリーダーもリーダーだな。こんな酔狂を働くとは。辺鄙な砂漠を任され続けて、暑さでおかしくなってんじゃないか」
おまえっ、と凄まじい気迫でクルムが口元を露わにした。荒れた鼻息までもが盗み見ているミナギの元に吹いてきたのではないかと思うほどだった。背後のヨーク含め、間近にいた者達はなおのことその怒気に反射的に縮み上がっている。
だが、一触即発の彼らの間に、焦った様子でブライトが割り入ってきた。片手でクルムを制しながら、顔は苦し紛れな愛想笑いを搬送係の者達に向けている。
ブライトの顔を見た搬送係の一人が、何かに気づき、その瞳が直前までの驚きから好奇の色に変わった。
「おや、君は確か前に会ったことがあるな」
「そうですか。顔を覚えてもらっているなんて光栄ですね」
「そうそう、都近くのグリード山賊団アジトを一斉摘発した時だ」
「へえ、じゃあ、そのときは都の警備を任されてたエリートが今や死の砂漠でゴミ拾い係ってわけか」
その一声を合図に、表面上は笑いを堪えているといった体で、彼らは一斉に肩を揺らし始めた。ブライトは気まずそうに一瞬俯いたが、それから顔を上げた時にも今までの愛想を崩していなかった。
「ともかく、遊園地での片付けを終えさせたら迅速に引き渡します。それまでどこかでお休みになってはどうです? ここまで来るのも疲れたでしょう」
ブライトはそう言って搬送係を一旦追い返し、彼らの姿が消えたあたりで額のを拭った。
「以前の搬送係とはメンツが違ったな。おかげであんなにイビられてしまった」
「ブライト、言われっぱなしでよかったのかよ」
「見たところ、あれは普段都周辺を管轄にしている治安維持局のメンバーだ。やはり今は例の大規模作戦の煽りを受けて人員が不足して、イレギュラーな当番になったらしいな」
「おい、ブライト!」
クルムの義憤を躱そうと自分の考えを粛々と述べていたブライトも、流石に正面に回り込まれて叫ばれては、そうもいかないらしく、すっかり諦めた面持ちでクルムを諭した。
「ボスを侮辱されたクルムの怒りはわかるよ。でも、あそこで騒ぎを立てたらボスに迷惑をかける。それじゃ本末転倒だ」
クルムは返す言葉もないらしく、ジャージのジッパー締め直して再び顎を埋めるいつものスタイルに戻った。
「お前も巣立ちの日にとんだ修羅場を見せつけてしまって、すまなかったな」
ブライトはクルムの後ろでずっと今までのやり取りを聞かされていたヨークの方を向いた。
「別にいい。ああ言われるのは慣れてる」ヨークは瞬きもせずにそう応じた。「片付けってほどのことはもうない。あとは、あいつ――園長に世話になったって社交辞令を言うだけさ」
それだけ言って足早に園内に戻り出した。その様子がブライトには珍しい景色に映ったらしく、ぱちぱちと瞬きをしてからクルムに尋ねた。
「なあ、クルム、あいつは本当に働いてたのか?」
「ああ、勤勉そのものだった。ただ……」
「ただ?」
「心ここにあらずって瞬間が一日になんどもあったな。壁の向こうを見たりしてさ」
ブライトはその言葉につられるように、デザートパラダイスを構成する大きな外壁の方を見た。それから骨折して固定された手をさすって何かを思い出しているようだった。
「ちょっと待ってくれ」
ブライトは居ても立ってもいられず、園内に入ろうとしていたヨークを呼び止めていた。




