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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第九章 デザートパラダイス
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第94話 飲み会帰り

 その後、向こうの世界からやってきたとあって、ミナギは興味津々の二人からいくつか質問攻めにあった。酒気を帯びた談笑を交わす間に時計の針がどちらも十二を超えたところで、ライカがふらついた足取りで席をたった。


「そろそろお暇することにするよ。明日は昼には起きて見送りしたいから」


「隊長、探しましたよ」


 店の扉が開いて、クルムが入ってきた。


「お、よく居場所がわかったね」


「爺が今頃潰れてるだろうから迎えに行ってやれって」


「失敬な……まあでも前後不覚は否めないね」


 ライカは眠そうな声を発して目を擦る。


「あの、見送りってもしかして」


 ミナギが問いかけると、ライカはそれまでの気の抜けた表情をやめて真顔で頷いた。


「さっき、明日中にヨークを送検すると連絡が来たんだ。短い間だったけど、あの遊園地にも世話になったろうし、色々取り計らって後を濁さず発てるようにしないと。じゃ、おやすみ」


 ライカは会計を済ませてクルムと共に出て行った。ケルンも手を上げて見送っていた。


 しかし、少し目を話した隙にケルンも瞼を閉じてしまう。眠気と酔いに抗おうとするたび首が上下に揺れ、見ている者を心配させた。


「主任! 迎えに来ましたよ!」


 静かな室内に明るい声を響かせ、入口のペットドアから入ってきたのは、デザートパラダイスにやってきてメドウから荷物を受け取っていたラオブという研究員だった。


「どうしたんですか? そんなになるまで飲むなんて珍しい」


「うーん、ちょっとね……」


 ケルンは馴れ初めの話をしている間、紛らわすようにグラスを口元に運んでいた。無意識に飲んでいるうち、許容量を超えてしまったのかもしれなかった。


「じゃあ、私はこれで。おやすみなさい」


 ケルンにも迎えが来たことを見て、ミナギはそこから立ち去ろうとする。ぐい、と裾を引かれる感触がしたので振り返った。膝下ほどの身の丈のラオブがこちらを見上げていた。


「あのう、頼みにくいんですけど、運ぶの手伝ってもらっていいでしょうか?」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ほんと、助かりましたー。今日はアストも遅番で頼みにくくて」


「いえいえ、私もご一緒して楽しかったですから」


 ラオブの案内を受けて、ミナギはケルンの車椅子を押して職員用の社宅施設の廊下を歩いていた。


「ここです」


 エレベーターを上がった先の部屋の扉を開けて、中に入る。ケルンの自宅はその建物の最上階にあった。


 自室内は車椅子で動けるように設計されていた。玄関をはじめ、壁沿いに手すりが設けられており、浴室前には入浴用の椅子、キッチンには高さを調節するための台座が設置されていた。


 キッチンが面しているリビングは、壁一面がワイドスパンの窓ガラスになっており、そこを出たバルコニーからはデザートパラダイスの施設を一望することができた。本物ではないが夜の月光に照らされた海も見える。「オーシャンビューを臨めます」という惹句で売り出された物件を内見しにきた客のようにミナギは独り感嘆した。あの遊園地のランドマークである観覧車やジェットコースターのレールもここから見ることができた。


 室内移動用の椅子に乗り換えたケルンをリビング横の寝室まで連れて行く。扉を開けると、高さと角度の調節が可能な電動ベッドが置かれていた。その脇に車椅子を置き、ケルンを寝かせた。


「あー、もう! またこんなに散らかしてえ」


 ラオブがサイドテーブルの上に散らかったレジ袋や食料品の包装を片付けながら小言を言う。


 しっかり者に見えて意外と私生活ではずぼらなところがあるのかもしれないと思うと、ミナギは急激に親近感を覚え始めた。


「いいでしょう、別に。人がどんな生活したって」


 ふにゃふにゃと回らぬ舌でケルンがそう反論する。


「だって、見てくださいよ! これなんて賞味期限過ぎてますから」


 冷蔵庫から持ち出した調味料を掲げてラオブは注意する。


「過ぎてないでしょ。来月よ、来月」


「一昨年の来月ですよ!」


「そうだっけ」


 それからもしばらく「仕方ないなあ」と口にしてはせっせと片付けを続けていたが、言葉とは裏腹に嬉しそうだった。ミナギはきっとケルンのことが好きなのだろうなと推測する。


 一緒に軽い片付けをしている最中、ミナギはリビングのローテーブルの上に置かれた資料が目についた。


「デザートパラダイス計画立案書」と丸い手書きの文字で表題の書かれた古い冊子と共に、乱雑に資料が散らばっていたのだ。門外不出のものかもしれないが、そこにあのバルニバービ遊園地と先ほど訪れた喫茶店ガリバーが映っているらしい写真が置かれていた。


「ミナギさん!」


 背後から急にした声に、覗き見を咎められたと思い一瞬心臓が跳ねる。しかしラオブは至ってにこやかな顔をしていた。


「お手伝いいただき、本当に助かりました。ありがとうございました!」


「あ、はい。おやすみなさい」


 ミナギはお辞儀を返して部屋を出た。頭の中で、目にした資料に書かれていたことを反芻しながら。

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