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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第九章 デザートパラダイス
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第89話 働く者食うべし

 ジェットコースターから降りても、平衡感覚を失った体は安定せず、平坦な地面の上さえも転がりそうになる。


 そんなふうにふらつくヨークの肩を容赦なく掴んできたのは、臨時の雇い主である園長だった。


「ご苦労! おかげさまで悲鳴を聞きつけた客がまたわんさかやってきたぞ。人の不幸は蜜の味ってのは本当らしいな」


「そう言う慣用表現じゃないと思うが……」


「細かいことはいい! さあ、ひと叫びした後は別の仕事だ」


 ヨークが働き始めてからというのもの、園長はずっとこの調子だった。事前に言っていた通り、ヨークはジェットコースターの悲鳴役として雇われたのだが、それが終われば別の仕事を教え込まれた。


「ずっと叫んでばっかだとわざとらしいだろう」


 園長はそう言った。実際、サクラが人前で出張り続けるのは逆効果だということに反論できなかった。そこでヨークは午前、午後の2回に分けて広告塔の役目を果たすその合間に、遊園地の別の業務を任されることになったのだ。


 着ぐるみを着させられての園内清掃、デザートパラダイス施設内でのフライヤー配布、接客、会計、事務仕事、その他雑用雑務等々。要するに、体よくこき使われているというわけだ。


「園長、破棄するのはこれで全部ですか?」


 ふと呼びかける声がした。他の従業員が数台の遊具を指差して立っていた。その遊具はどれもみるからにボロボロだった。


 園長はこっくりと頷いた。だが、その顔はもの惜しそうだった。


「故障気味でうまく動かないからな。そんなものに人様を乗せる訳にもいかない。どうせ修理してもぼったくられる。管理するにも手間がかかるし、捨てるしかないよな」


 近くにいたヨークに説明しているふうでいて、自分にそう言い聞かせているようだった。


 ヨークはその小さな車を模した電動式の装置を見て、閃くものがあった。


 休憩時間になると、ヨークはバックヤードでその装置の中を覗いてみた。


「このタイプの機械は前にいじったことがあるっけな。兄貴が持ってきた盗品は確かこの部分を……」


 記憶を頼りに修理し、蓋を閉じた。スイッチを押してみると、それは息を吹き返すように動き始めた。


「直したのか!」


 振り向くと園長が立っていた。顎のあたりをこすって、感心していた。


「やるじゃないか。まさかこんなスキルがあったなんて。これなら安全確認した上で、またお客さんを乗せられそうだな!」


「でも、外装がまだボロボロだよ。塗装も剥げてるし、ホイールの接合部だって錆びてる。ええと、確かこっちにペンキがあったっけな。ホイールの代用になりそうなパーツも確か廃材置き場にーー」


 ヨークはペンキを手にして塗っている最中、また昔のことを思い出していた。バレルがしばらく根城にしていた貧相なバラックをリノベーションしたことがあったのだ。


 そうしてみるみるうちに、ヨークは遊具の外装も美しく仕上げて見せた。


 それからヨークはテキパキとあらゆる業務をこなしたのだった。


 園外で呼び込みをする際には下手に出て相手の機嫌を取るスキルを活かして相当な枚数のビラを捌き切り、宣伝のために出た昼時のショーでは幾多もの死線を潜り鍛えた身体能力でジャグリングやボール乗りを披露して見せた。


 仕事をこなしている時、脳裏には常にかつての上司の元での日々を思い出していた。


「あいつ、なかなかやるなあ」


「もう潮時だと思ってたけど、もしかしたら本当に盛り返せるかもしれないね」


 他の従業員たちも新入りの働きぶりと遊園地が変わりゆく予感について口にしていた。


「ようし! 今日の昼は俺の奢りだ! じゃんじゃん食え!」


 すっかり上機嫌になった園長はフードコートのテーブルにヨーク達を座らせ、各店舗から料理をどっさり運んできた。


 ヨークはテーブルの上に並んだ料理と園長をそれぞれじっと見た。


「見たか、経営陣! 業績は回復! バルニバービ遊園地は不滅だ! 追い出したら損だぞ!」


 何かに向かって叫び始めたと思ったら、その視線の先には白衣を着た研究者達がいた。うち一人は車椅子に座っていた。


「あれがうちの園長の元奥さん」と、同僚が囁き声で教えてくれた。


 だが、この手の応対はいつものことらしく、ここの主任達はそっぽを向いてフードコートを通り過ぎていくのだった。


「あーもう! あの人また主任を困らせて! いいんですかあ、放っておいて」


 去り際にラオブが言った。彼女は怒ったりしないケルンの代わりにこうしてよく怒ってくれる。


「いいのいいの。さ、それよりも濾過装置の件をなんとかしないと。メドウくん、警備に時間を取られているみたいだけど、だからってこっちもこれ以上時間かける訳にはいかないからね」


 ケルンはそう言って後腐れない様子で次の仕事に向かった。


 ケルン達がそんなやり取りを繰り広げていた一方、ヨークは彼女達の関心を誘おうと必死になる園長のその虚勢に呆れつつも、嫌いにはなれなかった。


 「ふん、無視かよ! まあいいや。さあほら、食え食え」


 園長に促されるまま、ヨークはテーブルの上に乗る料理を摘んで口に運んだ。

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