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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第九章 デザートパラダイス
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第87話 エンゲージリング

 それからというもの、着る物も食べる物も与えられるがまま与えられ、教わったことをそのままに実行する日々が始まった。そこに疑問や躊躇いが生じる余地はなく、ただウラガンに褒められることだけを最上の目的として命令に従い続けた。


 我流で身につけた喧嘩や盗みの技術も鍛錬し直された。生身の戦闘にも慣れると、サンドウィッチマンを充てがわれ、それを使って戦うようにもなった。


 新たな指導で身につけた術を実戦で用い、組織に貢献する。そしてまた褒美を与えられ、更に高度な任務が降って来る。敵対する組織を壊滅する作戦で役立った時には、ウラガンはたいそう喜んだ。喜んで、頭を撫でてくれた。


「よくやったじゃないか。あの時お前を拾って正解だったよ。これからも期待しているよ」


 期待している。その言葉を拠り所にバレルはひたすらに働き続けた。


 けれども、ウラガンの直属の部下として働く日々に突如終わりが訪れた。先代のボスが死んだという一報が組織内に響き渡った。そこで、最高幹部のうち最も手柄を立てていたウラガンがその後釜につくことが決まったのだ。


 ハートバース世界全土にその名を知られている大規模シンジケートであるブルータルズの首魁になるということは、バレルの手の届かない天上へと招聘されるに等しい出世だった。


 直属の部下達を集めて別れの言葉を告げる日、バレルは育ての親とも言える上司の出世を表面上は祝いながらも、裏で出会った時のようにうずくまって人知れずに涙を流していた。


「ここにいたのか」


 そしてあの時と同じように、ウラガンはバレルを見つけ、声をかけてくれた。


「男が泣くんじゃないよ。私だってお前とのしばらくの別れは寂しいさ。でも、お前のことだ。その階級で燻るような器じゃあないだろう? 今以上に強大な力を身につけて、いずれは私の右腕になるはずだ」


 バレルは鳴き声を押し殺し、黙って頷いた。


「その時が来るまでこれを大事にするんだ。辛いことがあってもこれを見れば私との約束が思い出せるはずだ」


 そう言ってウラガンはきらりと輝くものをバレルの目の前に差し出した。それは金色の指輪だった。


 バレルは指でつまみ、それを眺めた。出会ったあの時に見た遊園地の大車輪を思い出した。この輪がまるで二人の巡り合わせの象徴のように思えた。


 そうして、ウラガンはウインクをして立ち去っていった。


 それからというもの、バレルはそれまで以上に勇んで各地で功績を上げるようになった。再会の約束のため一心不乱に働き、向かい来る敵を蹴散らした。


 年月がいくら過ぎ去っても約束は風化せず、常にバレルの心の炎となって燃え盛っていた。指輪を眺めれば、ウラガンの顔が浮かび、その隣に並び立つ自分の姿までもが想像できた。


 ーー俺はボスみたいに強くなるんだ。


 作戦を妨害しに派兵された管理委員と遭遇した際にも、バレルはそう念じ、自らを鼓舞し、立ちはだかる管理委員を戦闘不能に追い込んだ。


 それでも差し違える形で負傷してまったバレルは、片腕を抑えて木陰で休息を取ることにした。うつらうつらと眠りかけていた時、その声は聞こえた。


「く、来るなあ!」


 バレルはその声のする方へ興味本位で向かった。道沿いの茂みから顔を出すと、一人の少年が息を切らしながら走っていた。それを四人の体格のいい大人達が追っていく。クズリの姿をした少年が捕まれば、ひとたまりもないであろうことは容易に想像がつく。


 大人達は「待ちやがれ!」「今止まれば軽く痛めつけるだけで勘弁してやるよ!」などと荒っぽく叫んでいる。


 少年の手には遠目からでも高価とみえる金細工を抱えていた。それを狙われての追跡劇であることは明らかだった。


 バレルは茂みから立ち上がり拳を握った。それに応じるようにして顕現したサンドウィッチマンを追手の四人に向けた。

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