第79話 見廻組
「へえ、それで彼、働いてみるって? 随分急な心変わりだねー」
ライカが感心したように応答する。
「ワシもようわからんの。だがまあ、動機の仔細はともかくとして、良い兆候ではあるな。幼少からどっぷりと組織に取り込まれていた者は、服役後にもなかなか苦労して、挙句の果てに元通りーーいや、下手打てばより劣悪な状況に倒れていく者も多い。それがあいつは意外とうまくやれそうな気配がある」
無線越しに聞こえてくるヒョウの声もひとまず安心したようだった。
先に逮捕したヨークは正式に留置場に送られるまでは、一旦デザートパラダイスの施設内で留置しておくことになっていた。本来なら余計なことはせずに、監禁状態に置いておき、連行係がやって来れば引き渡してモグラ隊の役目は御免になるところだ。
だが、ただ逮捕しておしまいとしないのがライカの方針だった。
「他にも居場所があるってことを理解する。たったそれだけのことが、案外心の支えになるモノだからね」
「その優しさ、毎度毎度本部に言い訳させられるワシの身にも分けてほしいのー」
「あら? 今回も言い訳は立つでしょ。『逮捕後はきちんと一定区画内で留置してください』って言われたら、『デザートパラダイス内で留置してました』って言えばいいんだから」
「ほとんど頓知の域だが、今回もお前さんの言うことに従うよ。そういう訳で、こっちのことは心配する必要はない。そっちの状況はいかがかな?」
「Nー3区画まで来てみたけど、今のところは敵影なし」
メドウ、ブライトと合流したライカは、共にデザートパラダイス本体から離れた所にある周辺施設を回っているところだった。地下道を通るリニアモーターカーに乗って、しらみ潰しに一駅ずつ降車しては、施設勤務の職員に警備状況を尋ねていた。
そこへブライトとメドウが戻ってきた。ブライトが報告する。
「ここも特に異状はありませんでした。地上地中問わず、外部からの熱源、震動、感圧を察知次第すぐに警報装置が鳴るはずだとのことで」
三人は次の区画へ向かうことにした。
「メドウくん、今更ながら申し訳ないね。ただでさえマルチタスク抱えてる最中にウチらの管轄にまで手を貸してくれるなんて」
列車に乗っている間、特にすることもないので、ライカはなんとなしにメドウに語りかけた。
「いやいや。元はと言えば僕が逃してしまった責任もあるので。それに、マルチタスクは僕に限ったことじゃないでしょう」
そう言ってメドウは気を遣わせないように話題を逸らした。ライカの抱えるタスクとは、すなわちヨークのことを指しているのだろう。
「あの子のことはヒョウ爺達に任せとけばなんとかなるよ。モグラ隊はこういうのは慣れっこだから」
「しかしメドウさんの言う通り、隊長は放っておくと仕事を抱え込みがちですよ。今回の件だって、メドウさんがいたから良かったものの、いなければあのブルータルズ相手に今頃無事でいられたかどうか……」
ブライトが眉を下げながら口を開いた。
その様子を観察していると、ライカ達の組織の有り様が理解できるようだった。常日頃から椅子でふんぞりかえることなくあれよあれよと前線で突き進んでいくこの隊長を、配下の隊員達が手助けすることで成り立っているのだろうと思われた。それは隊長の人柄がなければ成立しないという意味では危うく属人的な組織体系だが、現に成り立っているからにはその人望が証明されているとも言えた。
「何よう! 隊長に楯突くってわけか!」
「い、いえ、決してそんな……」
強気に出たライカに対し弱腰になるブライト。それを見てライカは相好を崩す。
「ウソウソ。助けに来てくれて感謝感謝だよ」
「はあ」
「ーーメドウくんもね」
「はい?」
唐突な名指しに、メドウは瞬きをした。
「何でもかんでも一人でできるのはわかるけど、あの可愛い部下や周囲の人達をもちっと頼るのもいいもんだよ。私みたいにね」
シエルとミナギを叱っていた時のことを思い出しながらの忠告だった。
メドウは頷いてみせたが、果たしてそれが本心からのものかは、ライカには測りかねた。
しばらく言葉が途切れると思われたちょうどその時、列車内に振動音が鳴った。自分の端末からだと気づくと、ライカはすぐさまポケットから取り出して応答した。発信者はヒョウだった。
「こちらライカ。どうした?」
「張っていた網に獲物がかかった」
近辺に飛ばしていた綿毛が敵影を察知したとの知らせだ。
「敵はEー1の貯水施設に向かっているらしい。飛ばしていたアンテナの反応が途絶えた。追って付近のEー2、Eー3の分も向かわせたが、それも同様」
「了解。これよりEー1へ確認に向かう」
「お気をつけて」
「そっちは念のため東のE区画を固めておいて。陽動の可能性も考慮して、西側に散布した分を東側に回し、南北双方への警戒網は維持で」
「言われずともやり始めておる」
「西方はブライトを配置しておくから、最小限でお願い」
ライカは端末を切り、メドウ達に次の移動先を告げた。




