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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第九章 デザートパラダイス
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第78話 オーバーラップ

 ーーなんなんだ、アイツ。


 クルムとヒョウに先導されながらホテルに向かっている最中、ヨークはしきりに先に覚えた苛立ちを反芻させていた。


 無論それは、あの寂れた遊園地を仕切る園長の憂さ晴らしに振り回された挙句に、今度は自分がその復興に役立つと知った途端、血相を変えて懇願しにくるあの園長の傍若無人な振る舞いに対するものだった。


 しかし片一方で、それとは種類の異なる感覚がヨークの胸中を這っていた。その正体を掴もうとすればするほど連なって過去のとある記憶を思い出しそうになるのをヨークは強固な意思で振り払うのだった。そうしなければ、大切にしているその記憶と先の園長の顔とが結ばれてしまいそうになる。そのことが殊更にヨークの苛立ちを増長させた。


 前を歩くクルムがこちらの様子を伺って「頭なんか振ってどうかしたか」と尋ねてくるが、ヨークは答えなかった。


「迷っとるのか? ま、もし気が変わったらいつでも言えよう。社会復帰への近道はまず働き口を見つけることだからの」そう言ったのはヒョウの方だ。


「そんなんじゃねえよ」


 あまりに見当違いな目算を立てられていたので、ヨークは吐き捨てるように反論した。また以前の調子で睨み返すと、ヒョウ達も流石にこれ以上は打つ手なしと見たのか、こちらへの注意は継続しつつも、目的地への道のりに目を向けた。


「ーー追い出されるっていうのは本当なのかい?」


 会話が聞こえてきたのは、それからしばらく歩いてのことだ。


 廃材置き場。扉にそう書かれた町工場のような建物を通りがかった際に、中から話し声が聞こえてきた。


「らしいぜ。さっき、園長がケルン主任に直談判して突き返されてるの見たって、そこらで噂になってる」


 聞き覚えのある園長という語句に反射的にヨークは足を止めた。半開きの扉の向こうを覗くと、奥の方に積み上げられた大量の粗大ゴミの前で、バケツやドラム缶に腰掛けた複数の若者が近くの自販機で買ったと思しき缶を片手に駄弁っている。


 主に喋っている二人の青年は、さっきの遊園地の従業員が着ていたものと同じ制服を着ていた。ヨークが園長に連行された際、すれ違うようにして「機械直ったので休憩行ってきます」と告げて二名ほど外へ出て行っていたが、ここで休憩していたらしい。


「またあの人、そんな無茶したのか。この前だって俺達も頭下げさせられたってのに、勘弁してほしいなあ。でも、目撃者多数なら決定的かあ」


「前からしぶとく残ってた方が不思議だったんだよ。ケルン主任がお情けかけてくれてなきゃとっくに俺達は求人雑誌と睨めっこだったろうよ」


「ケルン所長が? どうしてそんなこと?」


 二人の会話を傍観していた別の青年が尋ねていた。彼はまた別の店のものらしい制服を着ていた。


「ここじゃ常識だぜ。あの人達、昔はこれの関係だったって」


 答えた方が小指を突き立てる。


 聞いていた方は「へえ」としげしげと小指を見つめていた。


「残念だな。あの遊園地とももうすぐおさらばか」


「なんだお前。そんな愛社精神持ってたのか」


「あんなに暇してても給料が出る職場、他にはなかなかないからね」


「ひでえなあ」


 そうして笑い声をあげて戯れあっている青年達を、ヨークはじっと見つめていた。


 脳裏にあの遊園地と園長が浮かぶ。


 金属は錆びつき、塗装は変色しっぱなしのあの古ぼけた遊園地は、もうじき役目を終えるらしい。みんなから見放されていく遊園地を独り気にかけ続けている、あの園長のふざけた格好が、今はどういう訳だか、頭を振っても消えそうにない。


 それどころか、ある閃きと共に、頭の中に波紋が広がっていき、浮かんだ虚像が歪み出す。波紋が収まると、白い毛むくじゃらな羊の道化の像は、いつの間にか黒っぽい毛の生え散らかった大柄な熊の姿に変わっていた。


 他の誰でもないバレルだった。


「おい、何立ち止まってるんだ?」


 クルムの呼び声がした。


 ヨークは覗き見ていた扉から静かに体を離した。

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