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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第八章 砂漠
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第63話 砂上の戦い

 ヨークの叫びに反応し、バレルは後ろへ大きく飛び退いた。


 元いた方を見ると、地中から噴出した水の螺旋が天を突いていた。その操縦主は言わずもがなーーあの紅い着物を着た管理委員ーーメドウだった。


「なるほどなあ。そうやって回転させて地の中を突き進んできたってわけだ」


 しげしげとその様を見るにつけ、バレルはおちょくる調子で言った。


 メドウは取り合う素振りも見せず、手を翻した。それに応じるようにして水は尖った形状に変化し、バレルに向けて急発進した。バレルは自身の足元から砂の壁を構築し、防いで見せた。


 隙を突くように、周囲にあった三台の戦車がメドウに向けて発砲する。しかし、メドウは一瞬にして姿を消した。


 次の瞬間、一台の戦車が空に舞う。下から出現した水柱に撥ね上げられていたのだ。白い飛沫が辺りを濡らし、バレルは目の前の光景を疑った。続いて二台、三台も同じく水に突き上げられ、転覆させられた。


「これで一対一。平等だね」


 部下たちの叫び声と水の噴き上がる音が止むと、その現象の仕掛け人の声が空から降ってきた。バレルが見上げると、空高くに紅い着物をはためかせたメドウの姿があった。その足元には水が纏わり付いている。バレルは彼の姿が消失する直前にその水が激しい飛沫をあげていたことを思い出す。それから類推して、メドウがジェット噴射により空を飛んだのだと理解した。


「兄貴、今そっちに行きます」


 無線機からヨークの必死な声がする。しかし、手持ちの戦車がひっくり返った今となってはそれは無謀な申し出に他ならない。


「お前らは大人しくしとけ。こいつは俺一人で始末する」


 バレルは唸るように言った。それから砂を巻き上げ砂塵の槍を生成すると、空の標的に射出した。


 メドウは一撃目を軽く躱すと、水の塊を仕向けてきた。指先に乗る程度の大きさのその塊は、迎え撃つように槍にぶつかると、先の偽物のペンと同様に激しい音を立てて爆発した。後に続いていた槍も巻き添えを喰らう形で爆風に吹き飛ばされる。


 制御を失った砂や飛沫が空から降り注ぐと、辺り一帯が煙った。バレルは煙の先にいるはずの標的を探すが、突如として正面の煙が晴れるのを感じた。


 バレルの目と鼻の先にメドウが急接近していた。握りしめたメドウの拳がバレルの眼前に迫っている。


 今からでは砂の防御壁の形成はとても間に合わない。自分自身で防ぐしかない。敵の拳の到達地点を予測し、腕を目の前に構えた。


 だが、腕に感じるはずの衝撃が来ない。代わりに、胴の中央部に痛みが走った。メドウはバレルの顔に攻撃のポーズを取ったまま静止し、着物の裾から顔を出した水がバレルのみぞおちに一撃を入れていたのだ。


 バレルは後退りした。


 すかさず反撃のため爪を立てて手を振るが、敵はとうに攻撃の届かぬ圏外にぬらりくらりと逃げ果せている。舌打ちと同時に遅れて先の一撃の実感が体に広がる。視界は揺れ、息は上がり、身体中を駆け巡る脈動が危機を知らせる。


 もしあの時ヨークが声を上げていなければ意識外からの攻撃に成す術もなくとうに決着がついていたことだろう、とバレルはダメージから推測した。


「うおりゃあっ!」


 その時、全く別の方からやかましい声が聞こえてきた。黄褐色の体をした四足獣が覆い被さってきていたのだ。


「野郎っ」


 揉み合いの最中、その獣の金属製の義足に稲妻が走るのを見たバレルは、本能的にそれに触れないように遠ざけ、突き飛ばした。バレルが顔をあげると、その獣には見覚えがあった。


「なんだあ、“義足のシャド”か。管理委員と手を組んでるとはどういう風の吹き回しだ?」


「へっ、誤解すんな。こいつは倒す。お前を倒してからな」


「お前が俺を倒す? 笑わせんな。そんなことより、あの“隻眼”は今頃どうしてる?」


 隻眼という言葉にシャドの耳がピクリと反応する。後ろにいたメドウからはシャドの顔は見えない。しかしその硬直した後ろ姿に凄まじい敵意が放たれているのをメドウは見逃さなかった。


「どうしてる、じゃあなかったな。とうにくたばってるか」


 バレルはあからさまに相手を挑発する口ぶりで言った。しかしシャドはそのことに気づいていないようにメドウには見えた。バレルが言い終わらないうちに、シャドは再び彼に襲い掛かろうと跳躍していたのだ。


 メドウに挑んできた時と同様、シャドは跳躍に際して地面と自身の間に反発する磁力を付与していた。メドウですら初見時には防御でなく回避を選択せざるを得なかったスピードだ。通用しないはずがないとシャドは意気込んでいた。


 実際、彼女の頭突きは次の瞬間にはバレルの腹部に当たっていた。しかし、彼の巨体には通用していないらしく、上から伸びた手で押さえつけられてしまった。ようやくシャドは自分が挑発されていたのだと気づく。


「離しやがれっ!」


「とんだ単細胞で助かったぜ。おっと、その義足にどんな絡繰があるのか知らねえが、俺には触れさせねえぞ」


 バレルはシャドを気絶させるべく手を振り上げた。だが、その手を振り下ろすよりも先に、何かがバレルの体に直撃した。


「何だ?」


 強い衝撃を体に受けて、再びシャドの方を見ると、その近くには冷蔵庫があった。確かにこの砂漠には色々な物が埋まっているが、さっきまであんな物はあそこになかったはずだ。いや、それ以上に冷蔵庫がこちらに飛んでくる理由がわからなかった。メドウが投げたという線を一瞬疑ってみるが、わざわざ冷蔵庫を投げるよりも先にメドウ自身が接近した方がよほど早いはずだ。


「へっ、とんだ単細胞で助かったぜ」と今度声を上げたのはシャドの方だ。その義足は青白く光っていた。時折稲妻が走っており、例の冷蔵庫にも同様の徴が見て取れた。


「なるほど、感心感心」


 傍観していたメドウはシャドが引き起こした現象および彼女の機転に舌を巻いた。まず、自身を跳躍させるべく、前回同様磁力を地面に付与したが、実はその地面に冷蔵庫が埋まっていたのだ。シャドは冷蔵庫と反発して飛びかかり、それが防がれた際に、第二矢として自身の磁極を切り替えることで冷蔵庫を誘き寄せることにしたのだ。


「おっととと」


 残っていた磁力により、シャドが冷蔵庫に引っ張られていく。義足がぴたりと冷蔵庫にくっつくのを見て、バレルは細かい理屈はわからないながら、シャドが磁力に関する能力を行使していたのだと理解する。


「何が何だかわからねえが、とにかくお前が厄介だってことだけはわかった」


「なんじゃこりゃあ」


 シャドの足元に大きな渦が発生していた。蟻地獄とでも言うべきそれは、あっという間に冷蔵庫を取り込み、続いてシャドを捕らえた。


 メドウが攻撃の手を入れたことで、砂地獄は一時停止した。バレルは舌打ちしながら、メドウとの戦闘を再開する。


「おいっ! 俺を置いてけぼりにするなっ!」


 何もない砂漠でシャドの声が大きく響き渡る。しかし、メドウとバレルが一進一退の攻防を繰り返すうち、シャドの声は遠ざかっていった。


 バレルは汲み上げた大量の砂をメドウに噴射する。メドウは容易く躱しては、バレルの操る砂を破壊し、更に本体への攻撃を試みる。砂漠の真ん中で嵐の如く暴れ回る砂と流麗に舞い上がる水が互いに衝突を繰り返した。


 攻防がしばらく続いた所で、バレルは周囲の景色が変わっていることに気づく。メドウからの攻撃を避けることのみに神経を集中させていた彼は、後方への回避行動を頻繁に繰り返し、あるいは避けきれずに喰らった勢いで吹き飛ばされ、意図せずに大移動していたのだ。


 結果、今二人が拳を交えているのは、砂漠の中で迫り上がった崖に囲まれた渓谷地帯だった。辺りは薄暗く、崖の隙間から漏れてくる光が地の底だけが頼りだった。


 ーーどこに消えやがった?


 襲いくる水の爆発に対し、バレルは地面から隆起させた間に合わせの壁で辛うじて防いだ。そして、肝心の攻撃の主はバレルの視界から消えていた。これまでにも、メドウは幾度となく目で追いきれない速度にまで加速し、間合いを詰めるか、こちらの攻撃を躱すことがあった。足元に水を纏い、それを地面に向かって噴射させることによって、メドウは風を置き去りにする速度と空を舞う跳躍を実現していた。その技を使い、今度も視界から消えたらしい。


 バレルは崖に挟まれた道を警戒しながら突き進んでいく。程なくして、きいん、という鋭い音がどこからか聞こえてくる。


 それはどこかで聞いたことがあるものだった。一時期、ヨークが持ってきてくれたお菓子をのべつ幕なしに頬張っていた頃のことだ。夜更けまで口に物を入れるという乱れた生活習慣に加えて、甘い物の過剰摂取。そのせいで歯医者にかかる羽目になった時に聞いた音によく似ている。それが崖のある側面から聞こえてくるのだ。


 突如として崖に穴が空き、音源が姿を現した。透明の刃物を構えたメドウがこちらに飛びかかって来るところだった。崩れた崖の破片をよく見ると、不自然な直線や曲線を描いている。再度メドウが手にした水に注目すると、それは刃の部分を高速回転させたウォーターカッターであると直感した。


 意識外からの攻撃は、バレルに防ぎ切れる手立ても時間も与えてはくれない。メドウのウォーターカッターは素早く拳のような形状に変化し、再びバレルのみぞおちに打撃を与えた。


 今度こそバレルはその場に伏した。動悸や息切れに留まらず、足で立っていることも叶わないばかりか、サンドウィッチマンのコントロールも失ってしまった。使用者とのシンクロが途切れ、急激に形状を維持できくなった砂は、地面に崩れ去った。


「くそっくそっくそっ、動け動け動くんだ」


 出来うる限りの力で拳を握り締め、バレルは自分に言い聞かせた。左薬指にはめられた質素な指輪は崖に囲まれたこの場所では輝きを失っている。それはバレルの目には、まるでボスから貰った指輪が自分を見放しかけているように映った。その錯覚が更にもがき苦しむ彼に負担を強いる。


「大人しく投降するんだ。これ以上やっても結果は目に見えている。惨めな思いをするだけさ」


 地に伏したバレルと対照的に目の前に立ち尽くす管理委員は、着物に多少の砂や皺がついただけで一切怪我をしていない。それすらすぐに払い落としてしまえば、戦いの痕跡は残らない。


 連行するためにメドウがバレルに手を伸ばしたところだった。崖の上から細い帯状の物が、明確な敵意を持ってメドウに伸びてきた。メドウが躱すと、それは地面に突き刺さった。


「ダガー……」


 その影を見るなりバレルは力なくその名前をこぼした。


「ヨークから救難信号があったから見に来てみたら、ピンチみたいだな。バレル」


 地面に突き刺さっていた紙の帯が折り畳まれていく。それを辿った先の崖の上にこちらを見下ろす黒豹の姿があった。

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