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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第六章 銀幕の裏側で
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第48話 銀幕の裏側で⑳<SIDE: メドウ>

 着物の男は裾から水を覗かせ、その場で構えた。


 四方八方を木で閉ざされ、目の前の敵との相性はみる限り最悪。しかしそれを理由に大人しく白旗を上げる気もさらさらなかった。


 ニトロは目の前の標的を見据えて、攻撃パターンを思い浮かべる。


 幸いにもリロードは完了し、タトゥーに纏わりついた火薬粒子は全量が黒く染まっている。


 出口を完璧に閉ざされたこの状況と、一時的とはいえ消耗する自身の武器を鑑みれば、どうあっても長期戦にはなり得ない。全ての火薬を使い切って最大数十秒のリロードタイムに入れば、すなわちそれは敗北を意味する。


 着物の男はゆっくりと腕を伸ばし、中指と親指を擦り合わせた。その弾いた中指が音を鳴らすよりも先に、ニトロは男に飛びかかった。


 両方の袖口から現れた水は四又ずつに分かれた。ニトロめがけて4つの水の矛先が射出される。天井から漏れてくる光に当てられた水はやけに鋭い色味を帯びる。


 だがその光の反射を頼りにしてニトロは運動エネルギーが働く先を瞬時に見極め、体を反らす。ひとつ、ふたつ。すんでのところですれ違った水が、体の毛を靡かせる。水はニトロの背後で壁にぶつかり、ばしゃり水音を立てた。


 ニトロは、更なる追撃に備えて体勢を整えようと足裏に力を込める。もうふたつの水塊が宙で蛇腹のように畝って、急激にこちらへ伸びを行おうとするのが視野の端に映り込む。そしてそれはニトロが敵の懐へと踏み込むのと同時に、突進した。


 回避は間に合わない。そう悟ったニトロはやむを得ず、少量の火薬を水に向けて放出し、ライターで着火した。爆発の連鎖に巻き込まれた水が細切れになり、飛び散った。地べたに細かな水玉の模様が出来上がる。


 ーー今だ。


 袖から放たれた水は全て対処した。すかさず追撃を加えるべく、今度はフライング気味にライターから先に火をつけ、火薬を敵に向けて一点集中に飛ばす。


 ライターの炎を通過した火薬は勢いを得て、獰猛で野太い龍となって敵に食らいついた。


 今度は火薬を躊躇なく大量に投入する。地べたに散っていた水が蒸発し、微かに白い煙を上げる。だがそれも壁を覆っていた木から巻き上がる黒煙に巻き込まれ、ついには目の前の景色は見えなくなった。


 ニトロは黒煙が収まるのを待った。急いでいるとはいえ、せめて自分を罠にはめた者の無惨な最期を見届けてから路地を出たかったのだ。


 しかし、煙が出払った後には焦げた地面しか残っていなかった。瞬間、ニトロは今まで抱いていた嗜虐心を忘れ去り、恐怖に慄く。


「ぐうっ……!」


 背中に追撃が加えられる。


 ニトロは本能的に拳を振り払いながら攻撃手の方を向き直った。狙いをつける余裕もなく、火薬を撒き、即座に着火した。


 だが、再度男は予測していたかのように、水壁を作り上げ爆炎を防いで見せる。勢いよく吹き荒ぶ爆炎に、水壁は漣を立てた。壁を構築する水は細かく粒立ち、散り散りになった。あたり一面に霧雨が生じた。


 二トロは腕を隠す。持っている火薬が湿ってしまえば、それもまた敗北を意味する。


 その憂慮がもはや無意味であることを悟ったのは、周囲に舞っていた細かな水粒がやがて宙を揺蕩ううちに握り拳大の水塊を構築し、それから間もなくニトロを囲う柵となって立ち現れてからのことだった。先ほど避けて壁や地べたに染み込んでいた水までもがその現象に合流している。


 ニトロは思わず荒げかけた息を敢えて殺すことに努めた。


 代わりに、残りの火薬をありったけ使い切ってこの場を爆砕しようと試みる。


 ーーたとえ刹那の可能性であろうと、存在する限りは喰らい付いてみせよう。


 彼の諦念と現実主義の入り混じった最後の希望の炎は、しかしメドウが四方八方から一斉に放ったニトロへの猛攻撃によって消え失せた。


 じゅう、という炎に触れた水分が蒸発する小さな音だけを残して。


「容疑者を現行犯逮捕。不法侵入、窃盗、器物損壊、威力業務妨害、誘拐未遂、強盗……エトセトラ」


 メドウは指を折って単語を羅列した。その大らかな声には一切の疲弊も含まれてはいなかった。

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