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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第六章 銀幕の裏側で
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第46話 銀幕の裏側で⑱<SIDE: ヴァーユ>

「リーダー! ご無事ですか!?」


 トランシーバーに向かってアセトンは呼びかける。だが応答は返ってこない。音を聞きつけてアセトンは、爆心地へと駆けつけていた。


 爆発があったと思しき部屋の前にやってきたところで、背後から何者かに突かれた。


 振り返るとそこには忌まわしいフクロオオカミの姿があった。


 振りかぶって銃を向けると、彼女はニヤリと笑った。にゅっと鋭い牙が見える。


 引き金を引こうとするが、目の前にいるシャドの姿がなぜだか急速に遠ざかっていく。いや、遠ざかっているのは自分の方だと気づいた時には、全身を柱に叩きつけられ、そこから離れられなくなった。


「はっはーん! 似合ってるぜその格好!」


 オオカミが走り去ると、その後に少年達が続いていくのが見えた。しかし銃を構えようとしても、全身がピッタリと後ろの柱にくっついたまま離れない。


 少年達がダストシュートから駐車場へ降っていくのを見届けたところで、さっきの爆心地から再度爆音が響いてきた。


 扉を跳ね飛ばして姿を見せたのはニトロだった。まるで爆発の被害にでも遭ったかのように体の側面が黒く煤けているが、何よりも異様なのはその表情だった。滅多に慇懃無礼な態度を崩さない彼が、額に青筋を立て、眼では憤怒の炎を燃やしている。


 アセトンの醜態に気づくと、ニトロは不機嫌そうに唸った。


「何やってる」


「例の奴に触られました! ここから動けません」


 ニトロは手を煽り、火薬を放った。困惑するアセトンにも有無を言わさず、彼が張り付けられた側面とは反対側を爆破し、柱を粉々に砕いた。歯を食いしばっていたアセトンは爆風に押されて前方へと倒れ込んだ。焦げ臭い煙を吸い込んでむせているアセトンを心配する素振りもなく、ニトロは「子供を追うぞ」と急かした。


 それからニトロは、地下駐車場へ降るため南京錠がかかっていた扉を爆破した。


「2人はどうなったんです?」


 アセトンは、ニトロが引き連れていたはずの仲間の安否を尋ねた。


「あいつらはリタイヤだ。とにかく今はあの子供のペンを奪って我々だけでも逃げるのが最優先だ」


「リーダーは、よくぞご無事で……」


 階段を降っている最中、アセトンからの問いかけにニトロは大きく舌打ちをした。


 爆炎が広まっていた中、ニトロは咄嗟に第二、第三の発火源になりうる自分のブラックペッパーを天井に向けて放った。それから自分は近くのテーブルに滑り込んだ。そのせいで余計に上方への爆風を煽ってしまったようだが、上方から崩れ落ちてきたキッチン設備がテーブル周辺に雪崩れ込み、辛うじて瓦礫の山に守られる形で爆発から身を守ることができていた。一瞬の判断とそれに伴う行動がなければ、今頃トント、ペンスと共にゲームオーバーだったろう。


 考えるだけでも、怒りが沸騰した湯気のように込み上げてきた。


「いたぞっ!」


 地下駐車場に出ると、少年達が地上に出ようとしているところだった。作戦実行前に格子状のシャッターは下ろしておいたが、上方の金網が外れて四角い穴が空いている。高さの問題さえクリアすれば、子供ぐらいの体躯は通り抜けられるようになっていた。


 おそらくはあのオオカミの仕業によって強引に動かされた車の数々が、シャッター付近で子供が遊んだ積み木みたいに積み上げられていた。そして今、パンダと人間の子供が2人とも通り抜けて外へと出た。


「おい! ガキ共がそっちに逃げたぞ! ひっ捕らえろ!」


 アセトンがトランシーバーに向かって叫んだ。しかし、外で逃走用のバイクを用意しているはずのメンバーからの応答はない。


「クッソ! もう来やがった! (ボン)達は先に行け!」


 そう叫んだのは、追っ手に気づいたシャドだ。十数メートルほど離れたこちらに飛びかかろうと臨戦体制を取っている。


 だが、それよりも前にニトロは辺りに散乱している車の影を経由して、出口付近まで火薬を忍び寄らせていた。後ろで組んでいた手に持ったライターで着火すると、導火線を伝って爆発はみるみるとシャドの背後に積まれた車に到達した。


「のわあ!」


 車でできた積み木の山は、それこそ玩具のように吹っ飛んだ。何台もの車が炎を散らしながら反対側の壁に叩きつけられる。シャドもその車に押される形で姿を消した。


 十数メートル先の物に到達させるためブラックペッパーは最大量を消費してしまった。全て白色化し、リロードタイムに入った都合上、更なる追撃を加えるにはまた30秒ほど待たなければならない。


 安否不明のシャドへの追撃よりも先に子供を追うのが優先と見て、躊躇なくニトロは出口の方へ駆け出した。


 爆発の衝撃でシャッターは見るも無惨に捲れ上がり、もはや誰からの侵入も脱出も拒んではいない。外へ出ると、オレンジ色の夕日がやけに眩しく感じられた。


 瞬きをして目の調子を整えると、バイクの後方座席に例の子供がまたがっていた。バイクのハンドルを握っている人間の女には見覚えがなかったが、バイクの方には見覚えがある。逃走経路や目撃証言を撹乱すべく、クレープ屋に偽装した車に積んでいたはバイクのうちの1台だ。それが他の者の手に渡っているということは、作戦は軌道を逸れていることを意味していた。


「なぜこうも悉く」


 震えながら拳を握りめた。立てた爪が手のひらに食い込み、その内側で血が滞留する。


 他のバイクは、裏口付近の広場でキッチンカーから取り出され、放置されていた。ニトロとアセトンはそれを引っ手繰るようにして跨ると、地面を蹴って大急ぎで女と子供を追った。

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