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時をなくした彼女と森で  作者: ワタリドリ(wataridley)
第六章 銀幕の裏側で
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第45話 銀幕の裏側で⑰<SIDE: ミナギ>

「スミマセーン」


 再度、ミナギはクレープ屋に向かって声をかけた。閉ざされていた屋台口が開き、中から先ほどのアードウルフが目をぎらつかせた。


「また、あんたか」


「今さっき避難指示が発令されたので、私はこれから指定の避難所に行くんですけど、クレープ屋さんはよろしいんですか?」


 ミナギは遠方の巨大モニターをピッと指差した。ニュースキャスターいわく、先の通報を受けて遺失物管理委員がこの街全域に発令したとのことだった。おかげでさっきまで集まっていた群衆は消え、車の前に立ったミナギの声が保管庫裏によく響いた。


 ばつの悪そうな顔を浮かべてから、また面倒そうに男は言った。


「買い出しに行ってる仲間を待たなきゃならないんで」


 屋台口に再び蓋をしようとしたところを、ミナギは声で制した。


「そうですか。でもこの車じゃいずれにせよ避難所行けませんね。前輪がパンクしてますけど」


 ミナギは眉の両端を下げた。我ながら大袈裟かもしれないと思った。


「なんだって?」


 そういうと、男は仕方なさそうにドアを開き、前輪を調べに出てきた。男は這いつくばってミナギが指差したタイヤを入念に観察した。だが、どう見てもパンクしているようには思えなかった。


「してねえじゃねえか」


 なおも愛想笑いを浮かべるミナギに、とうとうアードウルフは声を荒げ出す。その瞬間、ミナギはアードウルフの後方に頷きかけた。


 ポンと肩に手を置かれたのに気づき、アードウルフは振り返った。唐突に、目の前にスプレーの噴射口が迫っていた。訳が分からず二度見すると、そこから噴射された霧が勢いよく目に入る。


 さっきまでの威勢は何処かへ消え、「ぐわあ!」という裏返った声が保管庫裏に響いた。アードウルフはまたしても床に這いつくばる。今度はのたうち回って目を両手で覆っている。


「ミナギさん、もう大丈夫です!」


 車の裏からスティールが出てきた。その後に三毛猫とワラビーの子供が続いた。口に貼られていたガムテープを外し、両手を縛っていた縄を解いた。


「助けてもらっといてなんだけど、お姉さん、よくわかったね」


 三毛猫の少女がミナギを物珍しそうに見つめてくる。


「はっきりとじゃないけど、ガラスに君達の姿が映ってたからね。それに、あんなに何回も規則的な点滅を繰り返されたら、規則性を探りたくなるってもんだよ。SOS、確かに受け取ったよ」


 ミナギは親指を立てて、ヤンと名乗る三毛猫の少女に微笑んだ。


「いやあ、ミナギさんのお手柄ですね。私だったら気づけなかったかもしれません」


「映画で見たモールス信号、大人に伝わるか心配だったけど、相手がお姉さんで良かった……」


 ヤンは、安堵のため息をついた。


「あの、スティールさん、娘さんって……」


 三毛猫の姿をした者同士が並んでいるのを見比べて、ミナギは首をかしげた。だが、またしてもスティールは首をかしげ返すばかりだった。


「いえ、この子らではありませんが……」


「はぁ」


 釈然としない面持ちでワラビーの子供に視線を移すと、クレイがその子をがっしりと抱きしめていた。


「怪我はないか!? 変なことされなかったか!?」


「いててて! へーきさ……むしろ縄で縛られていた時より痛いよ、パパ」


「そうかあ!」


 全く姿の異なる親子を見ながら、ミナギは妙な心地に陥っていた。とはいえ、この違和感を口に出すのは流石に無神経なようにも思えたので、家庭の事情など人それぞれだと思うようにした。


 キッチンカーの中を調べると、さっきアードウルフが言っていた通り、クレープを作れる材料など車内には乗っていなかった。代わりに、数台のバイクが所狭しと並べられていた。備え付けのテーブルには調理機材の代わりにオモチャのトランシーバーが並んでいた。


 中に入っていたバイクを一通り降ろして並べてみる。いずれもエンジンがかかっていて、すぐにでも走り去れるように待機でもしているかのようだった。


「うーん、バイクをこんなに積んで何するつもりだったのでしょうね? 誘拐するだけならこの車で逃げちゃえばいいと思うんですけど……」


 スティールの疑問に、ファンジンという名のワラビーの子供が答えた。


「こいつ、トランシーバーを使って保管庫の中の仲間とやりとりしてたよ。逃走用にクレープ屋を装ってたみたい」


「ふむ、流石にそれは私達の手は負えませんね。管理委員に通報しましょうか……ってミナギさん?」


 スティールが強めに呼びかけると、ようやくミナギはバイクから顔を上げた。ミナギはバイクに跨っていることに気づいた。とりわけ大きな躯体を持つその1台は、側面に露出した太いV型ツインエンジンから力強い振動を発していた。それを観察しているうち、いてもたっても居られなくなっていた。


「はっ! すみません! 見惚れてしまってつい」


「ほう、その目の輝き。姉ちゃん、生粋のバイク乗りとみた」


「最近は忙しくて、あまり風を感じてないんですけどねー」


 笑いながらハンドルバーを強く握りしめ、辺りを走ってみせた。


「お姉さん、格好いい!」と三毛猫のヤンとワラビーのファンジンが助けられたお礼も込みで褒めてくるものだから、ミナギはすっかり得意になって乗り回した。


『おい! ガキ共がそっちに逃げたぞ! ひっ捕らえろ!』


 突如として、物騒な叫び声がトランシーバーから飛び出てきた。音が割れるほどの大音量で、近くにいたスティール、クレイ、ヤン、ファンジンは耳を塞いだ。


 バイクに乗っているミナギだけがその音に気づいておらず、調子に乗ってその場をターンしようと駐車場の出入り口前でハンドルを握りしめていた。


 目の端から白黒の何かが追い越してきてミナギは驚く。それが息を切らして走るパンダだと視認して間もなく、どん、とバイクの後部が揺れた。何かが勢いよくダンデムシートに乗っかってきたことに気づいて、ミナギはブレーキをかけようとした。


 しかし背中をはたかれ、「早く行って!」と何者かが叫ぶ。


「え? あ、はい!」


 叫び声の主の妙に切迫した様子に驚き、ミナギは反射的にアクセルを回した。地の底から小刻みの振動が突き上げてきて、辺りに響き渡る。タイヤが高速回転し、ぐんぐんと地面を早送りした。


 傍らに立っていたスティール達は、ものすごい勢いで走っていくミナギをただ呆然と眺めるしかできなかった。


 続いて駐車場の入り口が爆発する。


スティールとクレイは危機を感じ、急いで子供の手を引いて身を隠す。爆煙の中から背の高いジャガーとピューマが姿を現した。2人は走り去るバイクを見ると、急いで並べてあったバイクに跨って、後を追いかけて行った。


 茂みに隠れていたスティール達は、ものすごい勢いで走っていく2人の背中を見ながら、ミナギと彼女にしがみついていた金髪の少年の安全を祈るしかできなかった。

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